第127話 「蛇姫」、奮闘する(その2)
時間をやや遡る。
「ずいぶんたくさん集めてきたものだな」
ナーガ・リュウケイビッチは床に所狭しと並べられた品物を見つめて感嘆の声を漏らした。ジンバ村に魔の手が迫り来ることを予期したセイジア・タリウスが近隣の村から武器と防具を集めてきた、と聞かされて、村のはずれにある彼女の家までやってきたのだ。
「しかし、実際に使えるのは多くなさそうだ」
辺境の地に高性能のお宝が眠っている、といううまい話があるはずもなく、集められた品々は数こそ多かったものの、その大半は古ぼけて埃をかぶったりひびが入っていた。とても実戦に耐えられそうもない、というのは一目でわかったが、
「もちろんそのままでは無理だろうが、直せばいいんだ。幸いこの村にはガダマーがいる」
あっけらかんとしたセイの返事を聞いて、「なるほど」とナーガは頷く。ガダマーは偏屈だが優秀な鍛冶職人だ。少しばかりの故障なら上手く修理してくれるものと思われた。
(何かいい武器があればいいが)
とモクジュから来た少女騎士は思っていた。今のところ、彼女の手持ちの武器は「鉄荊鞭」と呼ばれる金属製の鞭とナイフだけだ。いずれも強力な得物ではあるが、今回「
「これは?」
そう言いながら、床から拾い上げたのは一丁の銃だ。銃身が長く口径も大きい。かなりの威力があることは容易に想像がついたが、
「これも何処かの村から貰って来たのか?」
アステラ王国では銃はほとんど使用されておらず、狩猟でも専ら弓矢が用いられている、というのは異国にやってきて間もないナーガでも一応知っていて、疑問を覚えたわけだったが、
「ああ、それは少し毛色が違っていてな。ある貴族から貰い受けたんだ」
それから金髪ポニーテールの騎士は詳しい事情を語り出した。ジンバ村に重い税金と労役を課していたレノックス・レセップスを撃退してから、
「他にも悪行を重ねている貴族がいるに違いない」
と考えたセイは各地の事情をひそかに調べ、それは的中した。若い娘をかどわかし、傍に侍らせていた男爵の屋敷に単身殴り込みをかけ、
「みんなを返してもらうぞ」
閉じ込められていた10代の少女たちを救い出して連れ帰ろうとしたところへ、
「それ以上動くんじゃない」
銃を構えた男爵自身が立ち塞がったのだという。
「銃を持っているということは、そいつは軍人なのか?」
眉をひそめたナーガに、「いいや」とセイは笑って、
「いわゆるコレクター、というやつだ。女性も武器も絵画も、美しいものを手元に置いておきたい、というのが男爵様のお望みらしい」
ふうん、とナーガはつぶやいたが、戦場を生き抜いてきた2人の女騎士にとって、武器とは何よりも自らの身を守るための実用本位の代物であって、室内で飾り立てて悦に入る心境は彼女たちの感性から程遠いものでしかなく到底理解できるものではなかった。
「しかし、素人とはいえ、銃で狙われるのは只事じゃない。どうやって切り抜けたんだ?」
浅黒い肌の美少女の問いに、
「わたしが何かするまでもなかったよ」
当時の状況を思い出したのか、セイは噴き出した。
「一発ぶっぱなしたはいいが、発射の衝撃に耐えられずに狙いは逸れ、跳ね上がった銃口から放たれた弾丸が天井のシャンデリアに見事命中して、あわれ男爵様は照明器具の下敷きになりあそばされた、という顚末だ」
ふざけた調子でしゃべってから、
「日頃ろくに運動してもいない、蚊トンボみたいな男が銃など持っていても危険なだけなので、わたしが引き取ってきた、ということさ」
馬鹿馬鹿しいにも程がある、と生真面目なナーガは空騒ぎに呆れ果てながらも、銃のそばにあった袋を拾い上げる。じゃらじゃらと音がして、さほど大きくないのにずしりと重い。
「ああ、もちろん弾丸も持ってきた」
セイの補足を聞くまでもなく、袋の中身が無数の小さく丸い鉛の塊だというのはわかっていた。「散弾銃か」とナーガは見当をつけてから、
「これを貰うぞ」
と言っていた。予想外の行動だったのか、
「きみは銃を使えるのか?」
目を丸くするセイに、
「まあな。一通りの練習はしてある」
ナーガは頷く。彼女の祖国であるモクジュでは銃は広く使われていたが、軍事目的では使用されていなかった。
「たやすく人を殺傷する兵器を手にするなど、騎士としての誇りに悖る」
モクジュの精鋭部隊「龍騎衆」の長でありナーガの祖父であるドラクル・リュウケイビッチが銃器を低く見ていたのも軍の動向に影響を与えていた。尊敬する老将の信念を気高いものとして認めながらも、少女騎士は個人として銃の使用を否定しなかった。いや、できなかった、というのが正確なところだろう。
(なりふりかまってなどいられない)
男に比べて身体能力に劣る彼女が兵士として生き残るために手段を選んでいる余裕はなかった。その点、銃を扱えるようになれば大きなアドヴァンテージになることは間違いなく、「蛇姫」としては是が非でもマスターしておきたい武器、というわけで、祖父の目を盗みながらひそかに訓練を積み重ねていたのであった。
「実戦で用いるのは初めてだが、贅沢を言っている場合じゃない。それに上手く行けばかなり有効な武器になる」
勝ち目の薄い戦闘を前にして、ようやく光が差した気分になったのか、やや表情を明るくしたナーガに、
「奇遇だな」
とセイは椅子に腰掛けながら微笑んだ。
「何が奇遇なんだ?」
異国から来た娘に訊かれた「金色の戦乙女」は「いや」と溜息を漏らして、
「わたしの知り合いにひとり、拳銃使いがいるんだ。きみも使えるとなると、銃を使える友人が2人目になるから、わたしも使い方を覚えた方がいいのかな、と思って」
仲間外れになるのは嫌だから、と笑いかけたのに、
「おまえは覚えなくていい。ついでに言えば、わたしはおまえの友人じゃない」
ナーガはにべもなくはねつけた。今でも勝てないのに、もっと強くなられるわけにはいかない。こいつの友達になるくらいだから、どうせその拳銃使いとやらもろくなやつじゃない、と理由もなく決めつけたのに、
「つれないことを言うなよ」
セイがわかりやすくしょんぼりしたのに噴き出してしまう。憎いはずのやつなのにどうしても憎み切れない。
「とにかく」
気分を変えるためにわざと声を張り上げると、
「わたしにやれることはなんだってやってやるつもりだ」
銃を手にしてもなおも勝機は薄い、と言わざるを得ない。だが、それでもこの村の人たちを、モクジュから連れてきた家臣を守り抜くのが自らの使命だ、と心得たナーガ・リュウケイビッチの表情には隠しようのない悲愴感が浮かんでいた。
「そう気負うなよ」
セイジア・タリウスは優しく微笑み、
「きみなら絶対大丈夫だから」
そんな力強い言葉も、既に緊張しだしている「蛇姫」の心を解きほぐすまでには至らなかった。
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