第39話 大戦終結秘話・「金色の戦乙女」と「モクジュの邪龍」(その7)
天幕の向こうで吹きすさぶ風の音が高く聞こえたのは、セイジア・タリウス以外の3人の騎士が絶句したためだった。この会談において何度となく突拍子もない発言をしていた彼女だったが、たった今発した言葉こそ真に驚くべきものだった。まさか和睦を提案してくるとは、誰も思いも寄らないことであった。しばしの沈黙の後、
「馬鹿な。貴様、一体何を考えている?」
最初に口を開いたのはナーガ・リュウケイビッチだった。
「和睦だと? 騎士団長である貴様がそのようなことをする権限があると思っているのか?」
明らかな越権行為だ、と指摘しようとしたモクジュの少女騎士に、
「ああ、いや、違う違う」
アステラの少女騎士は手を振ってにこやかに否定する。
「おそらく、『
そして、白く細い指をテーブルの上で組み合わせながら、
「わたしには天馬騎士団の行動を決定する権限が与えられていて、和睦についてもその権限の内に含まれるものと了解している」
「すると、つまり」
何かを理解したように顔を上げたドラクル・リュウケイビッチに向かって、「ああ」とセイは頷いて、
「わたしが提案しているのは、アステラ王国とモクジュ諸侯国連邦の和睦、ではなく、アステラ王国天馬騎士団ならびに黒獅子騎士団とモクジュ諸侯国連邦龍騎衆との和睦だ」
国家同士の和睦ではなく軍隊同士の和睦を「金色の戦乙女」は提案してきたことになる。
(何とも恐れ入る)
孫娘とほぼ同じ年齢の少女の出したアイディアに老騎士は驚愕するしかなかった。彼女が生まれる前から戦士として生きてきたのだが、そのような発想をしたことがなかったのだ。
「えっ? でも、ちょっと待ってください」
そう言ったのはアリエル・フィッツシモンズだ。上官から事前に話を聞かされていなかった少年騎士はすっかりあわてふためいている。
「団長は今、黒獅子騎士団の名前も挙げてましたが、ということは」
「ああ、そうだ」
部下の方を見ながら金髪の騎士はにっこり微笑む。
「シーザーには事前に相談して、承諾も得ている。その点は抜かりはない」
(ティグレのせがれか)
シーザー・レオンハルトの名を聞いたドラクルはかすかに眉をひそめる。「アステラの若獅子」と呼ばれる荒武者には困らされていた。黒獅子騎士団を交戦するたびに、
「あんたを倒せば、おれは親父を超えたことになる」
と若い団長から一騎打ちを挑まれていたからだ。
「貴様などティグレの足元にも及ばん。一から稽古をやり直せ」
挑戦されるたびにそうやって軽くあしらっていたのだが、それでも全く諦めないのでさすがの老雄もほとほと手を焼いていた。親子2代でわしを困らせるのか、とうんざりするしかなかったが、その一方で着々と強くなっている敵の青年騎士の成長ぶりを認めていたのも確かだった。
「レオンハルトさんも和睦に賛成したんですか?」
アルが訊くと、
「わたし一人で決められる事じゃないから、事前に話をしに行ったらすぐに賛成してくれた。ただ、詳しく事情を説明しようとしたら、『おれには難しい話はわからん。おまえがやりたいというなら、おまえを信じるだけだ』と言って、それ以上聞かなかったんだけどな。ありがたい話なのだが、あいつは戦いのことしか頭にないから『和睦などもってのほかだ』と怒ると思っていたので、予想外の反応ではあった」
狐につままれたような表情でセイは答えた。
(無責任な)
敵の騎士団長の振舞いにナーガが呆れる一方で、
(青二才のくせに度胸は据わっていると見える)
ドラクルは宿敵の息子への評価をやや改めていた。自らの運命を少女に差し出したシーザーにある種の覚悟を見て取ったのだ。そして、
(レオンハルトさん、やっぱり団長のことが好きなんだな)
アルは整った容貌に悔しさを滲ませた。黒獅子騎士団団長が恋敵であることはもちろんわかっていた。その恋のライバルが自分が聞かされていなかった話を相談されていたことが悔しかったが、判断の潔さは見事なものだと認めざるを得ない。シーザー・レオンハルトがそのように決めたのも、恋する少女を全面的に信頼していたからに他ならない、と少年には思われてならなかった。そして、「ぼくに同じことができただろうか?」というと、はっきり言って自信がなかった。事前に相談されていたら、あれこれ理由をつけて反論していた気がする。上官を諫めるのも副長の大事な仕事ではあるが、思いの強さで、男としての度量で劣った気持ちは拭い切れなかった。
「もしも貴様らと我々が和睦したとしたら、一体どういうことになるのだ?」
まだ頭の中身を整理しきれていないナーガがセイに質問する。
「国同士が取り決めをしたわけではないから、このまま戦争は続くだろう。ただ、われわれアステラの軍隊は『空白地帯』から立ち去って自国の防衛にのみ専念しようと考えている」
ふっ、と金髪の騎士は若干虚無感を含んだ笑みを浮かべてから、
「だから、やりたいやつが好きなだけ戦い続ければいい。別に止めようとは思わない」
まるで感情のこもらない口ぶりに、セイ以外の3人の騎士は心に氷の刃を突き立てられた気分になる。少女が心の底から戦争に厭いているのがわかったからだ。そして、彼女が本気で戦いをやめようとしているのもよくわかった。
「しかしだな、タリウス殿」
リュウケイビッチ将軍の言葉に少しだけ気持ちが込められたのは、50歳近く年齢の離れた若者を思いやったのと同時に、終わりの見えない戦争への嫌悪を彼もまた感じていたからだった。優秀な戦士は戦いを愛するのと同時に戦いを厭うものなのかもしれない。
「貴殿の考えはわしにもわからないでもないが、しかし、独断で戦場から引き上げるというのは、主君に対する反逆に当たるのではないか?」
その言葉は敵としてのものではなく、騎士の先輩としてのものだったのだろう。両軍の運命が決せられる重大な会談の場で、相手と気持ちが通い合うのを感じたセイは胸が温まるのを感じたが、
「そうとは思わないな、『邪龍』殿」
その思いを押し隠して返事をする。
「わたしが陛下から天馬騎士団団長の地位を拝命した際に、畏れ多くも頂いたお言葉は『この戦いを必ず終わらせるように』というものだった。『必ず勝て』などとは仰られなかったし、それからも言われたことはない」
そう言ってから、セイは両の眼を閉ざす。
「だから、今この状況で終わらせるのがいいと考えたのだ。『空白地帯』においてわが軍が比較的優位に立った状況で終わらせれば、これ以上被害も出さずに済み、陛下のご命令にもかなうもの、とわたしは考えている」
まあ、勝ち逃げになってしまうが、といたずらっぽく笑って、敵将の心をときめかせてから、
「この会談が終わり次第、わたしは本国へ戻って陛下のご判断を仰ぐことにする。仁慈あふれる陛下ならば、必ずや正しいご決断をなされるだろう、と信じるが、もしもわたしの行動が陛下のお考えに背くものであれば、いかなる処罰も受け入れるつもりだ」
たとえ死を命じられても、この娘は従容として処刑台に上るのだろう、とセイの澄みきった表情を見たドラクルは考え、そして、
(そういうことか)
稲妻に打たれたかのように突然理解していた。自らが何をなすべきかがようやくわかったのだ。だから、天幕が吹き飛ぶほどの大音量で思い切り笑った。
「おじいさま?」
祖父の突然の振舞いにナーガが驚いていると、
「ようやっとわかったわ」
「邪龍」の名にふさわしい長く白い髭を震わせながら老騎士は笑顔を浮かべる。
「やっとわかったぞ、セイジア・タリウス。おぬしが何をしたいのか、わしに何をさせたいのかがな」
そう言われた少女は固い表情になって、何も言わずに軽く頭を下げた。
「あいわかった。そういうことであれば、わしも都へと赴き、大候殿下に報告せねばならん。わが『龍騎衆』はアステラ軍とはこれ以上の戦闘はしない、とな」
「それでは」
思わず身を乗り出した「金色の戦乙女」に「うむ」と「モクジュの邪龍」は力強く頷いた。
「貴殿からの提案、受けることとしよう。『龍騎衆』は天馬騎士団ならびに黒獅子騎士団と和睦する」
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