第37話 大戦終結秘話・「金色の戦乙女」と「モクジュの邪龍」(その5)

かくして、セイジア・タリウスとの決闘に事実上敗れたドラクル・リュウケイビッチは会談に応じることになり、今は自陣に急遽設けられた大きめのテントの中で彼女が来るのを待っているところであった。

(あの娘の狙いはこれにあったのか)

と「モクジュの邪龍」と呼ばれる男は何処かで納得していた。あえて緩慢に攻めて決着をつけなかったのも、老人との一騎打ちに持ち込みたかったからなのだろう。妙に遠回りなやり口を選んだものだが、そうでもしなければ自分も勝負に応じなかった、というのは白髪の騎士にも自覚はあった。彼女の計略に嵌まった格好になったわけだが、

(そこまでして、わしと何を話そうというのだ)

その理由までは読めていなかった。彼の左の首筋には、少女騎士によってつけられた切り傷が毒々しいまでに赤々と残っていて、昨夜それに気づいたナーガが急いで薬を塗ろうとしたのだが、無用な気遣いだと祖父は断っていた。その孫娘は今、ドラクルの背後に控えていて、対談相手がまだ来ないのに苛立ちを隠せないでいるのが、振り返らなくてもわかった。

(焦るなと言うておるのに)

含み笑いをしながら注意を与えようとしたところへ、目の前の幕が上がり誰かが入ってきた。

「遅くなって済まない」

そう言って入ってきたのは、背の高い少女だった。長い金色の髪を後方に結い上げている。

(これがセイジア・タリウス!)

ナーガ・リュウケイビッチの金色の瞳がひときわ輝く。兜こそかぶっていないが、身に着けた銀の鎧は間違いなく宿敵と目する少女騎士のものだった。初めてライバルの素顔を見た「蛇姫バジリスク」の中で闘志と敵意が沸騰したが、彼女の祖父は全く別のことを考えていた。

(これは掘り出し物だ)

ドラクルは「金色の戦乙女」の美貌を素直に褒め称える気持ちになっていた。自分を打ち負かすような娘だ。てっきり鬼のような恐ろしい形相で、いかにも芋っぽい垢抜けない田舎者だとばかり思っていたのだが、今目の前にいる少女は彼の長い人生でも記憶にないほどの美しさを誇っていた。乳を溶かしたような温かみのある白い肌、涼やかに光る青い瞳、かすかに赤い唇には柔らかな笑みが浮かんでいて、敵の真っ只中にありながら緊張をかけらも感じさせないあたり、彼女がただの娘ではなく戦士なのだということを思い出させる。

(確か年齢は18歳か。これから花開く頃だ)

できることなら、自分の手で咲かせてみたい、と彼は考える。ドラクル・リュウケイビッチは戦いと同じかそれ以上に女性を愛する男でもあった。艶福家としても知られたモクジュの英雄を、「下半身に締まりのない色魔」と彼の宿敵であるアステラの豪傑ティグレ・レオンハルトは罵倒したものだが、それを聞いてもドラクルは「モテないブサイクの僻みだ」とまるで気にもしなかった、という話が巷間では伝えられていた。あの娘に酒でも注いでもらえばいい気分になれるだろう、と浮かれつつあった老騎士だったが、セイの後から騎士が入ってきたのを見て、だらしなくなりかけた表情を引き締めた。くりくりとカールした茶色い髪の少年だった。人形のように整った容貌で、女性にも人気があるだろう、と思ってから、「わしには負けるがな」とプレイボーイの意地なのか、「モクジュの邪龍」は心の中で付け加える。

「そちらがドラクル・リュウケイビッチ殿か?」

全身を鎧った長身の少女に問いかけられて、

「いかにも」

と老人が短く答えると、「うむ」と少女騎士は勢い良く頷いて、

「わたしはセイジア・タリウスだ」

そして、「昨日はどうも」と頭を下げた。殺し合いの後に似つかわしくないのんびりした挨拶に白い総髪の男はすっかり呆れて、「おまえもわしも死にかけたのだぞ」と説教したくなってしまう。

「アリエル・フィッツシモンズだ」

少女が紹介すると、後ろに立っていた少年は極度に緊張した面持ちで一礼する。

「わが天馬騎士団の副長だ。本当はわたしひとりで来るはずだったのだが、どうしてもついていくといって聞かなくてな」

「王国の鳳雛」か、とリュウケイビッチ将軍は少年の正体に気づく。まだ若年だがかなりの腕前だ、と「龍騎衆」にもマークされている敵のホープだ。

「いや、こっちも事情は同じだ。この孝行娘はじじいを心配して離れんのだ」

「おお、それでは、あなたが『蛇姫バジリスク』か」

初対面のライバルからいきなり異名で呼ばれて気分を害したのか、

「『金色の戦乙女』殿は、ずいぶんゆっくりしたお出ましだな」

ナーガはあからさまな皮肉でもって答えた。騎士らしからぬ非礼な態度に祖父は眉をひそめたが、セイは一向に堪えない様子で、

「ああ、それは済まない。一応間に合うように出立したのだが、こちらの警備が厳重で、何度も止められたのだ」

「ならば、こちらの落ち度だな。貴公が来られたらすぐに通せ、と申しつけてあったのだが」

老騎士が詫びると、

「なに、構わないさ。名だたる『龍騎衆』の守りの硬さを勉強させてもらった、と思えばいい経験だ」

余裕たっぷりに微笑む。鎧を着ているとはいえ、腰に剣を下げていない、何の武器も持っていないというのに、敵中で堂々とした振舞いに「娘らしからぬ豪胆さよ」と老騎士は舌を巻いていた。そんな彼女が一体何を話そうというのか。改めて気を引き締めていると、

「では、早速だが本題に入らせてもらおう。わたしとしても、一刻も早く解決したいのでな」

そう言いながら少女騎士は用意されてあった椅子に腰掛ける。

「対談を申し入れてきたのは貴公だが、そちらには何か問題があるのかね、タリウス殿」

「問題は大ありだ。こちらだけでなく、そちらにもね」

にっこり笑った金髪の騎士は、

「話に入る前にまずはこれを見てほしい」

と老人の目の前に何かを抛り投げてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る