第157話 拳銃使い、助太刀する(後編)

「なかなか厄介ね」

リアス・アークエットはそう言って肩をすくめた。敵をだいぶ減らせてはいたが、それでもなおも20人近い敵が健在だった。苦戦の理由ははっきりしている。それなりに経験のある拳銃使いの娘でも完全武装の騎士を相手にするのは楽ではなく、少なからず撃ち損じをしてしまっていたからだ。しかしそれでも、兜や鎧のわずかな隙間を巧みに衝いて屈強な男たちを戦闘不能に陥れているのだから、当人の見解とは相違して、リアスは大いに善戦している、というのが公正な物の見方なのだろう。踊りだけじゃなく射撃の練習もしなきゃね、と強い向上心を持つ少女が反省しているのを気落ちしたものと誤解したのか、「うおーっ!」と叫び声を上げながら躍り出たのは一人の騎士だ。その男も当然鎧を装着していたのだが、その外見が見るからに異様で、彼に気づいたリアスも目を丸くしてしまう。とにかく分厚い、というのが第一印象だった。他の騎士が身にまとっている装甲の2倍か3倍の厚みはありそうで、したがって重量もかなりのものになるはずだが、男の身のこなしは軽々としていてかなりの膂力の持ち主だと推測できた。それだけでなく、その鎧は完全に密閉されているように見えた。もちろん、完全に封鎖されていたら外部を見ることはおろか呼吸だってできないので、何処かに小さな穴は開いているのだろうが、拳銃使いの少女にはそれを発見できなかったし、見つけられたとしてもその箇所から弾丸を貫通させられるとは思えなかった。

「女だと思って大目に見てきたが、もはや勘弁ならん」

そう言うなり、またしても「うおーっ!」と吠えながら、重装甲の騎士はリアスへと近づこうとする。雌豹によく似た少女はわずかに眉をひそめてから、

「馬鹿な男は嫌いよ」

冷たく吐き捨てて、リボルバーの連射を食らわせるが、きんきんきん、と軽快にして硬質な音が響いただけで、

「蚊が刺したほどにも感じんな」

がっはっはっ、とくすんだ色の鎧を揺らしながら騎士は高笑いし、同僚たちからも「おお」と歓喜の声が上がる。

「おい、リアス」

後ろで見守っていたセイは思わず声に出してしまう。あれは鎧というよりはもはや要塞と呼ぶべきで、拳銃ではなく大砲が必要な相手だ、と見たのだ。

「哀れな娘よ。戦場の花として散るがいい」

大仰なセリフをだみ声でわめいてから、鎧と同じく重厚なメイスを高々と掲げて、男は「うおーっ!」とみたび叫びながら駆け出した。もう何秒もすれば少女の頭部が大鉄球によってザクロのように砕けるものと、味方の女騎士も敵の兵士たちも思い込むが、標的とされた美しい拳銃使いだけは「はあ」とわかりやすく溜息をついてから、

「だから、馬鹿な男は嫌いなのよ」

と慌てず騒がず装填済みの拳銃を突撃してきたフルアーマーの騎士へと向けた。

「愚か者め。そんなものは効かぬ、とまだわからんのか」

勝利を確信した男の口から飛んできた嘲罵を、

「あら、そう?」

リアス・アークエットはそよ風のように受け流すと引鉄を絞った。

がん!

轟いたのはただ一発の銃声だった。しかし、

「は?」

騎士は気の抜けた声を上げてから、視線を下げた。鎧に大きな穴が開いていた。それだけでなく、その下の胸と腹も破裂して、鮮血が溢れ出し内臓が地面へとこぼれ落ちていた。自分の中にあったものが全て流れ出して、まるで底の抜けたバケツになっちまったみたいだ、と思う男の手から凶悪な武器が離れ、そして、「ぐおおおおお!」と叫びながら膝をついて草の上をのたうちまわる。遠からず絶命するので七転八倒の苦しみがさほど長く続かないことだけが唯一の幸運となった犠牲者を冷たく見やりながら、

「ご立派な鎧を着ていたのがかえって仇になったわね」

お気の毒様、とリアスは髪の毛一本ほどの同情心を浮かべながらつぶやく。断末魔がやんで冷たい骸となった仲間を見下ろしながら、「何故だ。どうしてだ」と生き残った荒熊騎士団員たちは愕然とせざるを得ない。これまで無敵の防御力を誇っていた鉄甲が何故か破壊されていた。あの娘の放った銃弾を全てはじき返していたのに、今回に限ってディフェンスが突破されたのは一体どういうことなのか、さっぱりわからなかった。

(リアスが撃ったのは一発だけじゃない)

最強の女騎士は本人以外でただひとり真相を看破していた。彼女の友人である拳銃使いは目にも止まらぬ早撃ちで、一瞬のうちに迫り来る騎士に向けて拳銃から全弾発射したのだ。銃声が一つしか聞こえなかったのは、あまりの速さで音が重なったためだろう。それだけでなく、鎧の一定のポイントを寸分違わず射撃したことによって、堅牢な甲冑も高威力の連続攻撃には耐えきれず砕け散った、というのがセイの見立てだった。

(わが友ながら恐るべき腕前だ)

超スピードと精妙な技術があってはじめて成しえる神業だ、とリアスに心からの賛辞を贈りたい気分だった。以前、彼女の発射した銃弾を至近距離から避けたことがあったが、今なら無理かもしれない、と思う。もっとも、強い友情で結ばれた二人が敵対することはもはや二度とありはしないのだが。

「ひいいいいいっ!」

有り得べからざる敗北を目の当たりにして荒熊騎士団の生き残りから闘志がみるみる失われていく。リアス・アークエットの連射は鎧だけでなく、他の騎士たちの心までも打ち破ったのだ。戦う魂を失くした男たちにできることはただひとつ、今すぐにこの場から立ち去ることだけで、たったひとりの少女からおめおめと逃げ去るのか、という騎士としてのプライドに耳を傾ける余裕もありはしなかった。だが、逃亡に移った敗者の群れの前には、美しい黒の死神が既に先回りしていた。

「忘れ物よ」

16歳とは思えない妖艶な笑みを浮かべてから、少女は重たげなロングドレスの裾を軽く持ち上げ、膝を軽く折り曲げて一礼する。カーテシー。婦人が用いるお辞儀の一種だが、それは敗走する騎士たちを冥府へと送り届ける死の挨拶でもあった。ぽとり、とドレスからこぼれ落ちた物体を見た荒熊騎士団員たちは仰天するあまり目を見開いてしまう。

(この女!)

それなりの重量を持った黒い球体が転がってくるのが見えた。正体はわからないが、ろくでもないものだということだけはわかった。だから、悲鳴をあげて今来た方向へ逆戻りしようとしたのだが、足を懸命に動かしても物体はぽんぽんとバウンドしながら人懐っこい犬のように騎士たちの後をついてきて離れてはくれなかった。もうだめだ、と運命を受け入れたのと彼らが閃光に包まれたのはどちらが先だっただろうか。そのあとに続いた炸裂音にかき消されて、戦士の最後の言葉は他の誰にも聞き届けられることはなかった。

「これにて終劇フィナーレよ」

爆炎を背負って立ち尽くす拳銃使いに向かってセイは思わず拍手してしまいそうになる。これだけ華のある戦いぶりは最強の女騎士といえども真似できたものではなかった。かくして、荒熊騎士団は全滅した。

(リアスが助けてくれなければ危ないところだった)

セドリック・タリウスとリアス・アークエット。2人の思いがけない人物の出現によって、敵集団との戦闘は予想外の成り行きをたどったが、過程はどうあれ、最後に生き残ったのはセイジア・タリウスであり、彼女がこの夜のに勝利を収めたのは確固たる事実であった。


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