第190話 女騎士さん、対峙する(その2)

セイジア・タリウスとヴァル・オートモの会話を、ジンバ村の村長ハニガンは少し離れた場所から固唾を呑んで見守っていた。争いごとを好まない穏やかな性格の若者は、騎士と騎士との戦いがもうすぐ始まろうとしているのを恐れながらも、その行方から目が離せなくなっている自分自身を意外に思っていた。わたしの中にこんな勇気があったのだろうか? と首を捻ってから、

(セイジア様はおわかりなのだろうか?)

とも思っていた。ジンバ村の人々が集落ごと敵を爆破するプランに賛同したのは、貧しさゆえに財産に大して執着していなかったこと、それに賊に殺されるくらいなら家を引き替えにしてもいい、という考えもあるにはあったが、それよりも何よりも、

「セイジア様に任せておけば大丈夫」

という女騎士への絶大なる信頼感こそが最大の理由だ、と当のセイ本人が気づいていないのを不思議に感じたのだ。先の戦争を終わらせた英雄が庶民に混じって精一杯働き、寝食を共にしているうちに、彼女の真心に嘘偽りはないことが皆に伝わったのだ。貴族だからといってふんぞり返ることなく、きつい作業を進んで引き受けてくれる戦士を、信用しない方が難しかっただろう。セイがたなびかせる長い髪と同じ黄金色の精神が、時の止まった辺境の地で眠りこけていた人々の心に、

「今日よりも明日はもっといい日になる」

という理想を呼び覚ましていた。目の前に立ちはだかる困難を越えられたなら、よりより未来にたどりつけるはずだ、という思いがあったから、「金色の戦乙女」に自分たちの運命を委ね、逃げることなく戦う道を選んだのだ。

(そうだ。村長としてわたしは最後まで見届けなければならない)

住み慣れた家は燃え尽き、ハニガンが生まれるずっと前から建っていた教会は崩れ、彼の知っている故郷は失われた。しかし、その場所に人が残っていれば焼け野原からでも再びやり直せる、いや、前よりもずっと美しい村にしていくことができる、と信じる青年はもはやあたりを焼き尽くす猛烈な火炎を恐れはせず、肌を刺す熱気にもたじろぎはしなかった。ジンバ村を代表する者として、今はここにいない仲間のために最強の女騎士の戦いをこの目に焼き付けよう、とセイジア・タリウスの後ろ姿をハニガンは力を込めて見つめた。

(タリウス嬢がここまで村に溶け込んでいるとは)

挑発が不発に終わっていくらか落胆したオートモに、

「ひとつ断っておくが」

今度はセイが揺さぶりをかける。

「援軍を当てにしているなら無駄だぞ。いくら待っても来はしない」

と言ってから、青い瞳を冷たく輝かせて、

「マズカの軍勢はわたしが全滅させた」

ザイオン・グリンヴァルドは死んだ、と付け足すと、「双剣の魔術師」の後ろに控えた警備隊員たちは目に見えて動揺した。100人余りの陣容を誇るマズカ帝国荒熊騎士団が敗れ、帝国有数の猛将「熊嵐」が倒されたとはにわかに信じがたかったが、

「やっぱりそういうことだったか」

ただひとり、ヴァル・オートモだけは驚くことなく肩をすくめただけだった。セイジア・タリウスが村に不在だったのは荒熊騎士団に奇襲をかけるためだ、と「影」から既に聞かされていて、その時点でこうなることを予期していた。彼はセイを苦手にしていたが決して過小評価はしていなかった。

「すると、他の連中も来ない、ということになるのかね?」

「まあ、そういうことだ。わたしにとっては幸運で、おまえにとっては不幸なことだがな、ヴァル」

軽い調子で訊ねると軽い調子で応じられたが、その内容は重大だった。村の南北から挟み撃ちを仕掛けるはずの荒熊騎士団の別働隊もどうやら撃退されたらしい。北から向かっていた集団はさっき村に戻ってきたナーガ・リュウケイビッチに敗れたのだろうが(「蛇姫バジリスク」はオートモをさんざん苦しめた老人の遺体に依然すがりついている)、もう一方の南から攻め入ろうとした部隊はどうしたのか気になった。

「この大陸で一番の歌うたいが一夜限りのリサイタルを開くことになったから、おおかた聞き惚れているんだろうさ」

笑いながらわけのわからないことを言って来たので、思わずカチンと来たが、この女騎士自体が男にとってわけのわからない意味不明な存在なので、案外正しいことを言っているのかも、という気もした。いずれにせよ、救いの手は国境警備隊に差し伸べられず、隊長と生き残った隊員の合計6人だけでジンバ村の攻略を遂行せねばならない、それがヴァル・オートモに突きつけられた厳然たる事実であった。

「さあ、早いところ勝負と行くぞ。いつもだったらもう寝ている時間だから、眠くて仕方がないんだ」

ふぁーあ、とセイが状況にそぐわないまるで緊張感のない欠伸をしたのと同時に、だだだだだ! とオートモの部下たちが血相を変えて突然駆け出したかと思うと、金髪の女騎士の周りを完全に取り囲んで、

「おれたちを甘く見るな!」

そのうちのひとりが声を裏返して絶叫した。



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