第128話 「蛇姫」、奮闘する(その3)

「うあああ」

苦悶の声とともに地べたを這いずって逃げようとする騎士の後頭部のすぐ近くに銃口が向けられ、闇夜に大きな音が轟いた。小さな穴だらけになった金属の兜からしゅうしゅうと白い煙があがっているのを見下ろしながら、

(こいつが最後だ)

ナーガ・リュウケイビッチは荒くなった息を整えようとする。まだ十代でありながら戦場で経験を積んできた少女は油断することなく敵を一人一人確実に始末していき、いちいちカウントしてはいないが、既に20人前後を葬り去ったはずで、辺りを見渡しても立っている者はもういなかった。

(これまではどうにかやれている)

一人で多数の敵を倒すミッションを受け持つことになり、ナーガは一つの計画を立てた。まず最初に北から進軍してくる集団を足止めする必要があった。連中をジンバ村に行かせないことが先決であり、止められないにしても可能な限り到着の時間を遅らせられれば、セイジア・タリウスや「影」の助けにもなるはずだった。自分が担当する村の北方へと赴いた際に、

「こいつを利用しない手はない」

街道の両脇に立ち並ぶいくつもの大木を眺めながら、ナーガは即座に作戦を決めていた。つまり、事前にいくつかの木に切れ目を入れておき、接近してきた敵に向かって倒してやるのだ。そうすれば、何人かは押し潰されて戦えなくなるだろうし、上手くいかなかったとしても、連中は倒木を乗り越えるのにかなりの時間を消費しなければならなくなるのは必定だった。というわけで、村の木こりたちの助けを借りたうえで準備を進めてから実行に及んだのだが、彼女の狙い通りに木々は敵兵たちの中央付近に倒れ込み、集団を2つに分裂させることに成功していた。そして、混乱した騎士たちに単身奇襲をかけて、見事に前方のグループの殲滅に成功したのは、さすが「蛇姫バジリスク」、と称賛されるべき手際ではあったが、しかし誤算がまるでなかったわけではなかった。

(隊長がいない)

彼女が一掃した人間の中に、隊を率いるリーダーらしき姿がなかった。罠の下敷きになっていてくれれば大助かりだが、そこまでの幸運は期待すべきではない。おそらく隊長は後方に位置していて難を逃がれたのだろう。だとすれば、じきに体勢を立て直してから、生き残りとともに障害を乗り越えてくるのに違いなく、いつまでも目につきやすい場所にいるわけにはいかなかった。いったん姿を隠してから銃で狙撃して、兵士たちに後を追わせた方がいいか、と考える。暗い森の中ならば多数を相手にしてもどうにかやれるかもしれない。たったひとりのゲリラ戦に挑もうとする判断に傾きつつあったナーガが倒れ込んだ樹木の方に目を向けたそのとき、

「え?」

思わず声を出した。横倒しになった太い幹を背負って、ひとりの騎士が立っているのが見えた。夜目にも白く輝く鎧は、その内部にいる人間が只者ではないことを少女に実感させていた。まさかこれほど早くやってくるとは思っていなかったナーガは一瞬だけ動きを止めてから、

(敵か!)

すぐに散弾銃を騎士へと向ける。射程距離には十分ではないが、威嚇するだけでも意味はある、と思いながら引鉄に指を掛けた瞬間、

「がっ!?」

左脚に鋭い痛みが走り、よろめいていた。突然の激痛にわけがわからないまま足元を見下ろすと、左膝に横からナイフが突き刺さっているのが見えた。関節付近の装甲の薄い部分を狙われたのだ、と察して、

(馬鹿な)

ナーガは思わず歯を食いしばっていた。この凶刃を振るったのが、少し離れた場所にいる騎士だというのは理屈抜きの直感で理解していたが、そうやってそれを成し得たのかがわからなかった。少なくとも、彼女の眼には白銀の装甲をまとった謎の人物は微動だにしていないように見えたのだ。容易ならざる相手だ、と再度攻撃を試みようとした少女騎士の全身を突如悪寒が貫き、

「くうっ!」

騎士へと向けられるはずだった散弾銃を横にして顔の前に高々と掲げていた。どうしてそんな風に動いたのか、自分でもわからなかったが、理性も頭脳も制御しない無意識の行動が彼女の命を救うこととなった。

「ほう」

銀の騎士が初めて声を出した。間違いなく男のものだったが、いかにも優しげで女性的だとすら感じられるトーンがかえって不気味であった。

「わたしの攻撃に二回目で対応するとは、なかなかのものです」

嘲弄されている、とわかってもナーガは言葉を発することができない。視線と同じ高さにある銃身にナイフが柄まで深々とめりこんでいるのをみて何を言えばいいというのか。一歩間違えば、このナイフは額に命中していたはずで、今生きていられるのも全くの幸運としか思えなかった。

「ナーガ・リュウケイビッチ、あなたが直々においでになるとは思ってもいませんでした」

兜のバイザーを上げると、白い細面が現れた。目も鼻も唇も全てが薄く鋭く、刃物を擬人化すればこのような男になるのかもしれなかった。

「わたくしは、マズカ帝国荒熊騎士団左翼長マクスウェルと申す者です」

長身を折り曲げて、慇懃無礼にお辞儀をして見せた男の名前を聞いて、

(「マック・ザ・ナイフ」か!)

ナーガはその正体を察する。大陸一の短刀の使い手として知られた男が彼女の前に立ち塞がろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る