第224話 女騎士さん、悩む(後編)

「わたしは一旦戻ることにする」

「ジンバ村防衛戦」から5日経った昼下がりに、セドリック・タリウスは妹セイジアに告げた。

「短い滞在ではあったが、皆から話を聞いてこの村のことも一通りは知ることが出来た。そして、村を本格的に建て直すためには外部からの助けが要る、というのもわかった」

そのためにタリウス家の本領に帰還してから、必要な人手と物資を伴って再度訪問するつもりだ、と伯爵が告げると、

「それは良いお考えです」

と金髪の女騎士はにっこり笑い、「うむ」と兄も頷いた。

「父上もジンバ村のことを気にされておいでだったから詳しく報告した方が良いだろう。村が襲われた、と聞けばさぞかし驚かれるだろうが」

そこまで言ったところでセドリックはあたりを見渡して、

「それにしても、短い間によくもここまで片付いたものだ」

驚きとも呆れともつかない声を漏らした。今、兄妹は村のほぼ中心に立っているが、四方はがらんとした平地になって、5日前に全焼した民家の残骸はきれいさっぱりなくなっていた。焼け焦げた瓦も石垣も木材も撤去され、崩落した教会の瓦礫も何処かへ消え失せていた。

「みんなよく働いてくれましたから」

セイはそう言って誇らしげな顔をしたが、

(9割方はおまえがやったのだがな)

とセドリックは心の中だけで突っ込みを入れる。彼の妹である女騎士は、戦いが終結した直後から戦場となった集落の大掃除に取り掛かっていた。慣れ親しんだ風景が失われたのに落胆していた村人たちも、

「セイジア様一人に頑張らせるわけにはいかない」

と奮起して彼女とともに作業に乗り出したのである。村の再出発を他人任せにするわけにはいかない、という意気込みは立派なものだったが、困った人たちを助けたいと願う最強の女騎士の善意はそれにも増して燃え上がり、

「うおおおおおりゃあああああっ!」

焼損した壁や屋根をひとりで持ち上げ、大量のゴミを処分するための穴を掘り、埋めた後で地面を均していく、まさに獅子奮迅というしかない働きぶりで、

「もう全部セイジア様一人でいいんじゃないかな」

と手伝っていた働き盛りの男たちもお手上げ、という有様だった。土建業者でもかなりの時間を要したであろう作業を短時間でやり遂げたセイを見ながら、

(これが軍事兵器の平和利用というやつなのだろうか)

などと伯爵は若い女子に対して不穏当ともとれる感想を抱いてしまう。

「何をお考えになっているのです?」

何かを察したらしい妹にまじまじと見つめられたセドリックは「いや、なんでもない」と噴き出しかけたのをこらえながらセイを見つめ返して、

「怪我の具合は大丈夫か?」

と訊ねた。セイの顔の至る所に白い絆創膏がぺたぺたと貼られていて、事情を知らぬ人が見れば重傷を負ったと勘違いしかねなかったが、実際は擦り傷でしかなかった。

「鬱陶しくて仕方が無いのですが、『女にとって顔は命よりも大事なんだぞ!』などとナーガのやつが騒ぐから仕方なく付けてるんです」

おかげで顔も洗えやしない、と「金色の戦乙女」はぶーたれる。不満顔が幼い頃と変わらないので笑いそうになりながら、

「文句を言うものではない。ナーガさんはおまえのためを思っているのだ」

伯爵は妹をたしなめる。隣国から来た少女騎士とは滞在中に何度か話す機会があって、彼女と避難民たちが抱える問題も承知していた。そして、

「珍しく元気がないな」

と笑いかける。といっても、セイが気落ちしている原因が自分にあるのはわかっていた。これまで彼が知っていて彼女が知らなかった事柄を伝えたために、金髪の女子は悩みの渦に巻き込まれて身動きが取れなくなっているのだろう。

「本当ならおまえに知らせることなく、わたしひとりで解決すべきだと思っていたのだがな。妹を守り切れないふがいない兄ですまない」

「とんでもないことです。わたしの方こそ兄上に迷惑をかけてしまったのを心苦しく思っています」

互いを思い合う2人の子供たちを見られたなら、隠居した父アンブローズも天国の住人となった母セシルも心から喜んだことだろう。タリウス家の兄妹は長い空白の時間の末に親愛の情を取り戻していた。ふっ、とセドリックはさわやかな笑みをこぼしてから、

「セイジア、後はおまえにまかせた」

と告げる。驚きに目を丸くするセイに、

「はっきりいって、これはわたしの手に余る、あまりに大きな問題だ。どうやって解決したらいいかわからないし、わかったところでどうにもできない、そんな気がする」

だが、と青い瞳を閃かせて、

「おまえなら必ず上手くやれる。そういう確信がわたしの中にはある。だから、セイジア、おまえに託すことにする」

まあ、無責任のそしりは免れないだろうが、とおのれの無力を嘆く兄を女騎士は感動とともに見つめた。重要な事柄を他の誰かに委ねるのはとても勇気が要る、というのをまだ若い身空でありながらセイはよく知っていた。優れた才能を持ちながら自分しか信じることができなかったために身を滅ぼした者を戦場で何人も見てきたからだ(ヴァル・オートモもその一人だろうか)。

(兄上は人の上に立つにふさわしいお人柄だ。もっと高い地位に上られることであろう)

セドリック・タリウスの秘められた力をいち早く見出したセイは歓喜とともに、

「わかりました! このセイジア・タリウス、兄上のご期待通りに事態を解決させることをここに誓います! どうやってそれを成し遂げるかは今のところ見当もつきませんが、死ぬ気でやれば何も問題ありません!」

あてはないのか、と思いながらもやる気は十分伝わったので、「うむ、頼んだぞ」とセドリックは大きく頷く。昔から考えるよりも先に身体が動く妹だった。何も問題は無かろう、と思うと同時に右手でセイの頭を撫でていた。

「え? いや、あの、兄上。わたしも一応20歳を過ぎているので、屋外でそのようなことをされると困るというか、照れるというか」

形ばかりの抵抗を示してみたものの、金色の髪をわしゃわしゃと梳られるたびに「えへへ」と嬉しそうな声が漏れてしまうのをどうしようもなかった。と、そこで「あ、そういえば」とセイは何かを思い出して、

「兄上につかぬことをお訊ねしたいのですが」

「何か気になっていることでもあるのか?」

いえ、そんなに大したことではないのですが、と女騎士はやや躊躇してから、

「この前、リアスが別れ際に『お幸せに』と兄上に伝えておいてくれ、と頼んできたのですが、あれは一体どういう意味なのでしょうか?」

「い゛っ⁉」

軽快に動いていた伯爵の手が止まり、端正な容貌が見る見るうちに真っ青になっていく。

「あの、兄上?」

黙り込んだセドリックを心配したセイが顔を覗き込んできたので、

「ああ、それはその、あれだな。わたしが敵に捕まって不幸な目に遭ったので、その分幸せになってほしい、というリアスさんなりのメッセージなのではないかな? うん、きっとそうに違いない」

ははははは、と白々しく大笑する兄を妹は訝しげに睨んで、

「でも、『お幸せに』というのは普通は結婚を祝う際に用いられる言い回し」

なのでは、と言葉を継ごうとしたが、「あー、なんのことだかさっぱりー」などととぼけモードに突入したセドリックの耳には届かない。あるいは届かないフリをしているのか。常に冷静沈着を心がけている若い貴族らしからぬ醜態であったが、

(何故なのかよくわからんが、セイジアにリブとの結婚を説明するのが恐ろしくてならない)

セドリック・タリウスはどうしても妹に自らの慶事について告げられずにいた。兄と親友との結婚を知ったこの破天荒な娘がどんな反応をするのか読めない以上、迂闊には言えない、としか思えなかったのだ。騎士たちに痛めつけられ死にかけても尚も屈さなかった男がたかだか1個の報告すらできない、というのは不可思議でしかなかったが、勇気のうつろいやすさを証明するようでもあった。

(リアスさん、すまない。せっかくあなたが励ましてくれたというのに。だが、無理なものは無理なのだ)

セドリックは拳銃使いにして踊り子の美少女に心の中で詫びたが、そもそもリアスがセイに告げた一言が騒ぎの切っ掛けでもあったので、謝罪が必要か否かは見方の分かれるところだろう。

「はらほろ。ひれはれ」

「一体どうしたというのです。兄上、どうか落ち着いてください」

セイがパニクる伯爵をなだめようとしているところへ、

「領主様、準備が整いました」

荷物を担いだ村の男たちがやってきた。手にした箱や袋をセドリックが乗る馬車に積み込もうというのだ。

「おお、そうか。では早速出発することにしよう。ぼやぼやしていては日が暮れてしまう」

村人たちの登場をこれ幸いとばかりにセドリック・タリウスはそそくさと立ち去ろうとする。

「兄上、話はまだ終わってはおりませぬ」

セイは引き留めようとするが、

「セイジアよ、積もる話はあるがそれはまたの機会にしよう。いずれ遠からず会えるだろうしな」

ははは、ははは、と無闇に大きな高笑いとともにタリウス伯爵の姿が小さくなっていくのを金髪の女騎士は呆然と見送るしかない。特に根拠は無いが「逃げられた」と思われてならなかった。「なんなんだ、もう」と唇を尖らせてから、

(兄上の前だから張り切ってしまったが、所詮は空元気だ)

と先程の自分の振舞いをむなしく思っていた。方策もなしに解決を誓ったところで何の意味もありはしない。それでも誓いを立てた以上やらないわけにはいかない、と天を仰いだセイの目に西に傾き出した太陽に染められつつある茜色の空が映る。その色が今の自分の心模様を表しているように、何故か思われてならなかった。





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