第247話 女騎士さん、都へ向かう(その3)
王都チキに向けて出発したセイジア・タリウスとナーガ・リュウケイビッチだったが、あたりが暗くて視界が悪いのとアップダウンの激しい悪路ということもあって、騎乗する馬もさほどスピードを出してはいなかった。というわけで、2人にはまだ世間話に興ずる余裕もあったりした。
「前から思っていたんだが、きみの弟は変わってるな」
「ふん。おまえのような変人が『変わってる』ということは、ジャロがまともだという何よりの証だ」
今はナーガの弟ジャロ・リュウケイビッチについて話をしていた。旅立つおねえさんたちをわざわざ見送りに来てくれた美少年の様子が2人とも気になっていたからだろうか。ふん、と鼻を鳴らしてから、
「ジャロが騎士になるのを許すことにした」
とナーガが出し抜けに呟いたので「え?」とセイは驚いて並行して走る「
「昨日の夕方にわたしのところまで来て頼んできたんだ。正直あまり気は進まなかったが、あの子が真剣なのもよくわかったから認めないわけにもいかない、と観念したのさ」
へえ、そうなのか、と視線を進行方向に戻しながらも、
(そういうことだったのか)
と納得する思いもセイの中にはあった。一緒に都まで行こう、とナーガに頼みに行ったのは昨晩遅くだったが、そのときの少女騎士の瞼が赤く腫れているのが気になっていたのだ。おそらく、弟を話をしているうちに感極まって涙を流したのだろう。
「ジャロのやつ、『ぼくを弟だと思わないで厳しく鍛えてください』って言ってきたから怒ったんだ。『何があろうとも誰が何を言おうとも、おまえはわたしの弟だ。それを絶対に忘れるんじゃない』ってさ。まったく、いつの間にか大きくなって生意気なことを言うようになったものだ」
少年の姉が寂しく笑ったのを横目で見たセイは、
「あの子の頼みを聞いたのは、パドルのことがあったからか?」
先の戦いで命を落としたリュウケイビッチ家の執事はジャロの騎士としての素質を認め信じていた。黒い短髪を銀の兜で隠したモクジュの娘は、
「それもあるが、それだけじゃない。わたしとおじいさまがジャロを騎士にしたくなかったのは、あの子には平和に生きてほしかったからなんだ。優しい性格の子にわざわざ醜いものを見せなくてもいいんじゃないか、っておじいさまは生前仰っていた」
もういちど小さく微笑んで、
「でも、おじいさまが亡くなられてから、ジャロにはとてもつらい思いをさせてしまったし、それに最近思うようになったんだ。弟をできるだけ危険から遠ざけたい、というのはわたしのわがままでしかなくて、あの子があえて厳しい道を行きたい、と望むのであればそれを叶えてやるのが、家族としての姉としての務めなんじゃないか、って」
セイが何も答えなかったのは、「蛇姫」のつぶやきに身を切られるかのような痛みを感じたのに加えて、かつて騎士になるために実家を飛び出した自らの境遇も思い返していたからだった。母セシルは娘の夢を応援してくれたが、まだ一人前になっていない子供を手放すのがつらくなかったはずがない。親の愛は何よりも大きくそして何よりも悲しいものなのかもしれない、と亡き母にあらためて感謝の念をおぼえた女騎士が、
「坊やが騎士になれば姉弟でいつも一緒にいられるんだ。そう考えれば悪くはない」
寂しさを押し隠すために若干無理に声を張り上げると、
「ああ、そうだな。わたしもそれがいいと思っている」
ナーガ・リュウケイビッチも表情を引き締めてしっかりと前を向く。周囲が明るくなってきたせいか、セイの乗る「ぶち」とナーガの乗る葦毛の馬の速度もだいぶ増していた。
「でも、ゆうべのジャロは見違えるようだったな。いつもよりしゃんとしていて、背中に一本の芯が通っているように見えた。あの姿を見れば、おじいさまも安心して騎士になるのをお許しになったはずだ」
と言ってから、横を走る金髪ポニーテールの騎士を見て、
「おまえ、ジャロとどんな話をしたんだ?」
と問いかけた。ジャロと会う前にセイはナーガから少年から悩み事を訊く許可を得ていた。
「いや、そんなに大した話はしていない」
大事にしている男児を投げ飛ばしたり蹴ったりしたことは黙っておこう、と「金色の戦乙女」はひそかに冷や汗をかくが、蛇姫は「ふーん」と大して気にするそぶりを見せずに、
「礼を言う」
ぽつりとつぶやいた。
「え?」
思わず驚くアステラの女騎士に、
「え? じゃないだろう。それが他人から感謝されたときにする態度か?」
とモクジュの少女騎士は文句を言う。
「いや、きみにはいつも怒られてばかりで優しくされるのに慣れてなくて、つい」
そう言われると、いつもの自分の対応にも問題があった、とナーガもあまり強く出られなくなる。こほん、と咳払いをしてから、
「ジャロが悩んでいるのはもちろんわたしも気づいていたが、どうにもしてやれなくてもどかしく思っていたんだ。それを解決してあの子を立ち直らせてくれたなら、野獣だろうが悪魔だろうがおまえだろうがありがたいと思うさ」
「そのたとえ方、ひどくないか?」
ぷりぷり怒るセイにナーガは声を出して笑うが、
(感謝しているのは本当だぞ)
心の中だけでささやく。心を閉ざした少年に全力で向かい合って殻を打ち破ってくれた女騎士を頼もしく思い、ライヴァルとして祖父の仇として彼女に対してひたすらに積み重ねてきた憎悪が影も形もなくなっているのを不思議に思っていると、
「ああ、そういえば、その件に関してきみに伝えておかないといけない事柄がひとつあるんだ」
並走するセイが事務的な口調で告げてきたので、
「なんだ。言いたいことがあるなら早く言え」
早朝の涼風が頬にあたるのを心地よく感じているナーガに、
「実はジャロにプロポーズされたんだ」
セイジア・タリウスが照れ笑いを浮かべた。
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