第225話 ふたりの悩める騎士(その1)

「さっき、『影』のやつを見舞いに行ったら、『おれのところに来るヒマがあるなら、村の手伝いをしろ』と怒鳴ってきたんだ」

セイジア・タリウスは仏頂面でぼやいた。

「あいつの胸の傷を縫ってやった恩人に対してあまりに無礼ではないか」

むかつきを隠そうともしないアステラの女騎士を見たナーガ・リュウケイビッチは声をあげて笑って、

「おまえが怒るのもわかるが、あの男が怒鳴れるくらい回復したことを喜ぶべきではないか?」

年下の女子が大人びた笑顔を見せたので、「まあ、それは確かにそうだ」とセイも同意するしかなかった。「ジンバ村防衛戦」で深手を負った「影」はそれから三日三晩意識不明の重体に陥っていたのだ。

「やつは暗黒街でその名を轟かせた存在だったというから、その持ち前の生命力で今回ギリギリのところで死の淵から帰って来られた、ということだろうか」

と「蛇姫バジリスク」が推論を立てると、

「それもあるが、何よりモニカがあいつの看病を熱心にしているのが一番だろう。あまりに一生懸命で、アンナとベルトランが心配するくらいだ」

優しい子だ、とセイは目元を緩め、ナーガも黙って頷いたが、

(ただ優しいだけでそこまでできるものでもあるまい)

とも思っていた。優しいだけの娘が避難場所を抜け出して危険地帯と化した村まで戻れるはずもなく、彼女なりに命を賭して何かをしようとしていたのだろう、という気がしたが、乙女の重大事を雑談の種にするのはモニカと同じ10代の娘として憚られたので、

「で、あの男に振られたからここまで来た、というわけか?」

話題を変えることにする。今、ふたりはジンバ村の北方にある草原に居た。モクジュ諸侯国連邦から国境の山脈を越えてやってきた避難民たちが一時的に居住している土地で、元々の居住者である村人たちと突然入り込んだ「よそもの」との紛争を村までやってきたセイジア・タリウスが調停してみせた、というのはこれまでの物語で書いてきた通りである。

「『振られた』というのは大いに語弊があるが、『影』ほどじゃないにしてもきみも怪我をしたから、どういう具合か心配になったのさ」

白のワイシャツの上に茶色のチョッキを羽織ったセイが立ったまま両手を腰に当てた。「そういうことか」と微笑んでから、

「心配には及ばない。まだ痛みはあるが順調に治っているのを感じている」

青のワイシャツの上に紺のジャケットを重ね着したナーガが切り株に腰掛けたままデニムを履いた長い足をぶらぶらと揺らす。数日前の戦いで彼女は左膝と背中をナイフで傷つけられ、「影」と同様にセイに縫ってもらっていた。

「実際に治療してもらって感じたが、おまえはなかなかの素質を持っているようだから、本格的に外科を勉強したらいい」

いつも反抗的な浅黒い肌の美少女が珍しく素直に褒めてきたので「いや、それほどでも」とセイは顔を赤らめる。ひょーっ、と甲高い鳴き声がして、2人の頭上を鳥が横切っていく。しばしの沈黙の後に、

「パドルの弔いを済ませたと聞いた」

金髪碧眼の騎士が口を開き、「ああ、そうだ」と黒い髪の少女騎士は俯きながら答えた。村を守るために命を落としたリュウケイビッチ家の執事は、ナーガと弟のジャロ少年、そしてモクジュから来た人たちだけで葬式を執り行ったうえで、今二人がいる場所からそれほど遠くない雑木林に葬られた、とセイは聞いていた。

「村のみんなも参加させてほしい、とハニガンから頼まれたのだが、これはわれわれにとってのけじめでもあるので、謹んで断らせてもらった」

今は心ならずも異国の地にいるが、自分たちはあくまで諸侯国連邦の人間なのである、という「蛇姫」の強い意志にセイも敬意を持つしかなかったが、

「パドルは村の人たちからも慕われていたからな。残念に思っているのはみんな一緒だ」

伝えるべきことを伝え、「それはわかっている」とナーガも小さく頷いた。自分以外の人のために一生を捧げた男の死は重く、まだ若い娘たちは喪失感を拭いきれないままそれぞれの思いを噛みしめた。

「あ」

何かに思い当たったセイはポニーテールを揺らして、

「そういえば、最近坊やを見かけないが」

ジャロ・リュウケイビッチ少年の不在に今更ながら気づいた。いつもお姉さんにべったりとくっついていた美少年の姿をここのところ目撃した覚えがなかった。より正確に言えば、戦いが終わってから見ていない、ということになる。はあ、と少年の6歳年上の姉は大きな溜息をついて、

「それはわたしも同じだ」

とあきらかにうんざりした調子で答えたので、セイも驚いてしまう。

「え? でも、きみたちは同じテントで暮らしているんだろう?」

「今まではそうだったが、ここ数日は違う。別のテントに潜り込んで、朝起きてからと寝る前に二言三言話をする程度で、それ以外は顔を合わせていない」


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