第200話 女騎士さんvs「魔術師」(その4)
セイジア・タリウスからアリエル・フィッツシモンズの名が出てきたのにヴァル・オートモは大いに混乱した。一体どうして天馬騎士団の頃に上官だった少年騎士の話になるのか。後から入団してきて自分を追い抜いて出世していった、という点では、アルもセイと同じではあったが、いわゆる「馬が合った」というやつなのか、オートモは女騎士ほどには貴族の少年に悪感情を抱くことはなかった、と思い出してはみたものの、戸惑いは消えなかった。目下進行中の戦いに何も関係のない質問をするとは、どういうつもりなのか。
「フィッツシモンズくんなら、たまに一緒に稽古したけれども」
あまりに予想外の質問だったので思わず率直に答えてしまってから、「それが一体どうしたというんだい?」と訊き返すと、
「ああ。やっぱりそういうことだったのか」
道理で、と金髪の女騎士は納得した様子になったので、わけのわからないことを訊いてきたうえに一人だけで勝手に満足するのか、と「双剣の魔術師」はイライラが急上昇していくのを止められなくなる。対面した敵の不満に気がついたのか、「金色の戦乙女」の紅唇から説明が語られ始める。
「いや、実はこの前、アルがこの村までふらっとやってきたんだ」
アル本人にしてみれば、セイへの恋心を告白するために王都チキから5日がかりでたどりついたのを「ふらっ」などと気軽そうに表現してほしくはなかっただろうが、
「いろいろあって、1対1で立ち会うことになったんだが、そのときにアルが妙な真似をしたんだ」
「ほう。フィッツシモンズくんが一体何をやったのかな?」
興味を惹かれて口を出してしまったのに気づいて、オートモは顔をしかめた。またこの子のペースに巻き込まれてるじゃないか、と苦々しく思っても、彼女持ち前の魅力に抵抗できる者もいないはずで、惑星の引力に取り込まれた隕石になったかのような気分になる。
「詳しくは言えないが、要は一種のトリックというか軽業をわたしに仕掛けたのさ。当然わたしが勝ったわけだが、終わった後に説教したんだ。一流の騎士を志す者が小手先に走るべきではないし、一流の騎士を相手につまらない小細工をするんじゃない、とな」
夜更けのジンバ村でセイと対決した際にアルが彼女の持つ槍の上に飛び乗って動きを制しようとしたものの、「王国の鳳雛」の必死の策を最強の女騎士があっさりと破ったのは以前詳しく書いた通りである。
「まあ、アルは賢いからちゃんとわかってくれたと思うが、どうしてあいつがそんな小技に走ったのかをうっかり聞きそびれてしまって、それからずっと気になってたんだ。新入りの頃からアルを鍛えてきたが、わたしはオーソドックスなことしか教えなかったし、基本をしっかり踏まえることが何よりも大事なんだ、と口が酸っぱくなるほど注意してきたつもりなんだ」
ふー、と悩ましい溜息をついて、
「わたしの教育がよくなかったから、アルが変な方向に行ってしまったのだろうか、って悩んでいたんだが」
ようやく原因がわかった、とセイの青い瞳がオートモの顔を真っ向から見据えていた。
「つまり、わたしと一緒に稽古していたおかげで、フィッツシモンズくんに悪い影響が出た、とでも言いたいのかね、ミス・タリウス?」
「ああ、はっきりとそう言いたい。類は友を呼ぶのか、朱に交われば赤くなるのか、いずれにせよ今のおまえの動きにはあのときのアルと同じ匂いがした。人の裏をかき隙を突こうとする、騎士道に外れた心から出る匂いだ」
わたしの大事なアルに妙なことを教えるんじゃない、と害虫を見るのと同質の視線を送られた「魔術師」のこめかみに浮かんだ青筋がぴくぴくと動く。あからさまに侮辱をされて、いつも飄々としている色男もさすがに憤りを抑えかねた。
「お言葉だが、ミス・タリウス。きみはさっきわたしの攻撃を褒めてくれたではないか。にもかかわらず、そのように貶めるとは短時間に豹変しすぎやしないかね?」
「豹変したわけでも矛盾したつもりもないね。おまえが裏技をよく究めたものだと感心したのは本当のことだ。邪道も外道も一つの道なのかもしれない、と蒙を啓かれた思いがしたものだ」
だが、と女騎士はまた溜息をついて、
「それ以上に残念な気持ちになった。おまえの情熱と努力が正しい方角に向かっていたら、どれほど素晴らしい騎士になったかわからない、と心から惜しく思った。そのように成長していれば、悪党の走狗として操られることも無かったろうに、とな」
セイの瞳に浮かぶ色が軽蔑から憐れみに変わったのに、オートモは煮えたぎる溶鉄を無理矢理嚥下させられた気分になる。この女、どこまでわたしを見下してくれるのか、と憎悪が煮詰まってかえって清々しい気持ちになっていた。
「それはとんでもない誤解だね。わたしは自分からこの生き方を選んだのだ。そのことにひとかけらの後悔もありはしない」
「双剣の魔術師」の口ぶりには何の衒いもなく、胸の内を包み隠さず告白する者だけが持つ明朗さをセイだけでなくその場に居合わせた人々は皆感じた。
「それに考えてもみたまえよ。きみは間違いなく天才だが、わたしは秀才がいいところだ。同じ努力をしたところで追いつけるはずもないんだ。少しくらいのずるい手段や悪どいやり口も大目に見てくれたっていいんじゃないかね?」
「魔術師」のユーモラスな語り口にセイは噴き出してしまい、
「少しくらいなら見逃してもいいが、おまえは明らかにやりすぎだ」
見解の相違だね、とオートモは唇の端を片方だけ吊り上げて、
「そう思うなら止めてみるがいい。わたしとフィッツシモンズくんを同じだと思ってもらっては困る。彼のやったことは所詮貴族のお坊ちゃんのままごとだ。筋金入りのわたしとはわけが違う」
なるほどな、と美しい女騎士は心を引き締める。余裕が残っているのを見ると、「魔術師」はまだ何らかの秘策を隠し持っているのだ。それを破らなくてはこの男に勝ったとは言えない。その一方で、
(はてさて、どうしたらいいのかね)
ヴァル・オートモは全身を濡らす冷たい汗を止められずにいた。他愛ないおしゃべりの間も彼女にまるで隙はなく、それどころかプレッシャーは強まっていく一方だ。
(タリウス嬢は現代最高の英雄だ。歴史に名を残す怪物だ。万人を熱狂させるカリスマだ)
自分が相手としているものの大きさを改めて実感する。彼をここに送り込んだ「依頼人」もそんな彼女の存在を邪魔に思ったのだろうか、と考えてから、余計なことを思い浮かべている場合ではない、と考え直す。
(「あれ」をやるしかない)
ごくり、と唾を飲み込み、直刀を持った左手を前に、曲剣を持った右手を後ろに構える。
(そういう顔もできるのか)
オートモの容貌から甘ったるさが抜け落ちたのを見て、セイは全身の脱力を心掛ける。どこか一部分でも強張りがあれば、「魔術師」の瞬速の攻めに対応できない。
(いよいよだ)
勝敗を決する瞬間が刻一刻と迫りつつあるのを感じ取った「影」が刃のように尖った歯を噛みしめていると、
「勝つわ。セイジア様は必ず勝つわ」
女騎士を一心に見つめるモニカのつぶやきが耳にとまった。小娘のたわごと、と聞き流せばよかったのに、
「何故そう思う?」
と問いかけると、
「特に理由はないけど、セイジア様が負けるはずがない、って思うから。それに、わたしも村のみんなもセイジア様を信じているから」
モニカの夢見るような表情は神々しさすら帯びていて、「影」は否定しきれずに黙りこむことしかできない。そして、
(セイジア・タリウス、おまえにおれの、いや、この村の命運がかかっているんだ)
これまで神も悪魔も信じたことのない黒ずくめの暗殺者は、生まれて初めて自分以外の誰かの勝利を願い、祈りを込めた視線を女騎士の背中へと送っていた。
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