第14話 女騎士さん、深夜のまかない作りに挑む
ノーザ・ベアラーは自分が経営する店の扉を閉めると、厨房の方を振り返った。今日の営業は既に終了していた。
「セシル、準備はいいね?」
「はい。いつでも大丈夫です」
セシル・ジンバの声がいつになく気迫に満ちているのを感じながら、自らも厨房へと足を踏み入れる。他の店員、オーマとコムとチコは壁際に立って、ひとり調理場の前に立つ新人バイトの様子を見守っていた。
「それじゃあ、始めておくれ」
少女は無言で頷いてから材料を台の上に広げた。今夜のまかないづくり次第で、彼女の今後も決まるとあって、身体から気合が立ち上るのが目に見えるかのようだった。
「確かに、材料はうちの店のを使うみたいですね」
声をひそめてオーマが話しかけてきたのに女主人は「ああ」と頷く。夕方に少女に告げた時には、まさか今日いきなり彼女の腕前を試すことになるとは思っていなかったが、そういう成り行きになったことに、ノーザは驚きながらも感心もしていた。
(わたしの中ではあの時点で半分合格したようなものなんだけどね)
何より少女の物怖じしない態度に好感を持っていた。あそこで尻込みをするような奴はダメだ、と思いながら、厨房の片隅に立っているチコをちらっと見る。まかないづくりで酷評されて以来、見るからにやる気を失った見習いの扱いを女店長も決めあぐねていた。それはさておき、たとえ、今回の少女の料理が不合格だったとしても、それとは別に何か新しい仕事をさせるつもりでいた。たとえば、商人との交渉など向いていそうだ。
「いつもとそんなに変わったところはないな」
コムがつぶやく。それはノーザもわかっていた。少女を雇ってから3か月近く、様子を見守ってきたのだ。おおよその技量は把握している。見ている限り、セシル・ジンバの手つきは、一人前にはやや足りない、という感じだった。
(よほどのことがなければ、合格しなかったとしても、多少注意するくらいで済むと思うけど)
そう思いながらも、「よほどのこと」が重要な場面で起こり得る、というのも経験豊富な女性はよく知っていた。今夜ばかりはアドヴァイスするわけにもいかないので、少女の調理の行方をじっと見つめるよりほかに仕方がなかった。
(集中しろ。集中するんだ)
「くまさん亭」の女主人をはじめとした店員にはわかるはずもなかったのだが、今夜まかないを作っているのは、セシルではなくセイジア・タリウスだった。ノーザ・ベアラーに「一番自信のある料理を作れ」と言われた時に思いついたのは、まだ騎士団にいた頃に作っていたものだったのだ。しかし、国王から暇を頂戴してからは作ったことがなく、長い空白期間の存在は勇気ある女騎士にも不安を与えていた。
(あれほど練習したんだ。決して忘れるわけがない)
しかし、不安という感情はセイにとって勇気を生み出す源にもなっていて、まな板の上で肉を細切れにしていく手つきに危なげはなかった。そのうち、セイは調理を続けながら過去の記憶を脳裏に甦らせていた。
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