第44話(第3章完) 吟遊詩人、女騎士さんに歌を捧げる(後編)
「あ、セシルが来てますよ」
店内を覗き込んだチコがそう言うと、厨房で料理を作っているオーマとコムの顔が明るくなった。
「え、マジか? もうずいぶん逢ってない気がするなあ。そんなに時間は経ってないはずなんだけどな」
コムの言葉に、
(あの子の存在はこの店にとって本当に大きかったんだな)
とオーマはしみじみ思う。ノーザ・ベアラーが店が空いた時間帯に寂しそうにしているのを何度も見ているうえに、他ならぬ彼自身が少女に用事を頼もうとして、「そうか。もういないんだった」と再確認させられることもたびたびあった。すると大柄な後輩が、
「そういえば、昼間に裏町のじいさんが久々に来てましたよ」
「へえ、もう死んだのかと思ってたがな」
小柄な料理人の不謹慎な冗談にコムは噴き出しつつ、
「なんでも腰を痛めていて外に出られなかったそうですよ。で、あのじいさん、何も知らなくて、セシルちゃんをいつものように呼んだんですよ。でも、出てくるわけがないからカンカンに怒って」
「だから、おれが説明に行ったんですよ」
食器を洗いながらチコが話を引き取る。右腕のギブスがようやく外れ、両手を使えるようになっていた。
「セシルが店を辞めたことと、セシルの正体を話したんです。そうしたら、じいさん、ポカーンって顔になって、『あれ、もしかしてショックでボケちまったのか?』って思ってたら、いきなり真面目な顔をして、『わしの思った通りじゃった』って」
「嘘つけ。そんなわけないだろ」
オーマが突っ込むと、隣でコムが大声で笑った。
「でも、じいさん、ちょっと気の毒でしたね。その後しょんぼりして、料理も残して帰りましたから」
チコがそう言うと、2人の料理人も思わず下を向いた。少女の不在を寂しく思っているのは彼らも同じなのだ。
「コム、後でセシルにじいさんのことを話して、一度会いに行くように言ってやれ。あの子の顔を見たら、じいさんも元気が出るだろ」
「そうですね。あんまり元気になられても困りますけど」
憎まれ口をたたきながらも大男は頷き、食器を洗い終えたチコが、裏口から出ていき、入れ違いにノーザ・ベアラーが戻ってきた。
「あ、おかみさん、セシルが来てますよ」
オーマが告げると、
「ああ、わかってるよ。あの子がいると雰囲気が違うからね」
女主人は腕を組んで、小柄な料理人のすぐ近くに立った。
「店の外にいても、カリーさんの演奏はよく聴こえたよ。お客さんも盛り上がって、ありがたい話さね」
「あの人、また腕を上げたような気がしますね」
「なんだい、オーマ。あんた、音楽にも詳しいのかい?」
「いえ、なんとなくそんな気がしただけです。おれは料理以外はからっきしなんで」
そうかい、とノーザは笑って、
「なあ、オーマ」
とささやいた。
「はい?」
「あんた、自分の店を持ちたい、って思ったことはあるかい?」
思いも寄らぬことを言われた「くまさん亭」のナンバーツーの料理人は戸惑う。
「ない、と言ったら嘘になりますけど、おれはずっとここで働くつもりですよ」
「あんたほどの腕だったら、一人でも立派にやっていけると思うけど」
いやいや、と首を横に振るオーマ。
「腕は関係ないです。人には向き不向きがありますから。おれには一国一城のあるじ、というのは荷が重すぎます。誰かの下で働くのがちょうどいいんです」
そうなのかい? と女主人は小男の顔をいぶかしげに見て、そんな彼女を小男もいぶかしげに見た。
「おかみさん、どうしたんですか? いきなりそんな話をして」
ああ、とノーザは気まずそうに笑うと、
「情けない話だけど、わたしひとりになったらどうしよう、って急に不安になっちまってね」
「ひとり?」
ああ、と女料理人は頷く。
「セシルが辞めて、チコだっていずれ田舎に帰るだろ? それで、オーマ、あんたはどうなるんだろう、って思ってさ。もちろん辞めてほしくなんかないけど、でも、あんたくらい腕の立つ人間をいつまでもこき使うのもどうかな、って結構考えちまってね」
悩ましげにしている女主人にオーマは笑いかける。
「だから、言ったじゃないですか。おれはずっとここで働くつもりだって。クビにされるまでは頑張るつもりですよ」
「なんだい、あんた、クビになるようなことをしてるのかい?」
「いえいえ、とんでもない。おれはいたって品行方正な人間ですよ」
「いや、それはよく言いすぎなんじゃないかね?」
そう言ってノーザとオーマは笑い合った。2人は長年の友人でもあって、お互いに心を許し合っていたのだ。
「あの、おれも辞めるつもりはありませんけど」
オーマの隣にいたコムがぼそっとつぶやく。
「ああ、そういえば、あんたもいたんだね、コム」
「いましたよ、ずっと」
仲間外れにされてへそを曲げている大男を見てノーザは微笑み、
「まあ、あんたのことは何も心配してないから、しっかり頼むよ」
そう言うとさっさとコムから視線を外した。
(なんか、おれの扱い、ひどくない?)
内心で憤慨する大男だったが、その横のオーマが女主人に問いかける。
「でも、おかみさん」
「ん、なんだい?」
「信頼してもらってるのはうれしいんですけど、おれなんかが頼りになりますかね」
そう言われて女主人が眉をひそめる。
「どうしてそう思うんだい?」
「いや、だって、見ての通り、おれは背も低いですから」
「馬鹿だね、オーマ」
どの世界でも、いつの時代でも、女性に救いの女神が降りてくることがある。くよくよと思い悩む男に「つまらないことを考えてるのね」と言って、悩みから解放する役目を持った女神だ。それが今、ノーザ・ベアラーに降りてきていた。
「何を言ってるんだい。あんたは心のでっかい男じゃないか。いつも頼りにしているよ」
オーマの心が震える。言葉だけではなく、自分を見つめる瞳、肩にそっと置かれた手に確かな思いが感じられたのだ。店長と店員、友人同士にとどまらない、それ以上の思いを彼は感じていた。
「おっと」
わずかに顔を赤らめてから、ノーザはオーマの肩から手を放し、そのまま店内へと歩いて行った。その姿を見送る男の胸中は混乱の極みにあった。
(ちょっと待ってくれ。おれは諦めたばかりなんだぞ。ずっとおかみさんを陰ながら支えていくって決めたんだぞ)
亡き夫への思いがこもったシチューを食べて、彼女への長年の思いを断ち切ったばかりだというのに、胸が高鳴っているのにオーマは激しく動揺する。とはいえ、そう簡単に諦めきれないのも、どうしても期待してしまうのも事実だった。
(どうすりゃいいんだ)
脂汗をダラダラ流す先輩料理人を見て、
「当たって砕ければいいじゃないですか」
コムが皮肉めいた突っ込みを入れる。先輩料理人の片思いは彼にはバレバレだった(ついでにチコにもバレバレだった)。
「ふられたら、一緒にやけ酒を飲みましょうよ。おれ、いい熟女がいる店を知ってますから、そこに行きましょう」
「うるせえ。ふられる前提で話すんじゃねえ」
「え? まさか、OKがもらえると思ってるんですか? うわあ、兄貴って思ってたより図々しい人なんだなあ」
オーマの右足がコムの左足の甲を思い切り踏みつける。痛くてたまらないが、すぐ横で、真っ赤な顔でうーうー唸っている先輩を見ると笑いがこみあげてきて怒る気にはなれなかった。
(まあ、難しいところだよな。おかみさんが先代を今でも愛してるのはわかるけど、兄貴にも上手く行ってほしいしな)
そんな思いは口に出さず、コムは黙って手を動かし続け、隣のオーマも料理の支度を続けていく。結局、人の思い、というのは自分から断ち切れるものではなく、いつまでもずるずると引き摺ってしまうようにできているものなのかもしれなかった。そういうわけで、オーマはノーザ・ベアラーへの思いにこれからも悩み続けることになるようであった。
「あなたがセシルではないことは最初からわかっていました」
隣に座っているカリー・コンプにそう言われてセイジア・タリウスは驚く。
「そうなのか?」
「実はそうなのです。セシル・ジンバ、と名乗ったあなたの声に偽りを感じましたから」
はーっ、と声を上げ、感に堪えない、という様子で女騎士は腕を組んだ。
「すごいものだな。おまえは嘘が見破れるのか」
「つまらないことです。嘘が見抜けたところで、それはそれでまた別の苦労がありますから」
「しかし、わたしが嘘をついている、と知りながら、どうしてそれに何も言わなかったんだ?」
吟遊詩人は手にした楽器の弦を爪弾いた。妙なる響きが一瞬だけ生まれ、すぐに空気に溶けていく。
「わたしを助けてくれたあなたが悪い人だとは、どうしても思えなかったのですよ。何か事情がおありなのだろう、と思って、自分から話してくれるのを待っていたのです」
「悪かったな、気を遣わせてしまって」
頭を搔くセイへと詩人は顔を近づけた。
「不躾ですが、これからはセイジア、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、全然かまわない。こちらこそよろしく、カリー」
そして、2人は笑い合った。
(あらあら。セイにお熱な男子がまたひとり現れたみたいね)
リブ・テンヴィーはにやにや笑いを隠すのに一苦労していた。かなりの美形でしかも名演奏家、というなかなかの好物件というわけで、女占い師の眼鏡(実際にもかけているが)にもかなう相手だと言えた。
(そして、心中穏やかでない人たちもいるみたい)
同じテーブルについたシーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズが共に苦虫を噛み潰しているのを横目でうかがいながら、リブは白ワインを飲み干した。彼女にとって、他人の色恋沙汰を楽しみながら飲む酒はこの上なく美味しいものなのだ。
(なんだ、あの野郎。男前ってだけでも気に食わないのに、明らかにセイに色目を使ってやがる)
(いくらなんでもなれなれしすぎます。直ちに粛清する必要を感じます)
王立騎士団の団長と副長の身体から殺気があふれていき、鋭敏な感覚を持った吟遊詩人はそれをしっかりと察知していた。
(ライヴァルがいる、ということか。まあ、それも覚悟の上だ。誰が相手だろうと後れをとるつもりはない)
実戦ならいざ知らず、恋の戦いならばどんな相手だろうと負けたくはなかった。この優男は、名だたる戦士たちに勝るとも劣らないガッツを、ひそかに内に秘めていた。そして、彼は戦いの舞台へと歩を進めることにする。再びカリーが弦を鳴らすと、その音色が今度は高く響き、たちまち店内の注目が集まった。それこそが戦いの合図だった。
「セイジア、今からあなたに歌を捧げようと思ってます」
「え?」
驚く少女に向かって、
「わたしがこれだけ長く不在にしていたのは、あなたのために曲を作っていたからです。ずいぶん時間が掛かりましたが、なかなかいいものが出来上がったと思っています」
「へえ、しばらく顔を見ないと思ったが、そういう理由だったのか」
セイの呑気な声に吟遊詩人はずっこけそうになる。出立するときにちゃんと理由を告げたのに、目の前の少女はすっかり忘れているのだ。「言ったじゃん!」と突っ込みたかったが、
(そういうおおらかさもこの人の魅力だ)
とすぐに思い直していた。詩人の明晰な頭脳は、恋の力ですっかり誤作動を起こし、何があろうとセイへの思いを深める方向に作用しているようだった。
「聴いて頂けますか?」
「いや、そこまでしてもらって悪いなあ。なんだか申し訳ない」
うーん、と金髪の少女は困ったものの、
「でも、折角作ってもらったのだしな。うむ、では聴かせてもらおうか」
ぱちぱち、と小さく拍手をした。
「ありがとうございます」
と言いながら、カリー・コンプは楽器を構える。次の演奏を待ち望む他の客も興味深そうに様子をうかがっていて、
「なんだか面白そうだ」
と、ノーザ・ベアラーも店内にやってきた。その後ろからオーマとコムとチコものぞき込んでいる。6本の弦を調律し終えると、詩人は楽器のボディを、たんっ、と指で軽く叩いた。それが準備を終えた合図のようだった。
「それではお聴き下さい。タイトルは『あなたを愛している』」
(え?)
題名を聞いたリブとノーザの目が大きく開かれ、
(は?)
最高に不機嫌な表情をしていたシーザーとアルが唖然とする。彼らと彼女らの反応は、歌のタイトルが意味しているものが、あまりにも明瞭すぎたからだが、演奏が始まると、今夜食堂に居合わせた者は否応なく確信させられていた。これは紛うことなき恋の歌、ラブソングなのだ、と。
それは演奏ではなく自然現象と呼ぶべきものだった。突風、竜巻、スコール、氾濫、雷鳴、地響き。そういったものと比べるべきものだった。当代一の腕前を誇るカリー・コンプといえども、この夜の演奏をもう一度やろうとしてもできはしない。あたりまえだ。これは単なる演奏ではなく、愛の告白なのだ。やり直しなどきくはずもない。だからこそ、詩人は祈りを込めて力の限り楽器を操り歌い上げた。
音楽に造詣が深い者がこの場に居合わせたならば、カリーが駆使しているテクニックの数々に圧倒されたはずだが、その一方で歌詞の方はごく単純であった。なにしろ、「あなたを愛している」というフレーズをただひたすら繰り返していくだけなのだ。これをシンプルと言わずしてどうなる、と思いたくなるほどの単純さだ。だが、実際に聴いた者は、「あなたを愛している」というわずか9文字のフレーズに実に多種多様で奥深い意味が込められていることに、たとえるべき言葉を失っていた。
初恋の清新な喜びにあふれた「あなたを愛している」。
嫉妬と肉欲が汚泥のようにまとわりついた「あなたを愛している」。
一生を添い遂げようとする固い誓いの言葉としての「あなたを愛している」。
心にもない嘘をつくつもりで、思いがけず自分でも気づかないものを見出してしまう「あなたを愛している」。
優しさではなく激しさを秘めた、宣戦布告のごとき「あなたを愛している」。
不実な恋人をつなぎとめる、絶望的な手立てとしての「あなたを愛している」
二度とは会えない相手をそれでも思い続ける「あなたを愛している」。
違う2人が同じ1人になるための「あなたを愛している」。
ここに挙げたのはほんの一部に過ぎない。吟遊詩人から奔流のように溢れ出る心の力にあてられて、女性たちは自らが愛を告げられているかのように、ただ黙って頰を染めるしかなかった。
(こりゃ強烈だ)
ノーザ・ベアラーは眩暈を覚えてカウンター席に腰掛けた。目は回るものの、不快ではなく心地よさを覚えるのに彼女は困惑していた。
(ぞくぞくしちゃう)
リブ・テンヴィーはなまめかしい吐息を止めることが出来ない。豊かな胸をかき抱いても、身体の内側から官能が次から次に湧き出てくる。過剰な情動はもはや彼女を苛んでいる、と言ってよかった。もちろん、男も無事ではいられない。
(これはやばいぞ)
シーザー・レオンハルトは足元が崩れていく感覚と戦っていた。ろくに備えも無いままに大軍と向かい合う羽目になった、そんな不安が詩人の歌にはある。しかし、本当の問題はそこではない、と騎士団長にはわかっていた。
(ぼくでもクラクラするのに、団長は耐えられるのだろうか?)
アリエル・フィッツシモンズがまさしく危惧しているように、この歌はセイジア・タリウスに捧げられたものなのだ。少年騎士から少女の顔はよく見えないが、傑作と言ってもいい歌に心をとらえられてもおかしくはなかった。2人の騎士の焦りが限界に達しつつあったそのとき、ようやく演奏が止まった。
誰の目から見ても、カリー・コンプは疲労困憊だった。息は絶え絶えで、くすんだ灰色の髪から汗がしたたり落ちている。しばしの静寂の後、食堂に万雷の拍手が鳴り響いた。世紀の名演を目撃したのだ。たとえ手が痛くなろうが、誰も拍手を惜しむ気にはなれなかった。
詩人は観客に頭を下げた。だが、それは便宜的なものだ。彼がこの歌を聴かせたいのはただ一人で、感想を聞きたいのもただ一人だった。
「どうでしたか、セイジア?」
脱力感を覚えながらも、カリーは向かい合った女騎士に問いかけた。セイの顔が紅潮しているのが、盲目の詩人にも伝わる。確かな手ごたえを彼は感じていた。
「わたしは芸術のセンスはまるでないのだが」
ふー、と金髪の娘は一息つくと、
「だが、カリー。おまえがこの歌を作るためにどれほど苦心したのか、そして今、この歌を歌うのにどれほど心身をすり減らしたのかは、しっかりわかった。見事な歌だった。素晴らしいぞ、カリー・コンプ」
「あなたに褒めてもらえるのが、わたしの一番の喜びです、セイジア」
詩人は興奮とともに頭を下げたが、同時に不審も覚えていたので、つい訊いてしまう。
「あの、他に何かありませんか?」
「というと?」
「いや、この歌はあなたに捧げたもので、タイトルにもそういった意味を込めたのですが」
ああ、とセイは頷くと、
「『あなたを愛している』、だろ? わたしは恋愛に疎い、とそこにいるリブにもよくからかわれるのだが、おまえの歌を聴いて、世の男女がどれほどの思いを抱えているのか、教えられた気がした。大いに勉強になった」
そう言ってあっけらかんと笑い、
(わかっておられないのか)
カリー・コンプはがっくりと肩を落とした。自分はそんな普遍的なテーマを謳いあげたわけではないのに。一世一代の告白のつもりだったが、相手にはそれが伝わっていなかったのだ。断られた方がまだマシだとすら思える、詩人にとっては最悪の結末となってしまったのであった。
(あーあ。カリーくんも玉砕しちゃったか)
リブ・テンヴィーは苦笑いを浮かべながら、グラスに口を付ける。詩人に落ち度はなく、友人の女騎士にこそ問題がある、というのは女占い師にはわかっていた。
(セイは自分が恋愛の対象になっている自覚というのがなさすぎるのよね。一度お説教しておいた方がいいかしら)
と思いながらも、男性がセイに惹かれるのはその天真爛漫さにもある、というのも理解しているので、注意すべきかどうか難しいところだ、とも思っていた。
(でも、まだまだ楽しめそうで、わたしとしては何よりだわ。男の子たちのますますの奮闘を祈りたいところね)
そう思いながら白ワインをしっかりと味わう。その一方で、シーザーとアルは大いに胸を撫で下ろしていた。カリーの渾身の演奏にセイが陥落してしまう危機を脱せたのだ。安心しないわけがなかった。だが、それと同時に、
(大したやつだ)
シーザーは詩人の奮闘を認めざるを得なかった。敗れはしたが、全力で挑んだ人間に敬意を持たなければもはや騎士ではないのだ。
(先を越されてしまいましたね)
それはアルも同様だった。ウジウジして何もしていなかった自分たちよりも乾坤一擲の勝負に打って出たカリーの方がずっと勇敢ではないか。2人の騎士は吟遊詩人を好敵手として認めたのだ。
(手ごたえはあったはずなのですが、わたしがまだ未熟ということでしょうか)
落胆するカリーの左肩を誰かが叩いた。振り返ると、
「シーザー・レオンハルトだ」
と力強い声が聞こえ、
「アリエル・フィッツシモンズです」
と今度はさわやかな声が聞こえた。演奏の前に自分に敵意を向けた男たちだ、とカリーは気づいたが、
「あんたに酒をおごりたい」
とシーザーが言ったので、
「ああ、それはどうも」
とわけもわからないまま頷いた。どういう風の吹き回しだろう、と思いながらも渡された杯を手に取る。
「カリーさん、これであなたもよくおわかりになったんじゃないですか?」
少年にそう言われて詩人が首を捻る。
「どういうことです?」
「要するに、だ」
シーザーの声の位置が低くなったので、近くに座ったのがわかる。
「セイジア・タリウスというのは、そんな簡単な相手じゃない、ってことだ」
青年が自分に笑いかけたのを感じて、カリーも笑い返す。
「確かにそのようです」
「あんたの頑張りは認めるが、だが、あいつはおれがもらう」
「いいえ、あの人は必ずぼくのものにします」
2人の騎士から挑戦状を叩きつけられても、カリー・コンプの精神はまるで揺るがず、かえって闘志が燃え上がるのを感じた。
「望むところです」
詩人の猛々しい笑いは、甘いマスクに不思議と似合っていた。そう言いながら、掲げた杯に2つの杯が触れ合い、それから同じ少女に恋した3人の男たちは酒を酌み交わし合った。
「あいつら、すっかり仲良くなったな」
ははは、と笑うセイをリブは呆れ顔で見つめてから、グラスを女友達へと手渡した。
「なんだ? わたしが酒を飲まないのは知ってるだろ?」
「でも、せっかくのお祝いだから」
「お祝い?」
何のことかわかっていない様子のセイをみてリブが溜息をつく。
「いろいろバタバタしていて忘れてたけど、あなた、こないだ誕生日だったでしょ?」
「ああ」
そういえば、と女騎士も思い出す。もともとそういうイベントにこだわる性格でもないのですっかり忘れていたのだ。
「なるほど、そういうことなら一杯もらおうか」
手にしたグラスにリブが微笑みを浮かべながら白ワインを注いでくれるのをセイは黙って眺めていた。
「おめでとう、セイ」
「ありがとう、リブ」
酒を少しだけ口にしてから、グラスをテーブルに置く。
「ところで、あなた、
女占い師に訊かれたセイジア・タリウスは胸を張って答える。
「
騎士団を辞めてから1年半以上経ち、実に様々な経験を重ねているうちに、最強の女騎士はいつしか、少女とも娘とも呼べない年頃にさしかかっていたのだった。
(第3章 終)
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