第226話 ふたりの悩める騎士(その2)
少女騎士の顔が今にも雨が降り出しそうなほどに曇っているのを見た「金色の戦乙女」は「うーむ」と唸ってしまう。ナーガとジャロの姉弟の仲の良さはよく知っていたので思いがけない成り行きであった。
(意外とこじれているようだ)
「ジンバ村防衛戦」が終わって7日が経ってもまだ関係がぎくしゃくしているとは只事ではない、と思い、
「どういう理由で揉めているんだ?」
とセイは訊ねた。するとナーガは、
「揉めてなどいない。ジャロはわたしの言うことに逆らったりはしないし、口答えもしない。いつもと同じとてもいい子だ」
苦しげに眉をひそめて、
「でも、明らかに元気がなくて、どうしてなのか訊こうとしても、わたしにできることがあれば何でもしてやる、と言っても『大丈夫です』『自分のことは自分でやります』としか言ってくれないんだ」
なるほど、と金髪の騎士は事態の深刻さを思った。喧嘩したりぶつかり合っているのであれば原因は判明している分、解決への道筋も見えてくるものだが、ジャロ少年の異変が劇的ではなく静的なものであるために、彼の心の扉を開く鍵の在処もわからないままになっている、というわけだ。そして、2人の仲がこじれたときに仲裁に立っていた執事がこの場にいないことも状況を悪化させている一因なのだろう。
「やっぱり、あの子はパドルが死んだことに責任を感じている、ということなんだろうか」
セイの問いに、まあな、とナーガは小さな声で答える。自分が無断で村へ下りてしまったためにあたら忠臣を死なせてしまった、とリュウケイビッチ家の御曹司が痛恨の思いを抱いているであろうことは想像するに難くなかった。
「おまえのせいじゃない、と何度も言った。今朝だってそう言った」
だが、姉の語りかけも弟の心を癒やしてはくれなかったのだろう。口先だけで人間が救済されるのであれば、この世界はもっと平和で、わたしもナーガも騎士になどなっていない、とセイはなんとなく考える。人と世界を動かすためには熱と力が必要であり、騎士こそがその役目を担っている、と彼女は信じていた。
「坊やは何処に?」
「わからん。村には行っていないようだから、山の方へと向かったのだとは思うが」
友達も連れていないようだ、と語る「
「もしよかったら、わたしがきみの弟と話をしてみようと思うのだが」
そう言うなり、ナーガの金色の瞳がセイの方に向いて、物思わしげに鈍く光っていたが、
「好きにしろ」
とだけ言ってモクジュの少女騎士は視線を離してから再び俯いた。
(だいぶ堪えているようだ)
金髪碧眼の女子は一方的に友人認定している浅黒い肌の少女の不調を察する。いつもなら「余計な真似はやめろ」とお節介を嫌う娘が手助けを拒まないのだから、かなり気が弱っていると見るのが妥当だろう。
(となると、あまりグズグズしているわけにもいかない)
これ以上姉弟の悲しむ顔を見たくはなかったので、
「お許しも出たことだから、早速坊やを探しに行くことにするよ」
ジャロがいるであろう山奥の方へと歩き出そうとしたが、
「セイジア・タリウス」
いつの間にかナイフを取り出して小枝を削り始めていたナーガが口を開く。
「他人のことを気にする前に、まずは自分の頭の上の蝿を追うのだな」
手にした刃物から目を離すことなくつぶやいた「蛇姫」に、
「忠告に感謝する」
ははは、と笑いながら女騎士は答えたが、ナーガはそれに反応することなく、しゅっしゅっ、と樹皮が剥がされていく軽快な音が聞こえるだけだったので、セイも黙ってその場を後にする。
(ばれてしまっていたか)
先程の少女騎士の言葉が急所を突いていたのに、セイは体温が下がるのを感じていた。確かにナーガの言う通り、セイジア・タリウスもまた悩みに足を取られて言動も行動もままならぬようになっていたのである。「双剣の魔術師」ヴァル・オートモの最後の言葉と兄セドリックのもたらした情報が彼女を縛り付けて四六時中息苦しい気分から抜け出せないでいるのにうんざりしていた。伯爵がジンバ村を発って2日目の午後になっていたが、思考は堂々巡りを続けたままで、
(早くなんとかしなければならないのに、わたしは何をやっているのか)
自分の愚図さ加減に呆れてしまう。オートモに村を襲わせた「黒幕」がこのまま何もしないとは考えにくく、対応策をとる必要があった。だから、実を言えばリュウケイビッチ姉弟の仲直りを取り持っている場合でもないのだが、そうすることが正しい、という予感が女騎士の中には何故かあった。
(急がば回れ、ってやつかもな)
あえて迂遠な道をたどることで解決に至るのかもしれなかったが、あくまでそれは可能性の話であり、全くのくたびれもうけに終わることも大いに有り得た。だが、他に何かしら有効な手立ても見出せない以上、とりあえず今はジャロ・リュウケイビッチ少年の行方を捜してみるしかないのかもしれなかった。
(一体どうなることやら)
夏の遅い午後を迎えた辺境の地はよく晴れ渡っていたが、セイの前途は霧が立ちこめたかのように視界が効かず、この先に何が待ち受けているのかも見通せはしなかった。
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