第126話 「蛇姫」、奮闘する(その1)

ジンバ村攻略に乗り出したマズカ帝国荒熊騎士団は、総勢100人の本隊が村の西方に陣取った一方で、二手に分かれた50人ずつの別動隊が村の南北から挟み撃つべくそれぞれ進軍していた。挟み撃ち、といっても彼らは小さな集落の中まで攻め入ることまで命じられてはおらず、村が見える地点まで進出して、「逃げ道が既に塞がれている」のを内部の人間にアピールするのが今回の任務の主たる役目だということになっていた。セイジア・タリウスとナーガ・リュウケイビッチ、2人の騎士を捕らえ、村を攻め落とすのはアステラ王国国境警備隊が実行することになっていて、仮に彼らがしくじれば助ける必要もあるのだろうが、そのような可能性は万が一にもなく、億か兆でもありそうにない、というのが村を攻める側の共通認識となっていた。

そんな事情もあって、北方から村へと迫りつつあった荒熊騎士団の別動隊には緊迫したムードなどまるでなく、鬱蒼と生い茂った森を左右に見ながらゆるやかなペースで進む一行にはさながら真夜中のピクニックを楽しむかのようなのんびりした雰囲気すらあった。

「静かだ」

と誰かが思った。これから血なまぐさい破壊行為が始まるとも思えない、星も姿を見せない月さえも眠る夜に、思わず溜息を漏らしたくなるが、あまりに音がないため周囲に聞き咎められてしまいそうなのでこらえるしかなかった。それほど静かな夜だったが、

「静かすぎる」

と彼らは気づくべきだった。いつもなら聞こえるはずの鳥のさえずりや虫の鳴き声すら聞こえなかった。自然が沈黙を守ることなどなく、完全なる静寂には何らかの作為が加えられている、と一流の騎士であれば考えたはずだったが、本隊ならともかく別動隊には一流半の人材がいればマシ、というのが実状であり、したがって目前に待ち受けている「何か」を誰も感づくことはなかった。

「ん?」

先頭を行く騎士が最初の異変に気付いたが、それは目には見えず耳に聞こえるものではなかった。空気が震えている。最初はかすかだった鳴動が次第に大きくなり、暗闇が揺れ動くのがびりびりと肌で感じられるようになって、騎士だけでなく集団そのものが動きを止めていた。今や地面までも揺れ出し、ずずず、と重低音が響き始めていたが、いったい何が起こっているのか戦士たちがわからずにいると、

「あっ?」

何人かがほぼ同時に叫んでいた。声を上げた者の視線の先を見た連中も遅れて叫ぶ。黒く大きな影が頭上を覆いつくしていた。空が落ちてくる、と何人かが思った。ひび割れた夜空のかけらが降ってきたのか、と思う者もいたが、どどどどど! という轟音とともに質量を持つ巨大な塊に押し潰されて、自分に何事が起こっているのかもわからないまま、多数の騎士が天へと召されていった。

(罠か?)

舞い上がった土砂がぱらぱらと降り注ぎ、濛々と立ち込める煙の中で、勘のいい者がいち早く真相に気付きつつあった。狭い道の中央を大量の倒木が塞いでいるのがわかる。これが事故だとすれば不運にも程があるというものだ。樹々がちょうど集団の真ん中に倒れ込んでいるために、隊が前後に分断された格好になっているのも、何者かが狙ってやったものと考えるのが妥当だった。おそらく、道の両側にある森に生えた何本かの大木に前もって切れ目を入れておいて、彼らが接近してくるのを見計らって倒したのだろう。

(ということは)

待ち伏せされていた、と理解した一人の騎士は背後の気配に不意に気づく。振り向こうとしたときにはもう遅く、喉笛を切り裂かれて頸動脈から血を撒き散らしながら昏倒する。

「あっ?」

視界の効かない状況で突然の凶行を数人が察知するが、彼らもまた同様に急所を刃物で斬られて抵抗できぬまま戦闘不能となる。乱入者は襲撃の成功を一瞬で視認してから、

(急がねば!)

素早く動き出していた。ぼやぼやしている暇などない。相手が混乱している間に一人でも多く倒さなければならなかった。鮮血で濡れたナイフを右手に握ったままさらなる追撃にかかる。ふらついている者の延髄を抉り、立ち上がろうとしていた者の脳天に突き刺す。敵に情けをかける必要などないのは、常に変わらぬ戦場の掟であり、特に今回は罪のない無力な人々を踏みつけにして恥じない相手だった。

(隊長は何処だ?)

リーダーがいなくなれば、集団の統率力は目に見えて弱くなる。是が非でも倒しておきたかったが、前もって確認することができず、そのせいで焦りもあった。倒木の下敷きになっているかもしれない、と思ったが、希望的観測はすべきでなく、今はただひたすらに見える敵を殲滅していくことだけに集中することに決め、ひとりひとり確実に葬っていく。

「貴様!」

「よくも!」

帝国随一の勇猛さで知られた荒熊騎士団のメンバーだけあって突発事態から立ち直るのも早いのか、襲撃者の前に4人の騎士が立ちはだかっていた。闖入してきた人間は銀の鎧に身を固めていて、つまり騎士たちが騎士を取り囲む、という構図になっていた。

「ちっ」

もう少し寝ておけばいいものを、と言いたげに舌打ちしてから正体不明の騎士は手にしたナイフを抛り捨てる。思いがけない行動に4人が驚いたのは一瞬だけのことで、「ならば」と自分たちを狙ってきた謎の人物めがけて剣を振りかざし殺到しようとする。だが、だん! という炸裂音によって攻撃は阻まれた。「ぐっ」と苦鳴とともに仰向けにひっくり返ったひとりを残った3人が唖然として見てから、恐る恐る振り返ると、

「地獄へ落ちろ。外道ども」

硝煙で霞む銃口、それが彼らが最後に見たものとなった。再度銃声を響かせながら、

(これがわたしの切り札だ)

荒熊騎士団に単身挑みかかった騎士、ナーガ・リュウケイビッチは両手に構えた散弾銃から伝わる反動に唇を噛み締めて耐えていた。

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