第156話 拳銃使い、助太刀する(中編)

セイジア・タリウスの知っているリアス・アークエットの戦闘服は身体に密着した黒のボディスーツだが、この夜の拳銃使いの装いはそれとは全く異なるものだった。闇よりもなお深い漆黒の色合いに統一されている点だけは同じだったが、それ以外は何から何まで違っている、と言うべきなのだろう。今日の彼女はロングドレスを身にまとっていた。何段ものフリルがあしらわれた裾はリアスが動くたびにふわふわと広がり、袖は世の少女たちの夢を詰め込んだかのように膨らんでいる。そして、銃を自由に使いこなす繊手に嵌められた手袋はレザーではなくレースだ。靴はさすがにハイヒールではなかったが、その代わりに履いているのがかなり上げ底されたブーツなので、お世辞にも野外での運動に向いているとはいいがたい。極めつけなのは、つややかな黒髪にあしらわれた赤い薔薇の髪飾りだ。明らかに作り物なのに本物さながらの濃厚な香りが感じられるのは、リアスの美しさがアクセサリーの魅力を引き出したからなのだろうか。

(どういうつもりだ)

セイは訝しく思わざるを得ない。今のリアスは「きれいだ」とたとえるのが愚かしく思えるほどに魅力的だった。しかし、何事も時と場合に寄るもので、舞台に上がるヒロインとしては百点満点でも、これから戦いに臨む者のファッションとしては著しく不適格としか考えられなかった。しかし、久々に会った友人はそれくらいのことは当然わきまえているはずなのに、とその意図を図りかね、場にそぐわない雰囲気を醸し出す黒衣の美少女に荒熊騎士団の男たちも手を出すのを躊躇しているように思われた。敵味方から漂う疑念を敏感に察知したのか、

「まあ、見てなさいって」

小さな光ひとつない夜空を哀れんだのか、リアス・アークエットは暗赤色のルージュが引かれた唇を三日月によく似た形にしてから、音もなく動き出した。心臓の真上に左手をそっと置いてから、もう一方の長く細い腕を一番近くにいた騎士の顔へと伸ばしていく。あなたはどうしてあなたなの、という恋情が高まりすぎたが故の問いかけが聞こえたかのように、情緒を解さない荒くれ者たちも思わずのぼせあがってしまうが、淡く切ない幻想は長く続かない、というのが世の常であり、抱擁のために伸ばされたはずの美少女の手に拳銃が握られ、それが鼻先に突き付けられたのを悟った騎士の、

「は?」

間抜けそのものといった声はけたたましい銃声にかき消され、兜のスリットから飛び込んできた銃弾によって男の頭部は破裂する。いきなり開始された殺戮に、

「こいつ!」

それまで少女に感じていたときめきがそのまま憤怒に裏返ったかのように、騎士たちは一斉にリアスへと襲い掛かる。しかし、拳銃使いの少女は涼しげな表情を崩さずに、迫りくる剣を棍棒を体当たりをひらりひらりとかわしていく。それだけでなく、くるくるターンを決めながら左右を同時に銃撃したかと思えば、高々と飛翔し自分よりも頭一つか二つは大きい騎士の脳天を至近距離から撃ち抜き、頭を低くして足を高く上げてハイキックを食らわせながら(ブーツなので威力も絶大だ)、ばん、ばん、ばん、と取り囲もうとしてきた敵兵の膝に速射を食らわせて歩行を不可能にした。

「なるほど。また一段と腕を上げたようだな、リアス」

見事なものだ、とようやく親友の真意を理解して大きく頷いたセイを横目で見ながら、「お褒めにあずかり光栄だわ」としとやかな獣のごとき少女は柔らかく微笑む。マズカ帝国でダンサーとしての本格的に活動を開始させたことで、リアス・アークエットの中で激しい葛藤が起こっていた。すなわち、拳銃使いとしての自分と踊り子としての自分、どちらが本当の自分なのか、という問題に突き当たったのだ。以前までの彼女なら見えない壁に阻まれて身動きが取れなくなったかもしれないが、セイジア・タリウスとの出会いで成長したリアスは壁をあっさり乗り越え、というよりもぶち壊していた。

「どっちも本当のわたしよ。それでいいじゃない」

素直にそう思えていた。あの金髪の女騎士に訊ねてみてもきっと同じように笑ったはずだと思った。暴力で悪人を殺傷するバウンティ・ハンター、優美な動きで人々を楽しませるダンサー、そんな二面性をしっかりと受け入れ、両極端な性質が共存するのは可能だ、とリアス・アークエットは今まさにその身でもって証明していた。戦いながら踊り、踊りながら戦う。そんな不可能としか思えない離れ業をやってのける黒い娘の背中に大きな翼が生えているのを、戦場に居合わせた誰もが幻視する。

「踊りながら射撃する戦法。名付けるなら『弾丸舞踏バレット・バレエ』といったところかしらね」

殺し合いをするためだけでなく、美しく演技をしようと決めていたからこそ、彼女はこの服装を選んでいたのだ。自分だけの唯一無二の武器を見出した少女に2人の騎士が前後から挟み撃ちを仕掛けるが、

「そろそろおやすみの時間よ」

見えない階段を駆け上ったかのように、リアスの体が宙を舞い、空中で体を捻りながら弾丸の雨を男たちに浴びせる。血なまぐさい闘争の場であるはずなのに、絢爛にして華麗な群舞を見ているかのような高揚感を覚えているのに戸惑いながら、

「なあ、セイジア。あの娘はいったい何者なのだ?」

セドリック・タリウスは訊ねていた。兄に質問されたセイは、ふっ、と夏の夜にすぐに消えてしまうほどのかすかな吐息を漏らしてから、

「わたしの友達です」

と笑い、「とてもとても大事な友達なんです」と付け加えた。

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