第43話 吟遊詩人、女騎士さんに歌を捧げる(前編)

夜の街をシーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズが並んで歩いている。

「最初からこうすればよかったんですよ。ずいぶん無駄なことをさせられました」

「うるせえ。それはこっちのセリフだ」

部下にぼやかれた上官が面倒くさそうに返事をしたが、今夜の2人の外出は双方の妥協の産物であった。セイジア・タリウスをめぐって争う男たちは、彼女の所在が明らかになってから、相手を行かせまいと陰湿な足の引っ張り合いをしばらくし続け、相手を邪魔するのには成功しているのはいいとしても、自分もまた恋する少女のもとへ行けていない、ということに2人ともようやく気付いたのだ。これでは本末転倒が過ぎる、と両者が歩み寄って、「一緒に会いに行く」ということで合意に至ったのであった。

「これ以上、団長に会えなかったらどうなってしまうかわかりません。会いたすぎて震えてます」

「病気だったら家に帰って寝てろ」

「まあ、恋の病といえば確かにそうかもしれませんけど。レオンハルトさんが野蛮なのも病気じゃないんですか? 残念ながら、もう手の施しようがないとは思いますが」

「んだとコラ」

不毛な言い争いを続けている2人の背中が突然、

「わっ!」

と声を上げた何者かに突き飛ばされた。王立騎士団のトップ2人にいたずらをするとは度胸がいいにも程がある、と騎士たちが振り返ると、

「ははははは!」

金髪の女騎士が声を上げて笑っていた。ずっと会いたかったはずの、今から会いに行くはずの少女がいきなり現れて、嬉しい気持ちよりも驚きでシーザーとアルは言葉が出ない。

「いやあ、悪いな。よく見知った背中が並んで歩いていたものだから、ついやってしまった。それにしても、勤務時間外でも一緒に出掛けるとは、仲がいいんだな、おまえたち」

輝かんばかりの屈託のまったくない笑顔を見せられて、「ああ」とか「ええ、まあ」とか要領を得ない返事しか、男たちにはできなかった。

「しかし、アルはいつも通りだが、シーザーはおめかししてるな」

少年はグレイのスーツに青と白のストライプのネクタイをしていて、身なりに気を使っているのはセイの言うように通常営業なのだが、一方の青年は、いつもの破天荒なファッションではなく、こちらもネイビーのスーツに黒地に白のドットのネクタイで、しかも髪をきっちりセットしている。背の高いがっしりした身体によく似合っていて、「いつもこうしていればいいのに」と並んで歩いていたアルも思わないでもなかったし、今日に限ってどうしてこんな格好をしているのか、ずっと気にはなっていた。

「おれの趣味じゃないんだが、たまには違う服も着てみろ、って姐御にこの前かなり怒られたからな」

シーザーは若干気まずそうに答える。美しい占い師リブ・テンヴィーは青年の服装を常に厳しくチェックしていて、

「あなた、いつから騎士を辞めてサーカスに入ったの?」

「センスが完全にヤクザね」

「服を着ないで裸で街を歩いた方がいいわ」

「馬鹿じゃないの?」

などと罵倒され続けるのに、さすがの騎士団長もこたえていたのだ。そして、セイは今占い師の家に同居していて、彼女に会おうとすれば怖いおねえさんにも会わないわけにもいかず、そうなればまたファッションチェックをされるに違いなかったので、彼なりに気を使ってみた、というわけだった。

「いや、それなら、リブも文句は言わないと思うぞ?」

女騎士が感心したのに、シーザーも力を得て、

「だろ? これを見れば、さすがの姐御もOKを出してくれると思うぜ」

そう言いながら青年はジャケットの裏地をセイとアルに向かって見せつけた。金色に刺繍された獅子の顔が大きく描かれている。繁華街の明かりに反射してぴかぴかと目にまぶしい。

「な? おれが本気を出したらざっとこんなもんだ」

自信満々な顔をする青年騎士に少女も少年も何も言えなかった。

(やっぱり、シーザーはシーザーだな)

(またリブさんに叱られますね)

そこでアルはふと気づく。

「団長は何処かへお出かけだったんですか?」

「ああ。マグラ殿の所へ行ってたんだ」

「『マグラ通運』の社長か?」

目立ち過ぎる裏地を隠してからシーザーが問いかける。彼とアルは手紙の件で話を聞きに行ったので、事情はそれなりに知っていた。

「ああ。『くまさん亭』が大変な時に助けてもらった礼が言いたかったのと、正体を隠していたのを謝りたくてな」

会社へやってきたセイの姿を見るなり、シュウ・マグラは地面に這いつくばるかのように頭を下げ、セシル・ジンバへの非礼を詫びてきた。セイジア・タリウスが大衆食堂で働いていた噂は既に広まっていたのだ。これには女騎士の方が恐縮してしまい、

「姿を変えていたわたしが悪いのだから、顔を上げてくれ」

と頼み込む始末だった。それから、

「マグラ殿のおかげで大事な場所が守れたのだ。本当にありがとう」

と言うと、いかつい顔の運送業者は「おれなんぞにもったいないお言葉だ」と涙をこぼし続けたのであった。

「聞いた話では、『マグラ通運』は『くまさん亭』を助けたのが評判になって、最近仕事がますます忙しいらしいですよ」

「面白いものだな。あの時のマグラ殿は損得抜きでわたしたちを助けたというのに、結局それが得につながっている」

少年の言葉にセイはにこやかに笑みを浮かべる。それから、

「で、おまえたちは何処に行くんだ? もしかしてデートか?」

「ちげえよ!」

「違います!」

冗談のつもりが全力で否定されて金髪の少女はたじろぐ。

「これから、おまえに会いに行くところだったんだよ」

シーザーがやや俯きながら言うと、

「わたしに?」

セイは、きょとん、とした表情を浮かべる。

「そうです。だいぶ長いこと会ってなかったので、積もる話もありますから」

アルの真剣なまなざしを少女は受け止める。

「ああ、そういうことか。なるほどな。確かにわたしもいろいろと話したいところなんだが」

そう言うと、少女は少しだけ眉をひそめた。

「なんだ? まだ用事があるのか?」

シーザーが訊く。

「いや、用事というわけではないのだが、今から『くまさん亭』に行くつもりなんだ」

「もう仕事は辞めたんじゃないですか?」

「わたしはそうなのだが、リブは続けてるんだ。だから、この後向こうで落ち合う約束をしていたのだが」

シーザーとアルは顔を見合わせる。先に青年が口を開いた。

「それだったら、おれらも一緒に行ってもいいか?」

「いや、わたしは別に構わないが、おまえたちはそれでいいのか?」

「ええ。ぼくも久しぶりにあのお店に行きたいところでしたから」

茶色い髪の少年の言葉に、セイは顔をほころばせる。

「なら話は早い。わかった、じゃあ、今夜は3人で食事にしよう。いやあ、一緒にごはんなんて久しぶりだなあ。いつ以来だろう」

先を行くセイの金色のポニーテールが楽しげに揺れるのを見ながら、シーザーとアルはそれぞれ苦笑いを浮かべる。恋敵同士が連れ立って出かけている時点で、お互いの恋の進展は望めないのだから、それなら少女を喜ばせるのが一番いい、と彼らも心得ていたのだ。

「ところで、セイ。おまえが辞めたら、あの店でもうシチューは出せないんじゃないのか?」

「違うんだな、シーザー」

ふっふっふっ、と女騎士は得意げに振り返る。

「わたしがいなくても、おかみさんが作れるようになったから、全然大丈夫なんだ。しかも、おかみさんのは、わたしのよりも美味しい」

「え? でも、あのシチューは騎士にしか作れない、と思ってましたけど」

アルは首を捻ったが、

「美味けりゃなんだっていいさ。セイがそう言うなら、今日はその、おかみさんのシチューを注文するぜ」

騎士団長がかなり雑にまとめたところで、大衆食堂「くまさん亭」に3人は到着した。

「おじゃましまーす」

店の中に入ると、一番近いテーブルにリブ・テンヴィーの姿が見えた。仕事にやってきたはずだが、手持ち無沙汰な様子でグラスに入った白ワインを飲んでいる。勘の鋭い美女がセイたちに気づいた。

「あら、仲良し3人組じゃない」

「仲良くねえよ」

「仲良くないです」

2人の男の否定する声がハモったのをスルーして、セイがリブに話しかける。

「なんだ、珍しく暇そうだな」

「しかたないわ。今日の主役はあそこにいるから」

女占い師は薄く微笑んでから、店の奥の方を見た。金髪の少女が視線を動かすと、そこには人だかりができている。テーブルを離れた客が立ち上がって集まっているのだ。食事よりも大事な物があるのだろうか、とセイが不思議に思っていると、

「やあ。やっといらしたんですね」

人をかきわけて誰かが近づいてきた。白いターバンを頭に巻き、白い寛衣を着た若い男が杖を突いてこちらへやってくる。その眼は閉ざされてはいるが、白い歯がこぼれるかのように笑っていて、その甘いマスクに多くの女性が一目で参ってしまいそうだ。

「話を聞いて、本当に驚きました」

女騎士の顔と正面から向き合ってから、彼は小さく、それでいて力のこもった呟きを発した。

「まさか、あなたが、あのセイジア・タリウスだったなんて」

長く不在にしていた吟遊詩人カリー・コンプが、久しぶりに「くまさん亭」へとやってきて、見事な演奏で客の喝采を浴びているところに、セイたちは到着したのだった。

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