第202話 女騎士さんvs「魔術師」(その6)
突然の白光と轟音によってナーガ・リュウケイビッチの視覚と聴覚はその機能を停止し、すぐそばにいるはずの弟の居場所すらわからなくなる。「双剣の魔術師」ヴァル・オートモが「金色の戦乙女」セイジア・タリウスを倒すために火薬を使ったのか、と最初は思ったが、爆発によって生じるはずの熱を肌に感じなかった(触覚は無事だった)ことから、青みがかった黒髪の騎士が仕掛けた攻撃の真相にたどりついていた。
(
光と音でもって相手を無力化し制圧することを目的とした兵器だ。用意周到にもオートモはあらかじめ準備してあった最強の女騎士を打倒するための切り札をこの土壇場で遂に使用したのだ。
(もらった!)
「魔術師」の剣と刀が左右から挟み込むようにセイの頸部へと襲いかかる。至近距離でまともに手投げ弾の衝撃を受けて普通の人間なら身動きなど取れないはずだったが、
(なに?)
ヴァル・オートモの全神経に電流が走る。美女の首を切り離さずにはおかない必中の斬撃が何の感触も得られないままに空を切ったのだ。セイジア・タリウスがほんの少しだけ上体を反らして-ボクシングで言うところのスウェーバック-迫り来る2つの刃を薄皮一枚ほどのギリギリのタイミングで避けたのだ。目と耳を封じられて本能だけで絶体絶命の状況を切り抜けたのにいくら驚嘆しても足りないほどだったが、
(違う!)
ここに至って「影」はオートモの真の狙いにようやく気づく。スタングレネードで視聴覚を潰してからの攻撃は本命ではない。その後にまだ最後の手を残しているのだ。
(まだ終わっていないぞ、セイジア・タリウス!)
叫んで注意を促そうにも遅すぎた。
(さようなら、ミス・タリウス)
「双剣の魔術師」の唇が妖しく弧を描き、彼のとっておきの秘術が、「影」をも退けた裏技が発動する。視力と聴力が回復しきっていない黒ずくめの仕事人は、オートモに抉られた胸の傷の痛みがひときわ強くなったことで、自分が敗れたのと同じ策が金髪の女騎士に実行されたのを悟る。
(くそ! 何も見えやしねえ!)
目つぶしを食らった「ぶち」が怒って暴れ回り、
「一体どうなっちゃったの? セイジア様は無事なの?」
モニカは目を開けられないまま、ぼろぼろと涙をこぼし、
「うおおおお、目が! 目が!」
オートモの部下たちは顔を押さえて地面を転げ回る。やがて、手榴弾によってもたらされた光と音が薄れていき、皆の感覚も常態を取り戻していく。
「セイ! おまえ、大丈夫か?」
悪友を案じるナーガの叫びを聞きながら「影」は暗澹たる思いにとらわれる。いくらセイジア・タリウスとはいえ、「魔術師」が二段三段と仕掛けた罠を上手くかいくぐれたとは思えなかった。絶望的な気分を振り払おうとも思えないまま、離れた場所にいる2人の騎士を眺めようとして、痛めつけられた2つの眼球がやっとのことで焦点を結んだとき、
「なにっ?」
満身創痍の刺客は信じられない光景を目撃していた。とはいえ、
(嘘だ。有り得ない)
ヴァル・オートモの方が「影」以上に驚愕し、両手両足の震えが止まらなくなっていた。とっておきの隠し玉で葬り去ったはずのセイジア・タリウスが、なおも彼の目の前で力強く立っているのだから冷静でいられるはずがない。一体何故このようなことが起こったのか。
「セイ! 無事だったんだな!」
目が見えるようになったのと、頼りになる美女の健在をマルコが喜ぶ一方で、
「あれ?」
ジャロ・リュウケイビッチは小さく首を傾げて、
「姉上、セイジア・タリウスが何かを持っています」
と女騎士の方を指さした。弟の指摘を受けた「
(短刀か?)
鉄のガントレットを装着した右の人差し指と中指の間に、わずかに反りを打った刃が挟み込まれ、冷たく光る刀身の向こうに深く瞑目したセイの美貌があった。オートモがグレネードを投擲した際に、目を守るために咄嗟に瞼を閉じておいたのだ。すっ、と目を開け、2本の指の間にあるナイフをしばらく弄んでから、女騎士は「ははは」と乾いた笑いを漏らして、
「いや、恐れ入った。まさかこんな手に出るとは、さっきは文句を言って悪かった」
「金色の戦乙女」はにこやかに笑いかけたが、対する国境警備隊隊長は、ぐぐぐ、とあらん限りの力で歯を食い縛って悪鬼のごとき形相で彼女を睨みつけている。
(あのナイフ、一体どこから出てきて、どうしてそれをセイが持っているんだ?)
さっきまでは存在しなかった武器の出現にナーガが混乱していると、「ふむ」とセイが頷いて、
「ここに来る前、都で暮らしていたとき、大道芸人が街角で曲芸をしているのを見たことがある」
のんきに話し始めた。それと今の状況に何の関係が、と彼女以外の全員が頭上に?マークを浮かべていると、
「玉に乗ったり綱を渡ったり、実に面白いことをする、と感心してチップを渡したものだが、その中にお手玉の巧みな者がいたんだ」
「お手玉?」
思わず声を出してしまったジャロ少年へとセイは振り返って、
「ああ、そうだ、坊や。ボールをぽんぽんと空中に抛り投げて、どんどん数を増やしていくんだ。2つくらいなら誰でもできそうだが、3つ、4つとなっていくとてんてこ舞いになってしまう。わたしが見た芸人は8個まで投げていたかな。長い時間をかけて厳しい修練を積まなければできるものではない、と頭が下がる思いがしたものだが」
そこまで言って、くるり、と「魔術師」の方に向き直って、
「おまえもかなり練習したんだろ、ヴァル?」
柔らかな微笑みを受けてもオートモが無言のままなので、
「確か、ジャグリング、という技だったと思うが、今おまえがやろうとしたのはその応用だ。曲芸と殺人のハイブリッドとでも言うべきなのかな?」
右手に持った短刀を愛おしげに見つめて、
「おまえは右手と左手の武器を素早く入れ替えるのを得意にしているが、要は右の剣を左に投げ、左の剣を右に投げる、というのを目にも止まらぬスピードでやっているわけだ。つまり、その際に2つの剣は一瞬空中に浮き、わずかな間だけ手が空くことになる。そして、空いた手を懐に入れて忍ばせておいたナイフでもって敵を切り裂いてから再びしまいこんで剣と剣を握り直したなら、やられた方はわけもわからないままあの世行き、という寸法なのだろう」
まさに奇策であり鬼策だ、と語るセイジア・タリウスの口ぶりには、優れた技術に対する裏のない賞賛の念が籠められていて、
(その手口でおまえは危うく死にかけたんだぞ)
セイの生存を喜びながらもナーガは呆れてしまっていた。
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