第13話 少年騎士、女騎士さんにアタックする(前編)
ある朝、セイジア・タリウスがいつものように雑木林で訓練に励んでいると、
「相変わらずやっているようですね」
アリエル・フィッツシモンズがやってきた。手にはバスケットをぶら下げている。
「よう、アル。仕事はいいのか?」
「今日は午後からなので。それに」
腰につけた
「団長の相手をしようかと思って」
「おお、それはうれしい。やはり、一人だと物足りなくてな」
と言ってから、セイは急に黙り込んだ。
「どうしました、団長?」
不審に思ったアルが訊くと、
「それだ」
と女騎士が少年を指さした。
「それ、というのは?」
「前から気になっていたのだが、わたしを『団長』と呼ぶのはやめろ。もうわたしは騎士団の人間ではないのだし、今の団長はシーザーなのだからな」
「でも、ぼくはずっとそう呼んできましたから」
急に注文を付けられて慌てる茶色い髪の少年を見てセイは噴き出すと、
「じゃあ、今から変えるんだ。そう呼ばれると、どうも落ち着かない」
「でも、何とお呼びしたらいいのか」
女騎士はもう一度噴き出してから、
「悩むことじゃないだろ? 名前を呼べばいい。セイジアでもセイでも、おまえの好きに呼んだらいい」
アルはちょっとだけ迷うと、
「じゃあ、セイさん、で」
「『さん』は余計だが、まあいい」
女騎士は納得した様子で、
「これからはそう呼んでくれ。じゃあ、稽古に付き合ってもらうか」
「はい!」
少年の返事に勢いがあったのは、金髪の騎士を新しい名前で呼べたことに喜びを感じていたからだ。
(セイさん、セイさん、セイさん!)
心の中で何度も叫んでいた。今までは上司と部下の関係だったのが、それを離れた一対一の関係になれた気がしていた。たかが名前、と言ってしまえばそれまでのことだったが、それでも少年にとっては大きな一歩だと感じていた。
(でも、もっと近づきたい。セイさんと仲良くなりたい)
そう思いながらアルはレイピアを鞘から抜き払って構えを取ると、目の前の女騎士をしっかりと見つめる。彼女を相手にしては、稽古も恋も手を抜くわけにはいかなかった。
「ふう」
心地いい疲れに身を任せながらセイは額の汗をシャツの袖で拭いた。
「アル、おまえ強くなったな。わたしがいた頃の倍は強くなってる」
尊敬する女騎士から褒められた少年はもちろんうれしかったが、それ以上に愕然としていた。
(ぼくが倍強くなったとしたら、セイさんは二倍か三倍は強くなっている)
必死で努力を重ねたのに、距離はさらに開いてしまった、と実感せざるを得ない。それでも食らいついていくしかないんだ、と萎えそうになる気持ちを奮い立たせようとするが、まずは息を整える方が先だった。
ぐう、と金髪の騎士の腹が盛大に鳴り、「おや」という顔をした彼女の目の前で茶色い髪の少年が手持ちのバスケットのふたを開けた。中にはサンドウィッチが詰められている。
「おお、弁当を持ってきていたのか。さすがアル」
というわけで、少し早めの昼食を摂ることにした。葉が全て落ちた木の根元で2人並んで腰掛けると、「ピクニックみたいだ」とセイは子供のようにウキウキしてしまう。一方のアルは「デートみたいだ」とどきまぎして顔が赤くなってしまう。見解は異なったものの、2人は共に食事を楽しんだ。
「うまい。うまいな、これ」
セイはアルの作ってきたサンドウィッチを堪能した。ライ麦パンにハムとチーズが挟まれたシンプルなものだが、運動の後で屋外で食べる味は格別だった。
「落ち着いて食べて下さい。お茶もありますから」
かつての上官が咽喉を詰まらせないかはらはらしながら、少年はお茶の入った陶器の瓶を差し出す。
「おお、すまない。いや、アルは本当に気が利いてるな」
と言ってから、真夏の海のようにキラキラと青く輝く瞳で少年を見て、
「おまえと結婚する人は幸せだと思うぞ」
にっこり笑った。
「はあ、ありがとうございます」
褒められてもアルが喜ばなかったのは、女騎士が少年と結婚することをまるで想定していないのがよくわかったからだ。だからこそ軽々しくそんなことが言えるのだ、と「王国の鳳雛」とも称えられる18歳の騎士の胸に不満が渦巻く。
「また何か危ないことをしてるんじゃないですか?」
そんな気持ちだったせいか、質問の口調もとげとげしくなってしまう。
「ん? ああ、シーザーに聞いたのか? 案外おしゃべりだな、あいつ」
会話よりも食事に気をとられている女騎士は口をもごもご動かしながら答えたが、シーザー・レオンハルトは基本的に口の固い男なので、アルも話を聞いたときは驚いたものだった。特にセイジア・タリウスをめぐって争っている自分に打ち明けてくるとは、と思ったのだが、
(それだけレオンハルトさんは不安なんだろう)
と理解すると同時に、何よりも女騎士の安全に心を配る姿勢には、恋のライヴァルであっても敬意を抱かざるを得なかった。
「なんでもマフィアに興味がおありだとか」
「いやいやいや。そうじゃない。そうじゃないんだ」
正しく情報が伝わっていないようだ、と不安になったセイは、口の周りにパンくずを付けながらもアルに一通り説明する。とはいうものの、リアス・アークエットや少女たちのことにはやはり触れていない。
「だから、お前たちが心配するようなことは何もないんだ」
安心させようとしてはみたものの、
「信用できません」
少年騎士に切って捨てられてしまったので、いつもおおらかなセイもさすがにむっとする。
「そんなにわたしが信じられないのか」
「はい。残念ですが無理です。だん、いえ、セイさんはぼくがいくら言っても無茶ばかりして危ない目に遭って、何度つらい思いをしたか、数えきれません」
そのように言ったアルの表情には悲痛な思いが確かに見えて、元上官も申し訳なくなってくる。
「すまなかった。部下を思いやれないなんて、騎士団長失格だな」
頭を優しく撫でられた少年は照れくさくなって顔を背けてしまう。
「いえ、そんなことはありません。あなたの下で働けたのはぼくの誇りです。ただ、独断専行というか猪突猛進というか、それだけが唯一の欠点なだけで」
「おいおい、それじゃあまるでわたしが暴れ馬みたいじゃないか」
セイは憤慨したが、実際彼女は暴れ馬のようなものだった。この国で一二を争う騎士をも振り回す恐るべきムスタングだ。
(でも、いつまでもそうしているつもりはない)
アリエル・フィッツシモンズはそう思っていた。金のたてがみを持つ美しい駿馬を見事に乗りこなしてみせるつもりだった。そして、ある「秘策」を実行することを、この瞬間に決めていた。
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