第155話 拳銃使い、助太刀する(前編)

「その日、わたしはキャバレーで演技を終えてから、えらい人のところに挨拶に行ったのよ」

ばん、ばん、ばん。

「踊り子という職業も案外大変でね、ただ歌って踊ればいいものでもなくて、大事なお客さんに顔を覚えてもらうことも大切な仕事なのよ」

ばん、ばん。ばん、ばん。

「うーん、ちょっと照準が甘いのかな? 狙いがちょっとずれてる気がする。あ、それでね、話を戻すと、そのえらい人、といっても人格が素晴らしいわけではなくて、お金を持っていたり権力を持ってたりする、そういう意味のえらい人に挨拶に行って、『今後ともよろしく』ってお願いしたら『あんた別嬪さんだな』とか言われていやらしい目で見られたりしたんだけど、まあ、これでお得意様が増えるならどうってことないかな、って思っていたら」

ばん。ばん、ばん、ばん。ばん。

「そのえらい人と一緒に来ていた、たぶん同じようにえらい人だと思うんだけど、そいつが『金色の戦乙女も今度ばかりは年貢の納め時ですな』とか言ってげらげら笑ったから、何事か、と思っちゃって。だって、『金色の戦乙女』って、セイ、あなたのことじゃない。おっと、もう弾切れか。装填リロードしなきゃ」

かちゃり、かちゃかちゃ。かちゃり、かちゃかちゃ。

「これでよし、と。話がなかなか進まなくて悪いんだけど、わたしも銃撃戦をしながら説明したことはあまりないから慣れてないのよ。勘弁して頂戴ね。でね、友達の名前が出てきて、しかもきなくさい話題ときたら抛っておけるわけもないから、『えーっ? それってどういうことなんですかあ? リアス、よくわかんないからおしえてくださーい』って訊いてみたのよ」

ばんばんばんばん。

「なにビックリしてるのよ。ああ、今のしゃべり方? これはね、帝国に行ってから覚えたの。キャピキャピした女の子のふりをしたらおじさんたちはコロリと参っちゃうからすごく役に立ってる。『セインツ』のみんなもマスター済みよ。セイ、あなたにも教えてあげようか? え? 遠慮しとく? なんか本気で引いてない?」

ばん、ばん、ばん、ばん。

「もちろん、馬鹿っぽいなあ、っていうのは自分でもわかってるけど、でも、そのおかげであなたの置かれた状況がわかったんだから、世の中には無駄なことなんてない、ってことなのかしらね。そのえらい人はどうも軍でも高い地位にあるらしくて、『セイジア・タリウスを倒すために帝国最強の噂もある荒熊騎士団がアステラで秘密作戦を実施する』っていう軍事機密をべらべらしゃべってくれたのよ。わたしみたいな小娘には何もわかりやしないだろう、とみくびってくれたんでしょうね。ただ、わたしは舐められるのがあまり好きじゃないから、話をあらかた聞き出してからアイスペールをひっくり返して、そいつの頭にかち割り氷を山ほどぶちまけてやったから、なかなかすーっとした気分になったわ。今後の仕事には多少差支えが出ちゃいそうだけどね」

ばん、ばん。ばばばん、ばん。

「マズカ帝国はアステラ王国と同盟を組んでいるはずで、そんな国がどうしてあなたを倒そうとするのか、それにどうして隠れてこそこそ動くのか、わからないことだらけだったけど、それでもただひとつ、わたしの大事な友達が危ない目に遭いそうになっていること、それだけわかっていれば十分だった。わたしを助けてくれた人を今度はわたしが助ける番が来た、すぐに行かなくちゃ、って心はすぐに決まっていた」

だから、わたしは今ここにいるの。そう言ってリアス・アークエットはセイジア・タリウスを燃えるように輝く瞳でじっと見つめた。

「はあ、なるほど。そういうわけなのか」

銃声がかなり混じってはいたが、一通り事情を聞き終えた女騎士はどうにか頷いてみせたものの、半年以上前に遠いマズカへと旅立ったリアスがいきなり目の前に現れ、そんな少女が二丁拳銃で並み居る敵をばったばったと倒しまくっている現状を上手く消化しきれていなかった。最後に会ったときよりも彼女の容姿がより美しさを増していたおかげで、現実感が乏しいものになっているのかもしれなかった。

「だけど、リアス。きみは劇場で仕事もあるだろうに、遠路はるばるこんな田舎まで来て大変じゃなかったか?」

「大変といえば大変かしらね。数日後に帝都ブラベリのシアターで『セインツ』の5人と一緒に舞台に立つ予定になっているから、こいつらを倒したら大至急戻らなきゃいけないんだけど」

ちらり、と荒熊騎士団の生き残りに流し目をくれてから、

「まあ、どうってことないと思うわ。もうちょっと手こずるかも、って思ってたけど、セイ、あなたがだいぶ数を減らしてくれたんでしょ? おかげでなんとかなりそうよ」

なんとかなりそうって、とセイはリアスの大言壮語に呆れ、雌豹によく似た娘から侮りの気配を感じた騎士たちは怒気を隠そうともしなくなる。確かに彼女の手にしている拳銃は脅威ではあるが、騎士団はまだ30人近くの人員を擁しているのだ。勝ち誇るには早すぎる、と大人を舐めた少女に戦場の厳しさを教育すべく男たちは攻撃の態勢に入る。

「さて、ここからが本番かしらね」

徐々に緊迫感を増したのを感じながらも、リアス・アークエットの美貌から余裕が消えることはなく、

「セイ、あなたはしばらく休んでたらいいわ。そこのイケメンさんを守ってあげて」

「イケメンさん」ことセドリック・タリウスにウインクしてから、

「ここからのわたしは、あなたがまだ知らないわたしよ」

よく見ていたらいいわ、と黒いドレスに身を包んだ美少女の長く伸びた黒髪がかすかに揺れた瞬間、彼女のために用意された舞台の幕が切って落とされた。

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