第189話 女騎士さん、対峙する(その1)

「金色の戦乙女」セイジア・タリウス、「双剣の魔術師」ヴァル・オートモ、黙ったまま向かい合っていた2人のちょうど中間にあった燃えさかる民家が、がらがら、と大きな音を立てて崩れ落ちた。どうにか持ちこたえていた家屋が激しい炎の勢いにとうとう持ちこたえられなくなったのだ。建物が全壊した反響が収まるのを待って、

「こたびの出来事は、きみらしからぬ失態と言わざるを得ないのでないかい? ミス・タリウス」

三十路半ばにして未だ若々しさを保つアステラ王国国境警備隊隊長がからかうような口調で話しかけてきた。

「と言うと?」

20歳を過ぎても少女らしさの抜けきらない金髪ポニーテールの女騎士が首を傾げたのに、

(そうだった。この子には皮肉が通じないんだ)

と久方ぶりに会う元上官の性格上の特徴を思い出していた。普段の彼女は言葉の裏を探ることなく真っ正直にしか捉えないので、遠回しに嫌味を言おうとしてもまるで効果がなく、そういうところは苦手だ、と思っていた。そのくせ、いざ戦いになると抜群の冴えを見せて、誰も気づかなかった敵の弱点を発見して勝利を手繰り寄せるのが常で、そのあたりもやはり苦手にしていた。仕方なく自分から説明することにする。

「見たまえ。きみが暮らすこのジンバ村が、今やすっかり火の海ではないか。これでは村を守り切ったとは到底言えなかろう」

セイが何より一般市民を争いに巻き込むのを嫌っているのを知った上で、オートモは女騎士を責め立てようとしていた。正義感と責任感の強さを逆手に取って高潔な女戦士を傷つけようとする狡猾なやりくちであった。鋭い指摘を受けて、

「そう言われると返す言葉がないな。確かにおまえの言う通りだ」

「金色の戦乙女」は頭を搔きながらうなだれた。一応は効果があったらしいが、取り返しのつかない痛恨に打ちひしがれている、というよりは、シャツにパン屑をこぼしているのを注意されている程度の軽い反省でしかないのに、「魔術師」と呼ばれる男は困惑させられる。すると、

「ただ、この件に関しては村のみんなも了承済みなんだ。いざとなったら村ごと吹き飛ばしてくれても構わない、と言ってくれたんだ」

セイの答えがあまりに思いも寄らないものだったので、「はあ?」とオートモは驚きのあまり口を大きく開けてしまう。

この戦いからさかのぼること十数日前の話である。ジンバ村の防衛を担当することになった「影」はいくつもの罠を用意して敵を待ち受けようと決めたのだが、その最終手段として村の至る所に設置した爆弾を作動させて襲撃犯を一網打尽にすることをセイに提案してきた。

(そうするしかないのだろうが、できれば避けたい)

申し出を受けた青い瞳の女騎士は躊躇せざるを得なかった。セイ、ナーガ、「影」、カリー・コンプの4人しか村を守る戦力がない以上、集落に敵を誘い込んでもろともに爆破するという、ある種の自爆も辞さない覚悟が必要だ、と戦術家としては理解していた。しかし、セイジア・タリウス個人としては、その作戦はどうにも受け入れがたいものがあるのは確かだった。たとえ勝利を得るためとはいえ、純朴な人たちが生まれ育った故郷を破壊してしまうには、「金色の戦乙女」は優しすぎた。したがって、

「まず、みんなの了解を得ようと思う。もし反対されたらこの策は実行しない」

としばしの考慮の後に「影」に告げた。意気地のなさを責められるものとばかり思っていたが、「やむを得んな」と黒ずくめの男はもともと暗い顔をさらに暗くしただけで悪態をついたりはしなかった。この男も山間の小村に愛着を抱きつつあったのかもしれない。その後、集会場と称した掘っ立て小屋に村人たちを急遽呼び集めて事情を説明したのだが、

(どうせダメだろう)

とセイは最初から諦めモードだった。当たり前の話だ。誰が好き好んで自分が暮らす場所を爆発炎上させたいというのか。ところが、

「どうぞやってくだされ」

という予想外の反応が返ってきて、女騎士は喜ぶどころか、

「いやいや、ちょっと待ってくれ。みんなは家がなくなっても平気なのか?」

と慌ててしまったのだが、「そう言われてもねえ」と主婦たちは顔を見合わせ、

「隙間風と雨漏りがひどいから、別になくなってもかまわない」

「じいさんのそのまたじいさんの代に建てた築百年以上の家だから、そろそろ取り壊そうと思っていた」

「段差が多くてばあさんが転びそうで心配だからもっとバリアフリーにしたい」

などなど、現在の住環境への不満が続出し、

(みんな、そんなに不便な思いをしていたのか)

セイの胸は痛んだ。村のために尽くしてきたつもりでも、まだ目の行き届かないところがあったとは。自らの至らなさを責めるだけではおさまらず、困った人々を助けたいという熱い善意が彼女の中でふつふつと沸き立っていた。

「よし、わかった! これもいい機会だ。村中の家という家を新しく建て替えようではないか。もちろん、わたしの手で全部やらせてもらうから、そのつもりでいるように」

おお、と集まった者たちが喜びの声を上げる。セイの大工仕事の腕前が本職顔負けのものであるのを、村で知らぬ者はなかった。立て付けのしっかりした住居を建ててくれるに違いない、と期待に胸を膨らませていたが、

「いっそのこと、城を建ててしまってもいいかもしれないな。どんな大軍も決して攻め落とすことのできない難攻不落の要塞をこのジンバ村に建造してみようか」

やる気が暴走した女騎士の瞳が遠い宇宙でまたたく恒星のようにぎらぎらと輝いているのを見た村の老若男女は総出で「いやいやいや!」と慌てて立ち上がって彼女を止める。他の誰かが言えば絵空事でも、「金色の戦乙女」にかかれば実現してしまいかねないので、急いで止める必要がある、というわけだった。ともあれ、爆破について村人たちから許可を得るのに成功したセイジア・タリウスだったが、

「城がダメなら、プール付きの豪邸をもれなく作ってやる、と言ったのだが、それも断られてしまったのは少し残念だったな。『普通でいい』とみんなは言ってくれたが、このわたしが手がける以上『普通』などで済ませるわけにはいかない」

匠の技を見せてやるんだ、と戦後の復興計画に夢中になっている女騎士に、

(話が完全にあさっての方向に行っちゃってるじゃないか)

まだ戦いも終わっていないのに、とヴァル・オートモは呆れ返り、

(いつもこうなるからタリウス嬢と会うのは嫌だったんだ)

彼女と一緒に行動して何一つ思い通りになったことはなく、自分の行ってほしい方向にも行ってくれない。まさしく「天敵」と呼ぶべき存在だが、そんな女騎士から逃げるわけにもいかず、逃げたくもないと思ったからこそ今ここにいるのだ、と「双剣の魔術師」は自らの現在位置を改めて確かめた気持ちになっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る