第30話 女騎士さん、村の問題を知る(前編)

その前夜、ジンバ村には雪が降った。大陸の中央からやや南西にずれた場所に位置するアステラ王国は年間を通じて温暖な気候であったが、それでも冬の山間部では時として大雪に見舞われることがある、というのをセイジア・タリウスは身をもって知ることとなった。一晩にして膝下まで埋まるほどに雪が積もり、歩くにも難儀をするようになったので、セイは自ら進んで村中の雪かきをしていた。

「ふう」

馬力のある女騎士でも、ひとつの村に積もった雪を取り除くのには手間がかかり、作業を終える頃には、厚手のジャンパーの下はすっかり汗だくになってしまっていた。それでも、例年よりはかなり時間を短縮できたのに加えて、雪かきの際に屋根から落ちるなどして怪我をする人も後を絶たない、ということもあって、危険な役割を肩代わりしてくれた、と多くの人から、特にお年寄りからは感謝されたので、セイとしても大いに充実感を得られた仕事と言えた。

「セイジアさん」

村道のわきでスコップを片手に一息ついていたセイのところへやってきたのはハニガン青年だ。村長である彼も見回りをしていたらしく、黒い合羽を着込んでいた。

「精が出ますね」

「なあに。村の一員として当然のことをしたまでだ」

労をねぎらわれても、まるで誇ることのない女騎士を、眩しいものを見るかのように若者は目を細める。彼女がジンバ村に迎えられてまだ間もないが、短い間でも彼女は村にひとかたならぬ貢献をしてくれていたからだ。村人の相談に乗っては、困りごとを解決すべく自ら身を乗り出していた。特に村人たちが有難く思ったのは、彼女ががたのきた家の修理をしてくれたことで、雨漏りや隙間風に長年悩まされていた住人たちの信頼を勝ち得ることにもなっていた。本職の大工顔負けの見事な仕事ぶりに、

「どうして偉い騎士様にそんなことができるのか?」

と村中の人間が疑問を抱いたのだが、

「騎士だからできるのだ」

とセイはあっさりと答えていた。戦場で陣地を築き、塹壕を深く掘り、馬が通行できるようにでこぼこ道を均し、渡河のために大きな川に急場仕込みの橋を架ける。工事もまた騎士にとって必要不可欠なスキルだ、と金髪の騎士が語ったのに純朴な村人たちも大いに感心したのだが、それでも彼女が村のはずれに一夜のうちに小さな小屋を建てて、そこに住むようになったのには驚きを通り越して呆れてしまい、

「やはりセイジア様は神か悪魔の類に相違ない」

とあらぬ噂が流れるようになってしまっていた。圧倒的な能力のために人間であるのを疑われてしまうのは女騎士にとっては不幸なことであったが、それでも村のために尽くせるのなら、彼女は自らの評価など全く意に介するところはなかった。

(本当ならこのお方が村長になるべきなのに)

ハニガンはそう思って、実際に彼女に申し出てもいたのだが、

「村長は村で生まれ育った人間がなるべきだ」

とあっさり辞退されてしまった。外部の人間として一歩引いた位置から村の手助けをする、というのがセイの考え方のようで、その慎ましさもまた村人からは好意的に受け止められていた。

「もう春なんだな、と思いました」

「え?」

実直な青年の言葉に美しい騎士は戸惑った。これほどの雪が降ってどうしてそう思うのか。ハニガンもその思いに気づいたのか、

「ああ、いえ。この村では毎年春になる前に大雪が降るんですよ。どかっ、と降ると、そこからは段々と温かくなるんです。だから、この雪は春の訪れでもある、というわけでして」

なるほど、とセイは頷く。まだまだこの村について知らないことが多いが、これから知っていけばいい、と前向きに考えているところへ、わーい、とにぎやかな声が遠くから聞こえてきた。

「子供たちが遊んでいるようですね」

青年は思わず微笑む。軒先には何個かの不格好な雪だるまが作られていて、それも子供たちの仕業なのだろう。

「ああ。それは結構なことなのだがな」

そう言ったセイが何故か不機嫌そうなので、ハニガンが不審を感じていると、

「さっき、マルコたちが『雪合戦をする』というから、わたしも仲間に入れてくれ、って頼んだら、『まだ死にたくない』って全力で拒否されてな。あいつら、わたしを何だと思ってるんだ」

憤慨する女騎士に、ははは、と若き村長は苦笑いをするしかない。セイジア・タリウスの超人的な身体能力は、既に村中の知るところとなっていて、彼女が抛れば、雪玉も超高速の死の弾丸に変貌するのは彼にもすぐに想像できた。雪合戦が本当の合戦になってしまう、というわけで、子供たちはまことに賢明な判断をした、としか思えなかった。

「もう村にはすっかり馴染まれたようですね」

いや、とセイはハニガン青年に笑いかけ、

「まだまだこれからさ。人と人が分かり合うのにはそれなりの時間が必要だ」

そう言ってから、

「というわけでだ、村長」

その笑顔を若干人の悪いものに変えながら、

「わたしに『よそもの』の話をしてくれないか?」

と訊ねた。

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