第246話 女騎士さん、都へ向かう(その2)

セイとナーガは旅立ちを前にしてジンバ村の方を振り返った。建物が全てなくなった集落がやたらに広々として見える。戦火によって生じた瓦礫や廃材は全て撤去されていたが、村人たちは仮住まいでの窮屈な暮らしを依然として余儀なくされていた。

「都での用事を片付けたら、さっさと戻ってまた再建に取り組むぞ。みんなを助けるのもわたしたちの使命だ」

「ああ、わたしもそのつもりだ」

金髪の女騎士の言葉に「蛇姫バジリスク」が素直に同意したのは、いつもは反発していても気高い騎士道精神を有する点において志をひとつにしていたからかもしれなかった。

「ん?」

夜の闇をものともしないセイの青い瞳が接近してくる何者かの姿を捉えた。たたた、と軽快な足音と共に走り寄ってきたのは、

「ずいぶん早く発たれるのですね」

ナーガ・リュウケイビッチの弟ジャロだった。

「見送りに来る必要はない、と言ってあったはずだ」

モクジュの少女騎士は昨晩のうちに「急用でしばらく留守にする」と少年に告げてあったのだが、

「そうはいきません。姉上が大切な用事で出発されるというのに、ぼくだけが寝ているわけにはいきません」

リュウケイビッチ家の幼い後継ぎはそう言って胸を張ろうとしたが、朝と呼ぶにはまだ早すぎる時刻だけあって眠気を抑えきるのに苦労して「むにゃむにゃ」と口の中で呟く。髪の毛もいつにも増してぼさぼさになっていて、

「なかなか立派な心がけだが、しっかり睡眠を取るのも大事なことだ。テントに戻ったらもう一度眠るといい」

少年を愛おしく思う気持ちを隠しきれないままナーガは優しく微笑む。

「姉上が留守にされている間、村の平和はぼくが守りますから、どうぞご存分に力を発揮してください」

大いに意気込むジャロの発言に「気合いが入りすぎなのでは?」と年上の女子2人は顔を見合わせて苦笑いする。すると、

「セイジア・タリウス」

栗色の髪の美少年が近づいてきたのでセイは戸惑う。彼はナーガに挨拶するためにやってきたのであって、自分には用はないものと思っていたからだ。

「いや、安心してくれ。きみのおねえさんを危ない目に遭わせたりはしないから」

「ぼくが言いたいのはそういうことではない」

ピント外れのことを言われてあからさまにむっとしたジャロは、

「セイジア・タリウスよ、おまえの強さはよく知っているつもりだが、それでもこの世の中は何が起こるかわからない。常に身の安全に気を配ることだ」

美少年は茶色い瞳を流星のように瞬かせて、

「おまえの身体はもうおまえ一人のものではないのだぞ」

11歳にしては妙に大人びた微笑みを金髪の騎士へと向けた。

(それってどういう意味なの? どういう立ち位置で言ってるの?)

という疑問がセイとナーガの脳内を占めて、ぽかーん、と同時に口を大きく開けてしまう。しばらくの後、

「もう行こうか、ナーガ」

「ああ、そうだな」

少年の意味不明な発言にやる気を削がれた2人の女子は締まらない顔のまま出発することにする。明晩までに都に着くためには一分一秒たりとも無駄にするわけにはいかなかった。ぽっくりぽっくり、と何処となく間の抜けた蹄の音が夜明け前の山道に響き、

「ご武運を!」

ジャロは旅立つ美しい騎士たちに大きく手を振る。

(あの者に見合う男になるために、ぼくも頑張らねば)

日が昇るまでまだ時間があったが、初恋に目覚めた少年の目には全てが明るく見えて、彼女を手に入れるためならどんな努力だってしてやろう、という気持ちになっていた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る