第13話 女騎士さん、腕前を試される

「これをセシルが一人で?」

ノーザ・ベアラーは床に置かれた籠の中に山のように積まれた芋を手に取って眺めた。どれも皮がきれいに剥かれて白く光っている。

「ええ、あれもですよ」

オーマに言われて視線を動かすと、いくつもの籠に処理された野菜が入っているのが見えた。すぐにでも調理に使える、というのが経験豊かな女料理人には見て取れた。

「なかなかのものだね」

「おれの勘ですけど、あの子、ここに来る前にどこかの店で働いていたんじゃないですか? 素人にしては手際がよすぎる」

「そんなこと言ってなかったけどねえ」

何か不都合があって隠しているのだろうか、と考えてから、

(まあ、そのときはそのときだ)

と思い直して、ようやく芋を籠の中に戻すと、

「それじゃあ、少し早いようだけど次の段階に移ることにしようか」

「おかみさん、あまり嬉しそうじゃありませんね」

セシル・ジンバが「くまさん亭」で働くようになってもうじき3か月になるが、これまでのアルバイトと比較しても、彼女の成長はかなり早い方だ、とオーマは感心していた。にもかかわらず、女主人が浮かない顔をしているのが小柄なベテラン料理人には不思議でならなかった。

「いや、だって、今までは見習いとして見てきたけど、こうなると半人前ではあっても料理人として扱わないといけなくなるだろ? それはそれで頭の痛い話さ」

つまり、セシル・ジンバを今後は料理人として厳しく指導しなければならない、ということなのだろう。

「なんで笑うんだよ」

思わず噴き出したオーマを女主人が睨みつける。

「いや、おかみさん、セシルがかわいいんだな、と思って。だから、厳しくするのが嫌なんだな、って」

「馬鹿言ってんじゃないよ。わたしはこの店の店長として、店員は誰も特別扱いするつもりなんてないんだからね」

「はいはい。わかってますって」

顔を真っ赤にして反論するノーザを適当に受け流すオーマ。2人の付き合いは25年近くにわたるもので、店長と部下というだけでなく、友人同士としての関係性も多分に含まれていた。

「まあ、それはどうだっていいんだ。とにかく、あの子にをやらせることにしよう」

「はい。わかりました」

「ただいま戻りました」

ちょうどそこへセシルが店の入り口から厨房に戻ってきた。夕方の混み出す時間の前に、コムとチコと一緒に買い出しに出かけていたのだ。

「おや、お帰り。セシル、あんたに話があるんだ」

「なんですか、おかみさん」

手にした袋を調理台に置いて三つ編みの少女がひょこひょこ近づいてきた。

「今度、まかないを作ってもらうよ」

まかない、というのは店員のための食事で、もちろん作るのも店員である。基本的には店の営業が終了した後に作られているのだが、単なる食事というわけではなく、料理人の腕前を試したり、店の新メニューの試作品を出したりするなど、実験的なねらいも多分に含まれていた。

「何を作ればいいんですか?」

ノーザの言葉にもセシルが慌てないのは、以前にもまかないを作ったことがあるからで、ミートポテトやチーズ入り肉玉など、店の定番メニューを作るように言われて、その通りに作ったのだった。自分なりに一生懸命作ったつもりだったが、ノーザたちに不手際をいくつも指摘されて、「まだまだ全然ダメだ」と少女は経験不足を痛感させられていた。

「いや、今度は今までと違う。あんたの好きなものを作ってくれ」

「はい?」

何を言われているのかわからずに戸惑う少女だったが、

「おお、セシルちゃんにもとうとうこの時が」

と2人の話を聞いていたコムはにやにや笑い、チコの表情は暗くなった。

「うちのことは関係なく、あんたが一番自信のある料理を作ってくれたらそれでいい。今のあんたの全力を出してほしいんだ」

つまり、今度のまかないはセシルにとって料理人としての試験である、ということのようだった。これまで「くまさん亭」で働いてきた料理人たちが潜り抜けてきた道ではあったが、そういう事情は知らなくても、ノーザ・ベアラーの「全力を出してほしい」という言葉にセシルの中に潜むセイジア・タリウスの闘志は燃え上がった。もとより、まかない作りは大事な修業な場だと心得ていたのだが、それだけでなく、今の自分自身の力を測られようとしている、とあっては女騎士の闘争本能に火がつかないはずがなかった。

「わかりました! このセシル・ジンバ、まかないを作らせていただきます! 今のわたしのすべてをこの一食にかけようと思います!」

店内の空気が大音声だいおんじょうでビリビリ震え、ノーザたちの鼓膜に痛みが走る。

「こら! セシル、店の中では声を落とせって言ってるだろ。ただでさえ、この前のあんたの歌でだいぶガタが来てるんだから、気を付けておくれよ」

「ああ、すみません、すみません」

平謝りする少女を見た女主人は苦笑いを浮かべてから、

「まあ、気合だけは大したもんだって認めてやるけどね。そういうわけだから、あんたの準備が出来るまで待つことにするから、用意が出来たらいつでも言いな」

「用意、ってどういうことですか?」

「いや、だから、材料を調達する必要もあるんじゃないか、と思ってね。今回はうちではふだん使っていないものを使っても全然かまわないからさ」

ノーザにそう言われて少女は少しだけ考えてから、

「大丈夫です」

と短く言い切った。

「大丈夫、ってどういうことだい?」

「うちの店にある材料でなんとかなると思います」

ふーん、と言いながらノーザは天井を見上げてからまた少女に視線を戻す。

「ということはだよ」

厨房に緊張感が走ったのを、当事者ではない3人の男たちも感じた。

「今夜、店が終わってからでもかまわない、ということなのかい?」

女主人の目がいつにも増して鋭くなる。

「はい。それでかまいません」

しかし、新人の女子は店長の眼光にも全くひるむところがなかった。

(うわあ。おれだけもっと遅く帰ってくりゃよかった)

2人の女性が睨み合うプレッシャーに耐えかねたコムが心の中で弱音を漏らす。

少女から視線を外したノーザは、ふーん、と天井をもう一度見上げると、

「あんたがそう言うなら、こっちこそ全然かまわないんだけどね。じゃあ、今晩まかないを作ってもらうから、そのつもりでな」

「わかりました」

頷く少女に、じゃ、と手を少しだけ上げて応えてからノーザ・ベアラーは裏口から出ていった。その唇に浮かべられた薄い楽しげな笑みは店員たちからは見えなかった。店長が出ていくのを確認してから、3人の男たちは大きく息をつく。

(おかみさんと堂々と渡り合うとは、この子、どういう根性してるんだよ)

オーマは驚きを通り越して呆れていた。ノーザ・ベアラーはこれまでいくつもの逆境を乗り越えてきた筋金入りの根性の持ち主なのだ。しかも、まかないを今晩いきなり作るなどと言い出すとは。ただの食事ではないと分かっているはずなのに、何故不利ともとれる状況を自ら望むのか、20年以上料理の世界で働いている男にも理解できないことであった。

「セシルちゃん、話を聞く限りでは、何を作るかもう決めてるみたいだな?」

「ええ、そうですね、コムさん。『一番自信のある料理』と言われたら一つしか思いつかなかったので」

「へえっ。そりゃ楽しみだ」

「なあ、セシル」

小柄な男に呼びかけられた少女が顔を上げる。

「あまり脅すつもりはないが、ここが正念場だと思った方がいい。おかみさんはおまえに全力を出せ、と言ったが、おかみさんも必ず全力を出してくるし、おれも全力を出す。だから、まだ新入りのおまえにはつらいことになるかもしれないが、おかみさんもおれたちも、おまえが憎くてやってるわけじゃない、というのはわかってほしいんだ」

その言葉を聞いて、地味な外見の少女に似合わない不敵な笑みが浮かぶ。

「全力を出していただけるなら、それは大いに望むところです。どんな結果になっても、文句を言うつもりはありません」

夏も近いというのに身を切るような冷たい風が吹いた錯覚に男たちは襲われる。

(料理の腕はともかく、度胸はおれよりこの子の方が全然上だ。まったく、若い娘がどんな人生を送ったらそうなるんだ?)

(おれ、今夜心臓がもたないかも)

オーマとコムがそれぞれの感慨に耽っていたのに対し、チコは、

(絶対上手く行くわけないだろ)

と少女の無謀を嘲笑いたい気持ちになっていた。彼も半年前に今の少女と同じようにまかないを作った結果、プライドをこっぱみじんに粉砕されて、そこから今でも立ち直れずにいたのだ。



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