第227話 ふたりの悩める騎士(その3)
セイジア・タリウスが初めてアステラ国王スコットと出会ったのは、4年前、王宮において天馬騎士団の新団長に任命されたときだった。
「頼む! どうかわが国を救ってくれ!」
少女騎士に向かって玉座から叫んだ若者はいかにも線が細く、王者の威厳が伴っていないのは明白だったが、それも無理もないことだった。二十年以上にわたりアステラを統治した先王が突然崩御して、心の準備もできないまま慌ただしく王位を継承したところへ、王国が誇る天馬と黒獅子、2つの騎士団が大敗を喫して壊滅的な被害を蒙った(後に「
苛酷な船出を強いられた新王を謁見の間に居並んだ重臣たちは痛ましく思っていたが、この場においてただひとり別個の感慨を抱いている者がいた。
(新しい王様はとんだ貧乏くじを引いてしまったな。実にお気の毒だ)
団長に任命されようとしているセイは任命する側の青年に同情していたが、それを表に出すと「不敬である!」と石頭の側近たちに叱られそうなので、少なくとも表面上は儀式に臨むにふさわしい、しれっと澄ました顔をしていた。
(陛下とわたしは同じだ)
と、またしても不敬なことを当時16歳のセイは考えてしまうが、それはあながち的外れな発想でもなかった。「蒼天の鷹」オージン・スバルの戦死によって団長の地位を受け継ぐことになった彼女もまた心の中は不安でいっぱいだったからだ。まだ十二分に成長しきってはいないうちに重責ある立場に就かなければならなかったのは、青年も娘も同じであり、違いと言えば王族と貴族という身分だけ、という話なのかも知れなかった。そして、
(あの噂は本当だったんだ)
ともセイは思っていた。「噂」というのは絶体絶命の危機にあるアステラ王国から王を北西の隣国であるマズカ帝国へと避難させる話が持ち上がった際のことである。マズカはアステラの同盟国であり、王室と帝室には血縁関係があり(王もいずれ帝国から花嫁をもらう予定になっていた)逃亡先としてはうってつけだと言えたが、若い王は説得しようとする侍従長や大臣たちに向かって、
「王はこの国にとって親も同然である。子供を見捨てて真っ先に逃げる親など人の風上にも置けぬケダモノ以下の存在だ」
おまえたちは余をそんな風にしたいのか、といつも柔和な青年が怒気をあらわにして何があろうとも母国にとどまり続けると宣言した、とまことしやかにささやかれていたのだが、セイは正直なところ「本当なのかなあ?」とあまり信じ切れないでいた。先王陛下は立派な方だったが、宮廷に出入りする王族にしろ貴族にしろ根性のない連中ばかりで、新しい王様だってどんな性格なのかわかったものじゃない、とドライに考えていたのだ。しかし、百聞は一見に如かず、というやつで、少女騎士は王になったばかりの高貴な若者と初めて対面したこの場で、彼が人の上に立つ器を備えていることをしっかりと認めていた。といっても、国王スコットの外見が立派だからそう思ったわけではなく、顔は青ざめ唇は震えて時折どもり、恐怖に取り憑かれているのは明らかだったが、それでもなお王としての務めを果たそうと平静さを装おうとする彼にセイは大いに好感を持ったのである。
「怖いのに無理しちゃって」
とからかいたくもなったが、騎士として身分の別を一応わきまえた娘は涼やかに微笑んで、
(この国のために戦おう、このお方のために死のう)
と重大な決断をいとも簡単に下していた。そして、偉大なる前任者の跡を継いで天馬騎士団団長としての任務を果たす覚悟もまたこの瞬間に出来上がっていた。
「陛下、どうかご安心ください」
セイの声が大きな広間に響き、少女らしからぬ迫力を備えた響きが敵軍の接近に動揺しきった宮廷人たちの心を鎮まらせる。
「このセイジア・タリウス、国境を侵さんと迫り来る賊軍を必ず撃退することをここに誓います。異邦人どもはわがアステラの国土に一歩たりとも足を踏み入れることなくすごすご逃げ帰る羽目になるでしょう」
言っていることは勇ましかったが、具体的にどうやって戦いに勝つのか、その算段は頭の中にはまるでなかった。だが、それは大して問題ではない。戦うと決めた以上、なんとしてでも勝ってこのアステラを守り抜くのだ。美しい騎士の闘魂に熱く燃える青い瞳を玉座から見下ろした国王スコットは大きく頷いて、
「よくぞ申した。タリウス、この国の守りはそなたに託した」
と重々しく告げる。
(この者を信じてみよう)
セイの本気が王の心を打ったのだろうか、青年国王の表情に自信が生まれ、弱気が消えつつあるのに側近たちは気づいていた。これもまた、よき臣下がよき主君を作る一例として歴史書に記録されるべき事柄なのかもしれなかったが、ともあれ、アステラ最大の危機において国王スコットとセイジア・タリウスとの間に主従の絆が生まれ、それによって王国が破滅の瀬戸際から奇跡の生還を果たすことになるとは、この時点では誰も想像できなくても無理はないのかも知れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます