第201話 女騎士さんvs「魔術師」(その5)

セイジア・タリウスとヴァル・オートモから目を逸らさずに、

「終わりは近い」

ナーガ・リュウケイビッチがつぶやくと、

「はい」

と姉と同じ方向を見つめながら弟のジャロは小さく頷く。騎士の道に入門すらしていない11歳の少年にも、目の前の激闘が重大局面にさしかかっているのは実感されたのだ。「金色の戦乙女」がまとう輝ける熱い闘志と「双剣の魔術師」が放つ寒々しくも青ざめた殺意が、2人のちょうど中間地点で混ざることなくぶつかりあい、相剋する両者の気迫が夜更けの小村の大気を震わせ、緊張感に耐えかねたかのように大地も鳴動し、家々を焼き尽くした炎は勢いを増して天まで届かんばかりになる。やがて、強者同士の衝突を気が遠くなる思いで見守っていた人たちの耳に、ぴしぴし、と何かがひび割れる音が聞こえてきた。セイとオートモ、2つの魂の昂ぶりが自然が本来有する許容量をも超えて、世界をも壊そうとしているのだろうか。そして、それぞれのエネルギーが最高潮に達した刹那、繊細な硝子細工が砕け散る音があたりに響き、辛うじて保たれていた均衡は遂に破れ、騎士と騎士の戦いが再び始まった。

またしても、ヴァル・オートモが動き、セイジア・タリウスは動かない、という構図になった。青みがかった黒髪の男が2つの剣でもって、長剣を中段に構えた金色の長い髪をまとめた美女に襲いかかるのは最初と同じだったが、「魔術師」はもはや雄叫びをあげることなく、「ふしゅっ!」「いーっ!」と鋭い気合いを時折発するだけで、一秒たりとも休むことなく斬撃を繰り出し続ける。男の沈黙は戦意と敵意をより凝縮させたあらわれであり、この攻防で決着をつける、という固い意志の表れでもあるように見えた。その一方で、セイにもひとつの変化が生じていた。

「セイジア様、さっきよりも危なくないように見えますけど」

ふらついた足取りで近づいてきたハニガンに、

「おお、おまえにもわかるか」

ジャロは振り返ってにっこりと笑った。オートモの剣が女騎士に当たらなくなり、刃によって柔肌が傷つくこともなくなっているのは端から見ても明らかだった。素人と男児でも気づいたことなので、

(まあ、そりゃそうだろうな。あれだけ何度も攻撃を受けていれば、セイのやつなら当然見切るはずだ)

蛇姫バジリスク」は当然わかっていた。「金色の戦乙女」の表情が戦いが始まった当初よりも若干穏やかになっているのも、相手の動きを読んだ証左であるようにナーガには思われた。そして何よりも、

(まったく、つくづく頭にくる子だよ)

ヴァル・オートモその人が手応えが感じられなくなったのを痛切に感じていた。技術の限りを尽くしても、ここで勝てれば後はどうなってもいいとまで思い詰めても、セイジア・タリウスには届かないのか。

(まだまだ!)

萎えかけた心に鞭を入れた「魔術師」はさらにギアを上げる。肉体上の限界は既に超えているかも知れないが、それを補おうと魂を奥底から奮い立たせ、自分の中にある可能性を越えた力を出そうとする。

「む?」

セイがやや太めの眉を、ぴくり、と上げたのは敵の異変に気づいたからだ。左手に持っていたはずの直刀が右に移り、右手に握っていた曲刀が逆側へと動いている。いつ動いたのか、最強の女騎士の眼力をもってしても目に止まることのない早業であり、「影」とパドルを翻弄したオートモの得意技だったが、

「くだらないめくらましだ」

青い瞳の騎士は白い貌にありありと軽侮の色を浮かべ、

「奇術の種がまだあるならいくらでも出すがいい。なんだったら鳩でもトランプでも取り出してみるか?」

実に笑える、と地を這うかのような低い声で「死の天使」とも他国から呼ばれる女子はつぶやくが、

「笑いたいのはこっちの方だ。たった今『くだらない』と決めつけた『めくらまし』で、きみは負けるのだからね」

「双剣の魔術師」も一歩も引きはしなかった。ぱっぱっぱっ、と音がしそうなほどの勢いで左右の剣をシャッフルさせながら、間髪入れずに攻めを繰り出す。縦に斬り横に薙ぎ死角から突く。ひとつひとつは精度と威力ともに完璧とは言いがたいものであったが、得物を取っ替え引っ替えしながらの攻撃を受け続けるのは達人といえども至難の業であり、劣勢に追い込まれるのも時間の問題かと思われたのだが、

「飽きた」

ぼそぼそっ、とハスキーな声が聞こえた、と思った瞬間にオートモの胃袋で何かが爆発し、「魔術師」と呼ばれる騎士は後方へと吹き飛ばされていた。ずざざざざ、と宙に浮きかけた両足を黒い土にめり込ませてどうにか踏ん張ると、

(無茶苦茶だな)

はあはあ、と荒くなった息を静めつつ、自らの腹部を見下ろして愕然とする。砂塵と土埃にまみれていつもの輝きを失った銀の鎧の中央部分に大きなへこみができていた。大型獣が猛烈な勢いで突進してきてもこれほどの傷はつきはしないが、セイジア・タリウスの前蹴りをまともに食らって貫通しなかっただけよしとしなければならないのかもしれなかった。そして、今の足技がこの決闘における彼女の最初の攻撃だと気づいた観衆は驚愕の余り呼吸を忘れてしまう。たった一発で戦況を覆すとは、この美女はアステラ王国が生み出した生きる戦術兵器なのではないか、と荒唐無稽な妄想をたくましくする者さえいた。

「いい加減にしろ、ヴァル。わたしを退屈させるんじゃない」

暴君の威を借る邪悪な姫君のように傲然と言い放つセイジア・タリウス。戦いは彼女にとって生きがいであると同時に何よりのレクリエーションでもあった。それほどの大切な舞台で興ざめさせられることほど我慢ならないことはなかったのだ。しかし、

「まあまあ、そう言わずに、もう少しだけ付き合ってくれないかな?」

ヴァル・オートモは悪びれもせずに、直刀と曲剣の入れ替えを続けながら、セイに向かって前進を開始する。やれやれ、と肩をすくめて、

「楽しい演し物ももう終わりか。期待外れだったな」

自らの手でお開きにするつもりなのか、金髪の女騎士もまた「魔術師」の方へ足を踏み出した瞬間、

(まずい)

「影」は罠の存在に気づく。自らも謀をよくする者として、相手の策を察知したのだ。今、オートモは間違いなく劣勢に追い込まれようとしていたが、そのピンチを利用してセイの油断を誘おうとしている。敵ではあるが、拍手を送りたくなるしたたかさだ。もちろん、セイジア・タリウスほどの戦士が慢心などするはずもなかったが、兎を狩るのにも全力を尽くす獅子であっても蟻や羽虫には気を止めないように、絶対的な強者であるがゆえの欠落というものは存在し、「双剣の魔術師」はそのわずかな空白を足がかりに番狂わせを起こそうとしている、と暗がりに生きる同類として感づいていた。

(奴は何かを狙っている)

気をつけろ、と身体が痛むのも忘れてセイに叫ぼうとした「影」だったが、それよりも早く閃光が周囲を包み、わずかな後に耳をつんざくほどの大音響が轟いていた。



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