第2話 女騎士さん、少女たちに出会う(後編)
「ん?」
騒がしい気配を感じて、セイは視線を横にやった。貴金属店の入り口に人が集まっている。女騎士の興味から外れているので入ったことはないが、揉め事とあれば話は別なので近寄ってみると、
「おまえらがやったのはわかってるんだ!」
体格のいい中年男が怒鳴っている。店長だろう。
「証拠もないくせに何言ってんだよ?」
そう言い返したのはいかにも気の強そうなショートカットの少女だ。彼女を含めて、5人の娘が店長と対峙していた。
「貧しいガキが来やがったから、ずっと怪しいと思って見ていたら、アクセサリーがいくつもなくなってるじゃないか。しかも、高い値段のやつばっかりだ。おまえら以外に誰がやるっていうんだ?」
「証拠もないのに決めつけないでください」
と言ったのは金髪の少女だ。セイのような純粋な金色ではなく、プラチナブロンドだ。
「やかましい。とにかく調べさせてもらう。一体どこに隠しやがったんだ?」
「そう言って、わたしたちにいやらしいことをするつもりなんじゃない? セクハラするつもりなんだ」
長い黒髪の娘がそう言うと、少女たちは「せーくはら!」「せーくはら!」と声を揃えて合唱するかのように叫び出した。店長もこれには困って、伸ばしかけた手を途中で止めてしまう。
「話は聞かせてもらった」
そう言うとセイは店内へと足を踏み入れた。
「あなたは」
ぎょっとする店長。彼も当然女騎士のことを知っていたようだが、少女たちは突然の闖入者に、きょとん、としているだけだった。
「そういうことなら、わたしが身体を改めさせてもらう」
5人の方に顔を向けると、
「同じ女だからかまわないだろ?」
にっこり笑ってみせると、娘たちは少し戸惑ってから黙って頷いた。同意したと見て、セイは5人の身体を調べ出した。といっても、そこまで徹底的なものではなく、ぽんぽん、と服の上から軽く叩く程度のものだった。
「ふむ」
5分くらい調べてから、女騎士は店長に告げる。
「この娘たちは持ってないな」
「そんな」
思いがけない結果に男は愕然とする。
「そんなはずはない。こいつら以外に犯人がいるはずがない」
「なんだよ。この人が持ってないって言ってるじゃないか」
ショートカットの娘が鋭い語気で言い返すと、
「っていうか、あたしらを疑った落とし前を付けてほしいんだけど? 大人の癖に証拠も無しに人を疑っておいて、それで済むと思ってるわけ?」
5人の中で一番背の高い少女が嫌味っぽく言った。おそらく年も一番上なのだろう。その言葉に「そうだそうだ!」と他の4人が賛同するのを聞いたセイはまた「ふむ」と頷いて、
「それなら、市警に行ってしっかり調べてもらった方がいいんじゃないか? そうすれば、ここの主人はこっぴどく叱られて、おまえたちの疑いも晴れて、一石二鳥というものだ」
少女たちにアドヴァイスしてみたところ、5人からそれまでの威勢のよさがいきなり消えてしまって、「いや、そこまでしなくても」とぼそぼそ小声で話し出した。
「ん? どうした? 市警に行かなくてもいいのか?」
女騎士が重ねて問い質すと、娘たちは全員、こくり、と小さく頷いたので、
「だったら、もう帰るんだな。おまえたちも疑われないように、これからは気を付けた方がいい」
と言って、5人を店の外へと追い出した。ぱたぱた、と駆けていく小さな後ろ姿を見て、店長ががっくりと肩を落とす。
「ああ、そんな。それだったら、品物は一体何処に行ったんだ?」
落胆した男に向かって、セイジア・タリウスは告げる。
「ご主人、少しだけ待っていてくれないか?」
「はい?」
言葉の意味を図りかねて、店長が顔を上げた時、女騎士の姿はもう既にそこには無かった。
その数分後。表通りを外れた狭い路地裏に5人の少女たちの姿があった。一番小さな少女の手の上に広げられたハンカチの上に、いくつもの装飾物が、じゃらじゃら、と音を立てて落とされた。
「へへーん、ちょろい、ちょろい」
ショートカットの娘が胸を張ると、
「でも、危なかったよ。もう少しで捕まるところだった」
黒いロングヘアの少女が切れ長の目を伏せた。
「そうだね。でも、あの女の人が助けてくれてよかった」
プラチナブロンドがそう言うと、
「あの人、一体何だったんだ? 剣を持ってたから騎士か何かなのかな?」
ショートカットが首を捻る。どうやら彼女たちはセイのことを知らないようだった。
「なんだっていいじゃん」
一番背の高い少女がにやりと笑う。
「時々いるんだよ。ああいうおせっかいのお人よしが。そういう人間は馬鹿を見るだけなのさ」
あははは、と少女たちの乾いた笑いが薄汚れた小道に響いたそのとき、
「お人よしで悪かったな」
「あっ」
突然伸びてきた手が小さな少女の手からハンカチごとアクセサリーを奪い取っていた。振り返った5人の前にセイが立っていた。
「あんた、いつの間に」
驚くショートカットの少女を一瞥した女騎士は、
「おまえたち、ここで待ってろ」
と言うなり、娘たちに背を向けて歩きだした。「誰が待つもんか」と全員が思っていると、
「逃げたければ逃げろ。ただし、必ず見つけるからな」
と振り向きもせずに言い放ち、セイは路地裏を出ていった。5人は身動きもできないまま顔を見合わせる。
「どうする?」
金髪の娘が困り顔でつぶやくが、
「どうするったって」
ショートカットは答えられない。あの女騎士は脅したわけではなく、ただ単純に言った通りに行動するつもりなのだ、というのはまだ幼い少女たちにも十分伝わっていた。だから、とても逃げる気にはなれなかった。
「どうしよう。捕まっちゃう」
べそをかきだした小さな少女の背中を身長の高い娘が優しく撫でる。顔立ちが似ているところを見ると、2人は姉妹なのかもしれない。
「おお。ちゃんと待っていたか」
5分後にセイは戻ってきて、「感心感心」と言いながら5人の顔を見渡した。
「安心しろ。品物はちゃんと店に返してきたからな」
「え?」
少女たちは全員呆然とする。一番先に我に返ったロングヘアの少女がセイに訊ねる。
「それだけ?」
「それだけ、というのはどういう意味だ?」
「いえ、普通だったら、わたしたちを警察に突き出すんじゃないか、と思って」
「なんだ? 突き出してほしいのか?」
にやにや笑いながら女騎士が訊くと、5人の首が、ぶんぶん、と全速力で横に振られた。
「それはそうだ。誰も好き好んで捕まりたくはないだろうからな」
はははは、と快活に笑うセイに、
「あんた、わたしたちがこれに懲りてもう2度とやらない、とでも思ってるのかよ?」
ショートカットの娘が突っかかった。女騎士の寛大さが彼女には無闇に腹立たしく思えたのだ。
「さあな。それはわからん。だが、おまえたちがもう一度このような真似をやったときには、わたしにも考えがある」
「考え?」
「そうだ。盗みが癖になって辞められない人間も世の中にはいると聞く。だから」
セイは左腰にぶら下げた剣を、ぽんぽん、と叩いた。
「おまえたちが同じことをまた繰り返すのであれば、わたしがその手を切り落とすことにする。そうすれば、もう盗みもできなくなる。どうだ? わたしは優しいだろう?」
少女たちの顔が一瞬で蒼白くなる。とんでもない人間と関わってしまった、とわからされていた。ぐすぐす、と5人がべそをかきだしたのを見て、セイは慌てる。
「おい。泣くんじゃない。もう二度と悪いことをしなければいいだけなんだからな」
おろおろしだした女騎士を見た黒い長髪の少女の胸に「この人は悪い人じゃない」という思いが湧いて、そして訊ねた。
「あの、もしかして、最初からわたしたちがやった、ってわかってたんですか?」
「まあな。状況から見て、たぶんそうだろう、と思ってはいたが、あの場で品物を見つけたら、おまえたちを捕まえないといけなくなるからな。だから、あえて逃がしたんだ」
その言葉に他の4人も泣くのをやめていた。目の前の騎士が、自分たちを思いやっているのが伝わったのだ。見知らぬ他人に情けをかけられることなど、彼女たちの短い人生でもほとんどないことだった。
「でも、どうして助けてくれたんです?」
金髪の少女にセイは笑いかける。
「何か
セイの言葉に真剣さを感じた少女たちはお互いの顔を見合わせた。しばしの逡巡の後に、それぞれが口を開きかけたそのとき、
「あなたたち、こんなところでなにをやってるの?」
若い女性のやや低めの声が、鞭のような鋭さを込めて飛んできた。見ると、長身の女子が唇を固く結んでこちらを睨みつけているではないか。きれいに切り揃えた黒い髪を背中の中ほどまで延ばし、裾のフリルが3段になった黒のワンピースがよく似合っている。
(雌豹だ)
セイはまず最初にそう思っていた。大きな瞳、しなやかな肢体、そして全身にみなぎる闘志。どれもが野生に生きる美しい獣を思わせた。ただし、まだ成長しきっていない若い豹だ、と彼女には思えたが、それもまた魅力になっている、とも思えた。5人の娘よりは年上だが、おそらくセイよりも2つか3つは年下だろう、と見当がついた。
「リアス、どうしてここに?」
ショートカットの娘にそう言われた雌豹のような少女は、らんらんと輝く黒い瞳を向けると、
「もうとっくに約束の時間は過ぎてるじゃない。さっさと戻るわよ」
ぴしゃりと言ってのけた。「はーい」と少女たちはあまり元気のない返事をすると、黒いワンピースの娘の後に続いて、すごすごと路地裏を出ていこうとする。突然の展開に驚くセイを、リアスと呼ばれた美しい少女は振り返ってから強い視線を送り、
「この子たちに関わらないで」
ときつい調子で告げて、そのまま表通りへと姿を消した。
(いや、わたしが関わらなかったら、あの子たちは大変なことになってたんだが)
釈然としない思いのまま頭を掻くセイだったが、それ以上に胸が高鳴るのを禁じえなかった。
(確かリアスと言ったか。あの子、きれいだったなあ)
一目で気に入ってしまっていた。そして、もっと仲良くなりたい、と思っていた。セイジア・タリウスには女友達が少なかった。リブ・テンヴィーとはわりと長い付き合いであり、修道院で知り合ったクレアたちもいるが、騎士団での生活が長かったために、同年代の女子と接する機会はどうしても少なかったのだ。
(また会えればいいのだが。それに、あの5人のことも気になる)
そう思いながら、金髪の女騎士は家路についた。再会を期待してはいたが、その後少女たちと深く関わることになっていくとは、さすがの彼女にもこの時点では予想できないことであった。
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