第29話 拳銃使い、突入する

5人の少女たちに歌と踊りを教えることにしたリアス・アークエットはすぐに行動を開始した。「ブランルージュ」に参加する手段を調べに芸人ギルドへ赴くと、予選会に参加して、それを勝ち抜かなければイベントには出られないという。では、予選会に出るにはどうすればいいか、というと、ギルドの幹部であるサンシュという男に話を通さないといけないという。そういうことなら、とサンシュに会おうと事務所まで行ってみると、明らかに気配が普通のものではなく、

(ヤクザね)

若くして経験豊富な少女ガンマンはすぐに事情を察した。芸人ギルドがその筋と深くかかわっていることを、かつてそのせいで運命を大きく狂わされた彼女が知らぬはずがない。一応、最初は普通に面会を申し込んだのだが、事務所の入り口に立っていたチンピラが相手が少女だと見くびって全く相手にしないとみるや、すぐに叩きのめして建物の中に押し入り、社長室にいたサンシュに銃を突きつけた。

「『ブランルージュ』に出せ、とは言わないわ。予選会に出してほしいだけよ」

銃口をぶよぶよ太ったヤクザの頬に押し付けながら告げると、

「わしには無理だ」

サンシュはガタガタ震えながら答えた。そして、「ブランルージュ」はサンシュの組織のナンバーツーだったサッカなる男が仕切っていて、その男はサンシュを裏切って独立したのだという。

「だから、話を聞くならあいつに聞いてくれ」

涙目で頭を下げるヤクザのボスの言うことをリアスは真に受けたわけではない。何か裏がある、とわかってはいたが、とはいえ、他にやりようがないのでサッカに話を聞くしかない、と決めると、

「そういうことなら、わしも応援させてもらう」

現金にもえびす顔になったサンシュに呆れながらも、少女はサッカを追うことにした。しかし、サッカは用心深い男で容易に行方をつかませなかった。サッカとともに独立した連中から話を聞き出そうとして次々に襲い掛かったが、手がかりをつかむことはできなかった。そうこうしているうちに、予選会の参加申し込みの期限が迫り、焦りを募らせていた(おまけに少女たちとも喧嘩していた)リアスのもとに、サンシュの手下がやってきて、サッカが立てこもるアジトの所在をつかんだ、という情報を知らせてきたのだ。そして、今夜、少女はその建物の近くにやってきていた。


暗闇の中でゆっくりと目を開きながら、

(ああ、そうか)

とリアス・アークエットは考える。その顔は黒い覆面に隠され、しなやかな身体は黒いボディスーツに覆われていた。もうすぐ敵のアジトに殴り込む、という緊迫した状況で、まるで関係ないことに気づいたのだ。

(あいつとノジオって、ちょっと似てるんだ。いつもふざけていて、わたしをイライラさせるところとか)

彼女の言う「あいつ」とはセイジア・タリウスのことだ。いくらつれなくしても、堪える様子もなく少女につきまとってくる女騎士だ。追い払うために「嫌い」と言ったことはあるが、実際のところはそれほど嫌いでもなく、その点もリアスの師匠に通じるものがあった。とりわけ、あの夜、銃をギリギリでかわされた記憶はいまだに生々しく、強い力で抱きしめられ、「きみを友達だと思っている」と耳元でささやかれたのを思い起こすと、顔が火照るのをどうしようもなかった。身体が何故そういう反応を示すのか、自分でもよくわからない。

(ちゃんと話し合ってみた方がいいのかな)

友達になりたいわけではないが、こちらから歩み寄った方がいい気もしていた。しかし、金髪の女騎士の微笑みが脳裏に浮かんだのは一瞬だった。今のリアスは目の前のことに集中しなければならないのだ。彼女の視線の先には、灰色の堅牢な建物がある。かつては工廠として武器を大量生産していたのだが、戦争の終結に伴い閉鎖されたのを、サッカが買い取って改造したと聞いていた。町はずれの開けた場所に建っていて、近づく者がいればすぐに見つけられる、と建物の中にいる人間は考えているのだろうが、技量にすぐれた拳銃使いは闇に紛れてすぐ近くにまで来ることに成功していた。しかし、問題はここからだった。建物の扉は頑丈にできているうえに、両脇には見張りが二人立っている。馬鹿正直に突っ込んでも中に入れるか怪しかったが、無論リアスにはそんなつもりはなく、腰に付けたポーチから缶を取り出すと、栓を開けてから入口へ向かって抛り投げ、再び物陰へと隠れた。かん、と床に落ちた缶に2人の男が驚いて目をやった次の瞬間、閃光とともに大きな爆発音が轟いた。

(ちょっと。やりすぎよ、マスター)

サッカのアジトに押し入るためにベックに作ってもらった手投げ弾だ。バーのマスターは少女のために銃の手入れをしてくれていた。その腕前は素晴らしいもので、文句の多いノジオ・Aが絶賛するのも納得だ、とその弟子も老人を信頼していた。想像よりもはるかに大きな爆発にリアスはとまどったが、しかし、目的通りに扉は壊れたのでよしとしなければならなかった。背中に括りつけていたライフルを引き抜いて両手に構えてから、頭を低くして建物の中へと駆けていく。中からは怒号と足音が聞こえてくる。もうもうと煙が立って視界は明瞭ではないが、それは予想されたことだ。かつて工房だったであろう広い空間に立つ人影を見るや1人1人確実に撃っていく。この建物の中にいるのは全てその筋の人間だ。撃つべきか否かを考慮する必要がないのは実にありがたかった。向かってくる者、逃げ惑う者を仕留めながら奥へと進む。また向かってきた人間を撃とうとすると、がちゃ、と音を立てるだけで何も起こらない。弾切れ、と見た相手が勢いを増して少女に襲い掛かるが、がん、と台尻で殴られてあっさりとのびてしまう。ライフルの弾丸は少量しか持ってきていないので、弾丸がなくなったら殴りつけようとあらかじめ決めていた。少女はノジオから銃の撃ち方だけではなく、銃剣術も教わっていたのだ。迫り来る敵を難なく叩きのめしながら進むとその先に階段が見えた。階上に目指す人物がいるはずだ、とわずかに足を速めた瞬間、銃弾が少女の足元に降り注ぎ、慌てて壁際に後退する。

(目には目を、歯には歯を。そして、拳銃使いには拳銃使いを、というわけね)

覆面の拳銃使いに部下が立て続けに襲われたサッカが、対抗するためにモクジュから拳銃使いを呼び寄せたのだろう。それも複数だ。悪くない判断だと言えた。しかし、それでもモクジュでトップクラスのガンマンだったノジオ・Aを倒したリアス・アークエットを倒すために十分だった、とは言えなかった。度重なる打撃で銃身が曲がったライフルを捨てて拳銃を手にする。

少女は自然に反応していた。敵がそこにいた、とわかったのは拳銃を撃った後のことだ。彼女を倒そうと降りてきていた拳銃使いが階段の真ん中から転げ落ちる。その身体が1階へと落ち切る前にリアスは階段へとすばやく駆けより、上方へと1発撃った。ぐっ、という苦しげな声の後で、男が2階から降ってきて、大きな音を立てて床にぶつかる。怯む気配を察知した少女は止まることなく階段を駆け上がり、角に潜んで彼女を狙おうとしていた男を至近距離から撃ち抜く。その反対側の角でもうひとりの拳銃使いが両手で構えた拳銃でリアスに狙いをつけていたが、「ひいい」と口から悲鳴が漏れているうえに、銃口ががくがく揺れている。これではどんなに近かろうと当たりっこない。ふう、と大きく息をついてから、リアスは男の両膝を撃った。もともと無闇に人を殺すのは好きでなかったし、臆病者を撃ち殺すのは恥だ、という気がしていた。わあわあ泣きわめいてのたうちまわる男を放置して、リアスは2階の狭く細長い廊下を歩いていく。

全身に疲労を覚えていた。凄腕のガンマンである彼女でも数十人を相手にして平気というわけにはいかなかった。はっきり言って無理をしていた。普段ならばこんな危険は決して冒さない。

「相手を倒せばそれでいいってもんじゃない。生きて帰るまでが仕事のうちだ」

と師匠にも何度も言われていて、その教えに背いたことはこれまでなかった。だが、少女たちのために今はどんなことでもしてやりたかった。プロフェッショナルとしてのポリシーよりも個人的な愛情がリアスを動かしていた。

(あそこか)

右側に扉が見えた。その中にサッカがいる、と直感的に理解する。モクジュから呼んできた拳銃使いはもういない、と勘が知らせていた。さっさとけりを付けたい、という思いで部屋の中に飛び込もうとしたそのとき、危険信号が頭の中で鳴り響く。目の前に大きな砲門が見えた。

(大砲?)

まさかそんなものを室内に用意していたとは。黒々とした砲門に吸い込まれそうな気分になったが、すぐさま身体を捻って、部屋の外へと飛び出す。大音響とともに砲弾が発射され、壁が粉砕される。破片が身体のあちこちに食い込むのを感じてリアスは舌打ちする。痛みよりも勝負を急ぐあまり危うく死にかけた自分を責める気持ちが大きかった。おそらく次弾はもう装填されているはずで、飛び込むに飛び込めない。とはいえ、ここで動けないままでいると、部屋の中にいるであろうサッカの部下がいずれ襲ってくるだろうし、撃ち漏らした人間が1階から上がってくるおそれもあった。

(ノジオなら煙草で一服するところなんだろうけど)

健康と美容のために少女は煙草を吸っていないので無理な話だった。やれやれ、と思いながら、腰のポーチから手投げ弾を取り出す。予備でベックが作っておいてくれたのだ。これを使えば敵を倒せるはずだが、問題が一つあった。一発目でわかったことだが、この爆弾は威力がありすぎるのだ。だから、敵を倒せるには倒せるのだが、サッカに死んでもらっては困る。彼が死んでしまうと5人の娘は「ブランルージュ」の予選会に参加することができない。とはいえ、リアスに残された手段は他にない。

(生きていてちょうだいね!)

そう思いながら缶を部屋の中へと投げた。手投げ弾が床に跳ねる「こーん」という音の後で、男たちの悲鳴が聞こえた。自らの運命を悟ったかのようだ、と思ったのと同時に部屋の中で爆発が起こり、さらにもう一度爆発する。大砲も連鎖して吹っ飛んだのだろう。すさまじい衝撃に少女の細い身体は反対側の壁へと叩きつけられ、耳は何も聞きとれなくなる。咳き込みながらも何とか立ち上がった。身体の節々が痛んだが、じっとしてはいられない。よろめきながら部屋に入ると、黒い煙が室内に充満していて、ぱちぱちと音を立ててあちこちで火がくすぶっている。「ううう」という呻き声も聞こえる。そのとき、部屋の奥へと遠ざかっていく人影が見えた。左足を引きずっているから無事ではなかったのだろう。

(あいつだ)

リアスは後を追うことにする。壁の隙間から細長い階段が下へと伸びているのが見えた。隠し階段だろうか。明かりのない空間で足を踏み外さないように気を付けながら降り切ると、ぎこちない足取りで逃げ去る男がこちらを見ているのが暗闇の中でもはっきり見えた。暴力の香りを漂わせたそれなりの男前。サッカの容貌は情報通りのようだ。どういうわけが少女が足を止めたので、サッカはその間に逃げ去ろうとする。この場を離れれば、再起の機会は必ずある、と期待が芽吹くのを感じながら、建物の外へ一歩足を踏み出した瞬間、大きく前方に転倒していた。何事か、と思った直後に右足に激痛が走る。それで撃たれたとわかった。そして、あの娘は動かなかったのではなく、動く必要がなかったのだ、ということもわかっていた。銃を使えばたやすく標的の動きを止められるのだから、無理に追いかける必要などないのだ。

(ぎりぎりだった)

リアスは拳銃を投げ捨てた。弾丸がもう一発も残っていない以上、持っていても仕方がない。だが、どうにか間に合ったのだ。うつぶせに倒れ伏したサッカの身体を右のつま先でひっくりかえし、そのまま右足で男のみぞおちを踏みつける。ぐふ、と呻いたやくざ者に、

「早速本題に入るけど、『ブランルージュ』を仕切っているのはあなたね?」

白いスーツを埃で黒くした男は、

「何の話だ?」

と喘ぎながら問い返す。

「とぼけないで」

急所を強く踏まれたサッカだったが、

「何処でそんな話を吹き込まれたか知らんが、あれはサンシュの野郎の縄張りだ。あの業突く張りがてめえの米櫃こめびつをやすやすと手放すもんか。あいつが嫌になっておれは組織を抜けたんだぞ」

とわめいた。嘘を言っているようには聞こえない。

(まさか)

不安が的中したのをリアスは感じていた。あのサンシュという男に利用されたのだ。ショックを受けた娘の足が緩んだとみて、サッカは体を回転させ立ち上がろうとするが、それはできなかった。

「うぐ」

男の右のこめかみに刺さった矢が左のこめかみから突き出ていた。これでは立ち上がることも、生き続けることもできないはずだった。

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