第3話 女記者、女騎士さんに取材を申し込む

少女たちと出会った数日後に、セイジア・タリウスはユリ・エドガーとオープンカフェで話をしていた。職探しに出かけたところに偶然出会って、逃げ切れずに捕まってしまったのだ。

「どうしてもダメなんですか?」

「ああ、ダメだ」

記者が何度頼んでも女騎士は決して首を縦に振らない。

「そんなあ。セイジアさんから直接戦争の話を聞ければ、大スクープなのに」

「わたし以外でも証人はいくらでもいる。そいつらから聞けばいい。なんだったら、自分から話をしたがるやつだっている」

「話をしたい人よりも話を聞きたい人から取材したいんです」

黒縁眼鏡の奥でユリの目が光っているのを見て、セイも少しだけ真剣になる。

「だいたい、どうしてそんなにわたしの話を聞きたがるんだ?」

「セイジアさんは戦争で重要な役割を担われていました。だからこそ、しっかり説明する責任があると思います。わたしも記者のはしくれなので、戦争について記録する責任があると思ってますから」

その言葉はセイの胸にも響いた。過去について語らない、というのは彼女の美意識によるもの、と言えば恰好はいいが、はっきり言ってしまえばただのわがままだ。それで押し通せるほど厚顔でもなかったので、セイはしばし考え込んでから、

「いや、やはりダメだな」

もう一度断った。

「どうしてですか?」

「わたしより先に話を聞くべき人がいると思うんだ。戦争でひどい目に遭った人にまず話を聞くべきだ」

「ひどい目に遭った人、ですか?」

「ああ、そうだ。わたしの話だと、勝利や手柄とか、そんな話も出てくるが、大事な人を亡くした人や家を失った人、そういう人たちの話の方が大事だと思うし、みんなにも知ってほしい。戦争とはやはり悲惨なものだ、というのをたくさんの人にわかってほしいからな。きみの志は立派だと思うが、話を聞く相手を間違えている気がする」

そう言うと、セイはカップからお茶を飲み、ユリが考え込んでいるのをじっと眺めた。そして、

「まあ、その人たちに一通り話を聞くことができれば、わたしもきみの取材を引き受けるかもしれない。ひとまず、きみの仕事ぶりを見せてくれないか?」

その言葉がユリを決意させる後押しとなった。

「わかりました。セイジアさんを納得させられるように頑張ってみます」

これがきっかけで、ユリ・エドガーは戦争の被害を記録するためにあちこちに出かけ、多くの被害者から話を聞くことになるのだが、それに50年以上の歳月、半生を費すことになるとは、少女記者は当然想像もしていない。

「わたしではなく、読者を納得させてほしいがな」

女騎士はユリに笑いかけたが、向かい合った眼鏡女子はテーブルの上に突っ伏した。

「うわー、どうしよう。また上手く行かなかったー」

おいおいどうした、とセイが苦笑いすると、

「わたし、今度文化部に異動になったんですよ」

「ぶんかぶ?」

新聞社の内部事情に詳しいはずもない女騎士が首を傾げる。

「今までは事件事故を扱う社会部にいたんですけど、今度移った文化部は芸能とか芸術とかそういうものを扱うんです」

「デイリーアステラ」社会部部長ウッディ・ワードに「出ていけ」と言われたときは、てっきりクビになるものと思っていたが、話をよく聞くと人事異動だったので「人騒がせな」と腹を立てたものだった。

「新しいところに移ったので、早くいい記事を書いて『こいつ、やるな』ってみんなに認められたいんです。だから、セイジアさんからお話を聞ければ最高だったんですけど」

「なるほど。そういうことだったのか」

新参者が血気にはやって戦功をあげようとするのは騎士団でもよくあることなので、セイにも理解できる話だった。

「セイジアさんはリブ・テンヴィーさんと一緒にお住まいなんですよね?」

少女記者がくりくりとよく動く目で女騎士を見つめてきた。

「ああ、そうだ。よく知ってるな」

「そこは一応新聞記者ですから」

えへん、とユリは少年のように薄い胸を張ってから、

「少し前に『くまさん亭』に話を聞きに行った時に、ちょうどリブさんが出張相談にいらしてたんですよ。リブ・テンヴィーと言えば、この国で一番の占い師ですから、うちの新聞のお悩み相談のページを担当してほしいと申し込んだんですけど、断られちゃって」

「へえ。意外だな」

あいつ、目立ちたがり屋なのに、と女友達に辛辣な評価をセイが下していると、

「『やりたいのはやまやまだけど、相手の顔を見ないとどうしてもわからないことがあるから、手紙だけで答えるのは無理』って謝られちゃって。そう言われると、こっちも何も言えなくて」

(妙なところで真面目なんだな)

女騎士がそう思っていると、少女記者が、ぱん、と手を叩いてから、

「あ、でも、別の仕事は引き受けてもいいかも、と言ってました」

「別の仕事?」

カップに口を付けながらセイが聞き返す。

「はい。セイジアさんと一緒ならグラビアに出てもいい、って」

「ごほごほ! ごほごほごほ!」

思いがけない言葉に最強の女騎士はむせてしまう。

「大丈夫ですか、セイジアさん?」

「グラビア、だと?」

涙を浮かべながら女騎士は訊ねた。

「はい。リブさんってとてもおきれいで、そしてじゃないですか? だから、グラビアに登場してもらえたらなー、と思ってオファーしたんです。そうしたら、『うちのセイも脱いだらすごいから、あの子と一緒ならいいわ』って条件付きでOKしてもらえて」

(あ・い・つ・め~っ)

憤りでセイの手がわなわな震える。

「あ、もちろんヌードではないですよ? うちも一応新聞なのであまり過激なのは困りますので。でも、リブさんのお話だと、かなりセクシーな服を着てもらえると伺ってますが」

(どうあっても、わたしに「破廉恥な服」を着せたいらしい)

女占い師の執念にセイの心は暗くなる。

「うちの新聞のお抱え絵師は、美人画を描く名人ですから、きっと素敵な絵になると思いますよ。ああ、想像するだけで鼻血が出ちゃいそう」

少女記者は、うひひひ、と笑う。この世界には写真撮影の技術はないので、グラビアと言ってもイラストである。

「でも、絵と言ってもかなりリアルなので、絵師さんには発禁にならない程度に筆を抑えてもらうようにお願いするつもりです」

そう言うと、ユリはテーブルから身を乗り出し、

「というわけで、わが社のグラビアにご登場願えないでしょうか、セイジアさん?」

「お断りだ!」

0.001秒で拒否するセイジア・タリウス。

「えーっ、どうしてですかー?」

「どうしてもこうしてもあるか。鼻血とか発禁とか、どんな絵を描くつもりなんだ」

怒りに任せてお茶をぐびぐび飲む女騎士。ちぇっ、つまんないの、と唇を尖らせた少女記者だったが、

「あ、そうだ。せっかくだからセイジアさんにお訊きしたいことがあるんですけど」

「なんだ」

曲げたへそが戻りきらないままセイは不機嫌な表情をする。

「セイジアさんは銃にはお詳しいですか? 要は鉄砲のことですけど」

いきなり話題の方向がかなり変わったので戸惑うが、確かにそれは彼女の得意分野であった。

「まあ、それなりに知っているつもりだ。戦場ではまだ主流にはなっていないが、おそらく遠からず剣や槍に取って代わることになるだろうな」

そうなれば死者も多く出るようになるだろう、という続きの言葉をセイは飲み込んだ。マズカ帝国やサタド城国では新型の銃が開発されているとも聞く。そうなれば、アステラ王国も対抗せざるを得なくなる。次の戦争はより悲惨なものになる、と彼女は確信し、暗い未来を避けることを願っていた。

「どうして文化部の記者がそんなことを訊く?」

ユリ・エドガーは少しあたふたすると、

「あ、いえ。社会部の先輩たちが話していたのを小耳に挟んだので。なんでも、最近この街で拳銃使いが現れているらしいんです」

「拳銃使い?」

聞き慣れない言葉だった。

「はい。手に収まるサイズの銃を武器にする人をそう呼ぶらしいんです。北の方では多いそうなんですが、この国ではまだ珍しいようです」

ふうん、とセイは頬杖をついた。戦場で扱われるのはライフルなどの小銃だ。彼女が知らなくても無理はないのかも知れなかった。

「で、その拳銃使いがどうしたんだ?」

「はい、マフィアの人たちを次々に襲っているそうなんです。でも、ちょっと不思議だ、とその先輩は言ってました」

少女記者が眼鏡を光らせながらささやいた。

「不思議?」

「ええ。その拳銃使いは決して相手を殺さないんです。両足を打ち抜いて動けなくして、それで済ませるそうなんです」

へえ、とセイはぼんやりした顔で呟いた。

「セイジアさんはどう思われますか、この話?」

「どう思われるも何も」

ふわー、と欠伸をすると、

「襲われてるのは今のところ与太者だけなんだろ?」

「ええ、まあ。それはそうみたいなんですけど」

「だったら別にどうでもいいな。一般人に被害が出れば捨て置けないが、やくざ同士の揉め事に興味はない。珍しい得物を使ってようとやくざは所詮やくざだ」

「はあ、なるほど」

女騎士が思ったほど興味を示さなかったのでユリはやや失望したが、実際のところ、口で言うほどセイも無関心ではなかった。

(武器がどうでもいいのはその通りだが、相手を殺さない、というのは気になる。悪党なりにポリシーがあるらしい)

とはいえ、自分から拳銃使いを探し出そうとまでは思わなかった。セイジア・タリウスは決して戦闘大好き人間ではないのだ。無用な争いを避けられるのに越したことは無かった。

「悪かったな、大した話も出来なくて」

テーブルの上に銅貨を置いてから女騎士は立ち上がる。だいぶ長居してしまった、と思っていた。

「いえ、そんなことないです」

少女記者はやや赤面しながら小さな声で話し出した。

「でも、わたし、うれしいです」

「ん?」

「最初にセイジアさんに会ったときに、『この人、素敵だな』って思ったんですけど、今日またお話できて、やっぱり素敵だな、って思いました」

セイは微笑んでから、ユリがかぶっているハンチング帽に手を置いて軽く撫で回した。

「ふえ?」

感電したかのように少女の身体が跳ね上がる。

「きっときみはいい記者になれるさ、ユリ・エドガー」

そう言い残してセイはオープンカフェを後にした。残された少女は耳まで赤くなって「あはは」とか「いひひ」とあらぬ言葉を発し続け、正気に戻るまで多少の時間を必要とした。

「セイは天然のなのよね」

とリブ・テンヴィーが評したことがあって、つまり何の気なしにとった行動で相手を無用にどぎまぎさせてしまうことをそのように呼んだのだが、その対象となるのは男女を問わないようで、今回はユリがその犠牲となったのであった。

それからしばらくして、「デイリーアステラ」に「セイジア・タリウス大いに語る!」という記事が掲載され、カフェでセイが語ったことが嘘ではないものの、だいぶ誇張されて書かれていたのを見て、「あいつめ」と女騎士は大いに憤ったのだが、それでも彼女たちが良好な関係を長く築いていくことになるのに変わりは無かった。


(すっかり遅くなってしまったな)

夕闇迫る街をセイは一人歩いている。すっかり肌寒くなったが、彼女はそれほど厚着をしていない。子供の頃から寒さには強く、冬でも半袖で庭を駆け回っていたものだった。「野蛮人め」と寒がりの兄に憎まれ口を叩かれたのも今となっては懐かしい。

(父上と兄上にも会いたいが、今となってはかなわぬことかな)

キャンセル公爵家との縁談が破約になって、激怒した兄セドリックによって実家からは勘当されていた。もともと騎士になるために家を飛び出したときにもう二度と帰れないと思っていたから仕方がないと諦めてはいるが、それでもさみしいことはさみしかった。

「おねがいしまーす。おねがいしまーす」

やや感傷的になった彼女の耳に幼い声が飛び込んできた。見ると、12、3歳の子供がビラを配っている。声を張り上げて興味を引こうとしているが、通りを行く人は誰も受け取ろうとしない。哀れに思った女騎士はビラをもらいに行くことにした。

「一枚もらえるか?」

「ありがとうございます!」

ぱーっと晴れやかな笑顔がセイの顔を確認した瞬間に固まった。

「あ」

少し遅れてセイも気づく。この前、貴金属店で万引きしようとした5人組のうちの一人の、一番小さな娘だ。やや赤茶けた髪を肩まで伸ばしている。

「やあ、元気だったか?」

女騎士は笑いかけるが、少女の顔からみるみるうちに色が消えて、ぶるぶる震え出すと、

「ごめんなさーい!」

と叫んでダッシュで逃げ出してしまった。唖然として見送るしかないセイを見る通行人の目は冷たかった。いい大人が子供をいじめたのだと思われているのだろう。

(取って食うわけじゃないんだから)

子供に怖がられて、一応若い女性であるセイは少なからず傷ついたが、それでも渡してもらったビラに目を落としてみる。

「なになに」

あまり材質のよくない紙につたない手書きの文字で書かれていたのは、「BAR テイク・ファイブ」への来店を呼び掛ける内容であった。


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