第4章 女騎士さん、舞台に立つ

第1話 女騎士さん、少女たちに出会う(前編)

年の瀬の街をセイジア・タリウスが歩いている。左手には果物が入った袋を抱え、右手に持ったお菓子を食べながら歩いていた。どちらも店からサービスされたものだ。

(こういうのはよろしくないと思うのだが、断るのも悪くて)

アステラ王国を救った英雄である彼女の人気は絶大なもので、外出するたびに必ず何かもらっていた。真面目なセイはちゃんと支払おうとするのだが、「とんでもない!」と断られるのが常だった。好意に甘えるわけにもいかず、店側に無理矢理代金を押し付けていたので、ちょっとした買い物をするのも毎日一苦労していた。とはいえ、おまけまでは遠慮できずに今日もこうして貰っている次第だ。

「あっ、セイジア様よ!」

「セイジア様ーっ!」

若い女性たちが金髪の女騎士を見つけて歓声を上げる。「金色の戦乙女」は男性はもちろん、女性にもファンが多く、騎士団長をしていた頃にはむしろ女性からの手紙が多く届けられていたのをセイは思い出す。

(しかし、困ったなあ。新しい仕事を見つけたいのに、この調子だと難しそうだ)

これまで身分を隠して大衆食堂「くまさん亭」で働いていたのだが、正体を知られてしまったのでもう働けなくなっていた。仕事を辞めたとはいえ、別に出禁になったわけではないので、たまには食事に行きたいと思っているのだが、

「やめた方がいいわ」

と、リブ・テンヴィーについこの間忠告されていた。

「何故だ?」

「あなた、今、あの店がどうなってるか知らないでしょ?」

美貌の女占い師の言葉に女騎士の顔色が変わる。

「まさか、何かまたトラブルでもあったのか?」

「逆よ。お店は大繁盛で、お客さんが入りきらなくて、外に行列ができるほどよ。列に並んで店に入って注文するまで1時間はざら、って聞くわ」

「なんだ。そういうことならいいじゃないか」

安心して表情を緩めたセイを見てリブが眼鏡を光らせる。

「そういうことになったのは、あなたのせいなのよ、セイ」

「え?」

6歳年上の女友達が手渡してきた新聞をセイは受け取る。「デイリーアステラ」の記事に目を落とすと、

「セイジア・タリウス御用達の店!」

という見出しで「くまさん亭」の紹介記事が大々的に組まれていた。

「なんだこれ?」

驚く女騎士を見てリブが溜息をつく。

「その記事が大反響を呼んだみたいでね。『金色の戦乙女が働いていた店にぜひ一度行ってみたい』と思った人が毎日ひっきりなしにやってきてるらしいわ」

なんてことだ、とセイはがっくりと肩を落とす。ちなみに、この人騒がせな記事を書いたのは、セイも面識のあるユリ・エドガーという少女記者である。

「そういう状況だから、『金色の戦乙女』ご本人が行ったりしたら大パニックになる、と天才占い師のわたしには予想できるから、行かない方がいいと思うわ。ね? 『金色の戦乙女』さん」

「その名前を何度も呼ばないでくれ!」

涙目で叫ぶ女騎士を見てリブがにやにや笑う。大袈裟な異名を嫌がっていると知っていてわざとからかっているのだ。

「ああ、でも、こうなってみると、早く辞めておいて正解だったかもな。もし、今でも食堂で働いていたら、まともに営業できていなかったかもしれない。おかみさんたちに迷惑をかけなくてよかった」

落ち込みながらも思いやりを忘れないセイに感心しながら、占い師は「そうねえ」と呟くと、

「でも、そうなると、あなたの今後は結構大変かもしれないわね。新しい仕事を見つけても、あなたの追っかけが押しかけるに決まってるから」

「追っかけ、って」

芸能人でもないのに、と女騎士は弱り果てるが、もしもこの世界にタレント好感度調査があれば、セイジア・タリウスはぶっちぎりで1位になるものと思われた。アステラ王国の人々は彼女の才能タレントを愛していたのだ。

「ねえ、セイ」

リブが囁いてきた。同性でも心がときめいてしまう甘い声だ。

「そういうことなら、わたしの助手にならない?」

「え?」

思いも寄らないことを言われて、セイは驚く。

「もちろん、それなりのお給料は出すつもりよ? あなたのキャリアには釣り合っていないかもしれないけど」

「いや、有難い話だが、しかし、わたしには占いなんてできないぞ?」

「占いはできなくても、お悩み相談ならできると思うの。あなたと話してたら、細かいことを気にしているのが馬鹿らしくなっちゃうから」

(なんだか褒められている気がしない)

思わず眉を顰めるセイだったが、心配事は他にもあった。

「だがなあ、リブ。やっぱりわたしには向いていないと思うんだ」

「どうして?」

「いや、その、なんだ。口にはしづらい話なのだが」

「なによ。はっきり言いなさい」

顔を赤くしてもじもじしている女騎士を美女が叱りつける。

「じゃあ、言わせてもらうが、わたしには、リブみたいな破廉恥な服を着るのはどうも」

「誰が破廉恥よ!」

女占い師は激怒した。そこからお説教が始まり、仕事の斡旋の話はうやむやになってしまった。

(まあ、わたしの言い方も悪かったかもしれないが、しかし、あの服はやはり破廉恥だと思うぞ、リブ)

記憶が甦ってきて、たはは、とセイは力なく笑う。もともと、彼女の親友は露出度の高い服を好んで着ているのだが、その日のリブはホルターネックの赤いドレスを着ていて、肩と腕を完全に出し、背中も大きく開いていたうえに、見る者を誘うかのようにぷるぷる揺れる大きく張り出した胸をじっと見ないように女騎士も一苦労したものだった。

(いや、似合ってないわけじゃない。逆によく似合ってるから困るんだ。わたしなどはとても足元に及ばないセクシーダイナマイトだ)

そう自嘲する女騎士だったが、しかし、彼女の人気が抜群のスタイルも理由の一つだということに、他ならぬ本人はまるで気づいてなかった。リブほどグラマーではないが、絶妙に均整がとれた長身の肢体が「破廉恥な服」を身にまとったときの破壊力は想像を絶するものがあるに違いなかった。実際、リブ・テンヴィーは女騎士を怒った後で、自分と同じドレス(色違いの黒)を着たセイとリブ自身が2人並んで、

「いらっしゃいませー」

と占ってもらいに来た客に向かって、微笑みかける図を妄想して、

「確かにこれは危険だわ」

と認めざるを得なかった。何がどう危険なのかはよくわからないのだが。

(まあ、今日は楽しかったんだけどな)

セイの左腰には剣がぶらさがっている。「影」にひびを入れられたブロードソードだ。今日はシーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズに頼まれて、王立騎士団に稽古を付けに行ったのだ。ボランティアで金銭は発生しないが(シーザーたちが出そうとしたのをセイが断った)、身体を動かすのは好きなので関係なかった。ただ、

「いいか? こうやって、こうやって、こうだ!」

とお手本を見せたところ、

「誰が1秒間に10回も斬りつけられるんだよ」

「みんながみんなあなたと同じだと思わないでください」

団長と副長にクレームを付けられて、基本的な動きしか教えることができなかったのは残念だった。

(そうかなあ? 一撃で5人くらい倒すのも、鎧ごと相手を槍でぶち抜くのも、出来て当たり前だと思うのだが。戦争が終わって、みんなたるんでるんじゃないか?)

最強の女騎士は自分の強さにも無自覚だった。それでも、大勢でする訓練は久々で楽しかったのだが、終わった後でシーザーとアルに食事に誘われたのはいささか面倒だった。最近、あの2人がいやにしつこいのにセイはすっかり弱っているのだ。

(あいつら、どうして最近ぐいぐい来るんだ? もちろん嫌ではないが、毎日続くとさすがに困る)

カリー・コンプの熱演に触発された2人の騎士の猛アタックも、女騎士のハートには届いていないようだった。今日はいつもよりも執拗だったので、とうとう我慢できなくなって、

「いい加減に」

シーザーの顔面を掌底で打ち抜き、

「しろ!」

アルを大腰で投げ飛ばし、どちらも失神させてしまった。意識を奪わない限り、いつまでも諦めないのではないか、と勇敢な彼女も少し怖くなってしまったのだ。もっとも、騎士団員たちは、それも稽古の一環だと思ったらしく、「おー」と歓声を上げ、セイの見事な腕前に惜しみない拍手を送ったのだった。その帰り道で、喫茶店に集まっていたお年寄りたちの誘いを断り切れず、茶飲み話に長々と付き合わされてしまった結果、時刻はもう夕方に近くなり、日もだいぶ傾いていた。

(こういう生活も悪くない。だが、わたしの望みとは違っている)

先日20歳になったばかりの彼女の若い血潮は挑戦を欲していた。見知らぬ場所で新しいことに取り組み、まだ知らない自分に会いに行きたかった。そして、その願いがもうすぐ実現しようとしていることに、女騎士はまだ気づいていなかった。

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