第5話 女騎士さん、旅の途中で

乗合馬車に乗っていたセイジア・タリウスの肩が、ぽんぽん、と叩かれた。見ると、中年の女性がすぐそばまで近づいていた。その後ろでは同年代の女性たちが興味深そうにこちらの様子を伺っているので、彼女が代表して来たということなのだろう。

「どうされました?」

女騎士ににこやかに話しかけられた女性は思わずたじろいでしまった後で、

「あの、失礼なんですけど、あなた、もしかして、セイジア・タリウス様じゃありませんか?」

ははははは、と笑ってから、

「いえ、よくそのように言われるのですが、違います」

そう答えると、

「ほら、やっぱり違ったじゃない」

とおばさんは後ろの友達に呼びかけた。

「えーっ? 絶対そうだと思ったのに」

「セイジア様がこんな田舎で1人で馬車に乗っているわけないでしょ?」

井戸端会議が始まりそうなので、やれやれ、とセイが再び窓の外に目をやろうとすると、

「でも、本当にそっくりだわ」

「この子、美人よね」

ご婦人方に囲まれてしまっていた。

「気を付けなさいよ。戦争が終わって平和になったからと言っても、女の一人旅は危ないんだからね」

「ほら、これを食べなさい」

「これも飲んで」

「それであなた、何処まで行くつもりなの?」

注意されたりサンドウィッチと水筒のお茶を差し出されたり質問されたり、忙しすぎてセイも目を回しそうになる。しかし、

(世の中の人はみんな親切だ)

金髪の騎士は旅をしながらつくづくそう感じていた。彼女がひとりでいると何か困っていることはないか、と声をかけてくれるのだ。食事時には「ご飯を食べていきなさい」と必ず誘われたし、一昨日は野宿をしようと森の中に入ろうとしたら、

「若い娘が何をしている」

と猟師に見つかって、彼の小屋で一泊させてもらえた。むさくるしい男は実に口うるさかったが、翌朝には弁当まで持たせてくれたので、人は見かけによらない、と感謝しながらも失礼なことをセイは考えてもいた。そんなわけで、首都チキを出発してから何も困ったこともなく順調に旅が進んでいたので、かえって物足りない気がするくらいだった。

「あなたが親切だから、みんなも親切にしてくれるのよ」

リブ・テンヴィーが一緒にいたなら、きっとそのように言ったことだろう。実際、セイは旅をしながらたくさんの人を助けてもいた。ぬかるみにはまった荷車を動かすのを手伝ったり、離婚寸前の夫婦の仲を取り持ったり、部屋に閉じこもった若者を励まして外に出る勇気を与えたり、毎日何かしら小さな善行を積んでいた。

「当たり前のことをしただけだ」

もし褒められても、彼女は全く誇ることはなかっただろうし、そのひとつひとつはユリ・エドガーが記事にするほどの事件でもなかった。だが、そんなささやかな親切が、誰かにとってはかけがえのない出来事であるのも間違いのないことで、セイと関わった人たちが自らの人生を前向きに受け止められるようになり、そして、前向きに生きる人たちが世の中を明るくしていく、というのも確かなことだった。そういう意味で、女騎士は戦いに勝つのと同じかあるいはそれ以上に素晴らしいものをこの世界にもたらしているのかもしれなかった。

「へえ、それじゃあ、あなた、そのジンバ村というところまで一人で行くつもりなの?」

「ええ、まあ」

適当にぼかした説明でもご婦人方は納得してくれたようだ、と思いながらセイは頷く。

「でも、大変じゃない? この先、もう馬車はないのよ?」

「ですから、馬を手に入れようかと思ってます」

うま! とおばさんたちは驚きの声をあげる。

「あなた、女の子なのに馬に乗れるの? 大したものねえ」

「そんなところもセイジア様に似てるのね」

口々に感心されて、ははは、とセイも思わず笑ってしまう。すると、一人のご婦人が、

「ねえ、チカさん。この子、ヨシフのお嫁さんにどうかしら?」

そう言われた「チカさん」は大慌てで、

「だめだめ。こんないい子、うちの馬鹿息子にはもったいないわ」

「でも、ヨッちゃんもいい年齢なのに身を固めるつもりがなくて困ってる、ってこないだあなた言ってたじゃない」

「それはそうだけど」

(いつもこれだ)

セイは笑いながらも内心辟易していた。食事に誘われるたびに「まだ独身か?」と訊ねられ「そうです」と答えると決まって結婚の話になるのだ。近所に1人者がいるので心配だ、息子の嫁になってくれ、孫と見合いをしてほしい、おれと付き合ってくれ。そんな話はもう聞き飽きていた。

(地方の嫁不足は深刻らしい)

自分がいかに魅力的かを相変わらず理解していない女騎士はそんな見当違いなことを考えていたが、

(わたしにだって選ぶ権利はある)

とも思っていた。自分が結婚できるとも思えなかったが、それでもどうせ嫁に行くなら、素敵な人の元へ行きたかった。たとえば、

(いやいやいや)

それ以上考えることはなかった。男性の理想像が思い浮かばなかったのではなく、具体的なイメージが湧きそうになるのを恐れていたのだが、セイはそれを自覚していなかった。彼女が恋に目覚めるにはまだ時間が必要なのかもしれない。ご婦人方に囲まれているうちに終点にたどり着く。

「ほら、これも持っていきなさい」

「しっかり食べないとダメよ」

「山の天気は変わりやすいから気を付けてね」

「うーん。やっぱりセイジア様にそっくりよねえ」

抱えきれないほどのお土産を手渡して、ご婦人方は去っていく。一度きりの出会いに違いなかったが、だからこそ感謝の念が湧き起こってきて、セイは彼女たちに頭を下げていた。

(あの人たちを守れたのなら、わたしのしたことにも意味はあったのだ)

戦場で戦い抜いた日々を思い返し、今ある平和がいつまでも続くよう祈っていた。

「さて、この近くに牧場があるそうだが」

おばさんたちから得た情報を頼りに、馬を手に入れるべくセイは歩き出していた。

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