第61話 大戦終結秘話・猛虎、月に吠える(その2)
「何の話ですか?」
セイが微笑みとともに問い返すと、
「とぼけずとも良い。こたびの
と言ってから、
「それと、その話し方をやめろ。おまえに猫をかぶられると薄気味悪くて仕方がない」
将軍に苦情を申し立てられた少女は一瞬きょとんとしてから、
「うん、わかったよ。じいちゃん」
あっさりと素に戻った。極端すぎる、と呆れながらも、この娘は自然体の方がずっといい、というのを老いた騎士は認めざるを得ず、苦笑いを漏らしてしまう。
「えーと、それで何の話だったっけ?」
「おまえがいつ戦を終わらせようとしたのか、という話だ」
「ああ、そうそう」
そう言ってからセイは気まずそうに頬を指で掻きながら、
「いや、そう言われても、そんな大した話じゃないぞ。戦いを終わらせようとするのは騎士としての当然の務めであって、わたしはごく当たり前のことしかしてないんだから」
「とぼけるな、と言ったはずだが」
胡座をかいた老人から突然強烈なプレッシャーが放たれたので、セイも隣に立っているシーザーも、びく、と身体を硬直させる。
「今回のおまえの行動が、確固たる戦略が無ければなしえないものだ、というのがわからぬほど、わしの眼は節穴ではないわ。しかも、国が立てたものではない、おまえが自分で立てた計画に基づいて動いていたのであろう。それが当たり前なものか。おまえのしたことはきわめて異常なことなのだ」
「おい、親父。それじゃあセイが何か悪いことをしたみたいじゃねえか」
シーザーがあわてて話に割って入る。恋する少女が責められていると思って黙っていられなかったのだろう。
「馬鹿者め。話を最後まで聞け、といつも言っておるだろうが。わしはセイジアを責めるつもりなどない。よくやってくれた、と思っておる。ただ、その意図がいまいちわからぬゆえ、手放しで褒めることはできん。だから、こうして訊いておるのだ」
レオンハルト将軍が自分を思いやってくれているのがわかって、少女騎士はそっと目を伏せた。師匠であるオージン・スバルを亡くしてからは、この老人だけが騎士としての自分を叱ってくれるただ一人のありがたい存在になっていたのを、改めて感じていた。
「じいちゃんに心配してもらって悪いとは思うが、本当に大した考えはなかったんだ」
心配などしておらん、と溜息をつきながらも、少女が素直に話し出したのに老騎士が安堵しているのは明らかだった。
「戦争を止めたい、と本気で思うようになったのは、騎士団長になってからだ。それまではただ一人の騎士として懸命に戦うしかなかったわけだが、騎士団を率いる立場になって、みんなの命を預かるようになって、自分で何とかしなければならない、って思うようになった」
月光にも負けぬほどに輝く青い瞳で老人を見つめてから、
「そして、騎士団長であるわたしにはそれができる、とも思った。だから、どうしたら戦争を止められるか、必死で考えたんだ」
ふむ、と将軍は頷いてから、
「そこから先はわしが話してもいいか?」
と言ってきたので、「え?」とセイは驚いてしまう。
「なに、昔取った杵柄、というやつだ。わしも一応騎士のはしくれだったものでな。おまえのやった
「はしくれ」なんてもんじゃねえよ、とシーザーは心の中で文句をこぼした。「アステラの猛虎」と呼ばれ大陸中に異名を知られた男は、騎士の中の騎士と呼ぶべき存在であり、青年騎士の前に立ち塞がるいつか超えるべき壁でもあった。
「まあ、じいちゃんがそうしたいというなら」
老人の腹づもりがわからぬまま金髪の少女が同意すると、将軍はまた一杯酒を呷ってから話を始める。
「戦いを終わらせるのに、一番手っ取り早いのは、相手に打ち勝つことだが、こたびの戦における敵、モクジュはわがアステラよりも国力において上回る厄介な相手だ。勝利を収めるのは容易ではなく、たとえ勝てたとしてもかなりの犠牲を強いられることは間違いない。そうなると力でもって相手を征服する手段は取れない、というのは明白だ」
隻眼に光をたたえながらレオンハルト将軍は話を続ける。
「そうなると、次に考えられるのは話し合いによる終結だ。双方の合意によって戦争を終わらせるわけだ。しかし、こちらにそのつもりがあっても、向こうにも同じ思いがなければ話し合いのしようがない。ここまでは誰にでもわかる道理だ」
そんなことは全然考えもしなかった、という顔をしている息子を呆れ顔で見た老人は、少女の方に視線を移す。
「だから、おまえはモクジュが話し合いをしたくなるように仕向けたわけだ。そういうことだろう、セイジア?」
そう訊かれても、少女はしれっとした顔のまま何も反応しなかったので、老騎士はそのまま話を続ける。
「でも、親父。どうやったら話し合いがしたくなるんだよ?」
「阿呆たれが、槍ばかり振っておらんでたまには兵法の書物でも読め。戦況が自らに不利になれば、それ以上の継戦を望まず和解の動きを探るのは古来からの道理ではないか」
「あー、なるほどな。やべえ、ってなったら、降伏したくなるもんな。それならおれでもわかる」
自己流に理解してみせた息子の将来に不安を覚えて、老人は大きく息をついてから、
「だから、セイジア、おまえは『空白地帯』においてアステラの優位を確固たるものにして、モクジュを追い詰めようとしたわけだ。ここまではわしにもすぐにわかる」
また酒を注ごうとして、壺が空になっているのに気づき、脇に置かれていた新しい壺をひとつ持ってきてから話を続ける。
「ただ、わからなかったのは、おまえが焦っているように見えたことだ。勝利は望ましいことだが、あまりに急速に戦況が進んでいくので、わしも不安になったものだ。身体が万全であれば、注意に行きたかったところだが、それもかなわなかった」
「それは悪いことをしてしまった」
しょんぼりした表情になったセイにレオンハルト将軍は笑いかける。
「いや、あれは無用の心配だったのだな。おまえには急ぐべき事情があった、と今ならわかる」
「どういうことだよ、親父?」
根っからの戦闘馬鹿に育ってしまった息子に、自らの教育の失敗を感じた将軍は「やれやれ」と言いたげに広い肩をすくめてから、
「セイジア、おまえが恐れていたのは敵ではなく味方の方なのだろう。アステラとマズカがモクジュを進攻しようとしているのを知って、一刻も早く和睦する必要があったのだ」
ぐび、と酒を一口飲み、
「まあ、そもそも、おまえが『空白地帯』で順調に戦っているのを見たお偉方がいい気になって、この調子で敵国を支配してしまおう、と誇大妄想に取りつかれでもしたのだろうから、自分で蒔いた種、というわけでもあるのだろうが、ともあれおまえとしてはそれをなんとしてでも食い止めなければならなくなった」
ふう、と息をついて、冴え冴えと光る月を見上げ、
「だから、おまえは急いだのだな。本国の態勢が整って支援が行き届くようになれば、モクジュに攻め入らざるを得なくなる。そうなる前に勝負を決める必要があった。ただ、マズカの国内で謀反が起こって『空白地帯』に気を配れなくなったのは、幸いではあったのか。まあ、他国の不幸を幸いと言っていいのかはわからぬが」
皮肉な笑みをこぼしてから、将軍は再びセイを見つめる。
「そして、おまえは和睦を成し得たわけだ」
そこからしばらく黙った後に、
「『モクジュの邪龍』ドラクル・リュウケイビッチとの一騎討ちに勝利し、奴に話を飲ませたのだ」
ティグレ・レオンハルトの口から出た宿敵の名前は特別な響きを持っているように、2人の若い騎士には感じられた。
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