第2章 女騎士さん、食堂で働く

第1話 女占い師、友人と再会する

春と呼ぶにはまだ肌寒い午後だった。

リブ・テンヴィーは薄暗い部屋の中ででひとりくつろいでいた。ごちゃごちゃと物がひしめき合うこの部屋は、彼女の自宅の居間であり、また仕事場でもあった。玻璃の杯の半ばまで満たされた濃い赤色の液体をリブはゆっくりと飲み干してから、

「おいし」

とつぶやいて、唇についた雫を赤に染まった舌で舐め取った。酔いが体の中をじわじわと浸していくのを感じる。彼女が今飲んだのは昨日の客から代金代わりに受け取った酒だった。別に高級品ではなく、安物といっていいものだったが、リブは十分に堪能していた。高級なものしか受け付けない、本物しか認めない、という人間が貴族には多いことをリブは知っていたが、彼女はそんな人々を小馬鹿にして憐れんでもいた。安いものには安いものなりの、ダメなものにはダメなものなりの良さがあって、そういったものを知らなければ、本当の意味での楽しみを知ったとは言えない、というのがリブの考え方だった。

(ダメなのに良い、というのは変なんだけど)

そう思って、ひとりだけでくつくつと笑う。頭の回転がきわめて速い彼女には絶えず自らを批評し突っ込みを入れる癖があった。

部屋の空気が突然冷たくなったので、リブは扉の方に顔を向けた。誰かがやってきたらしい。予約などはなかったが、飛び込みでやってくる客は珍しくない。見ると、扉の前に誰かが立っている。音もさせずに入ってきたようだ。どなた、と呼びかける前に、リブは人影をじっと見つめた。最初に目に入ったのは、ソンブレロ、と呼ばれるものに似た、つばの広い黒い帽子だった。服も黒く、ジャケットには白い糸が縦にギザギザと縫われているのが見える。たぶん旅装だろう、とリブは見当をつけてから、

(あら?)

もうひとつのことに気づいた。帽子も服も男物だが、身体がほっそりとしていて、男のようには見えなかった。つまり、男装した女性だ、と。その人物が部屋へと足を踏み入れる。

「相変わらず暗い家だな」

発せられた声は女性のもので、リブの見立ての正しさが証明されたが、それが耳に届いた時点でリブは誰がやってきたのかを悟って、思わず立ち上がっていた。長い間顔を見ていなかった友人が帰ってきたのだ。

「セイ、久しぶりね」

そう言って微笑みかけると、帽子に隠れていない口許に笑みが浮かぶのが見えた。

「ああ、久しぶりだな、リブ」

帽子を取ると、子馬の尾っぽのような金髪の束が、窮屈さから解放されたのを喜ぶかのように飛び出してきた。青い瞳が強い光を発しながら自分をとらえているのをリブは感じた。再会を喜んでいるのは自分だけではない、というのも感じたリブの胸が温かくなっていく。

「あなたにはいろいろと聞きたいことがあるわ」

「わたしからもいろいろと話したいことがある」

そう言いながらセイは椅子に腰かけ、リブもまた座り直す。

(きっと長い話になるわね)

そう思いながら、リブは杯に酒を注ぎ直すことにした。


セイジア・タリウスが、アステラ王国の首都チキに戻ってきたのは、騎士団長の職を解かれてから1年が過ぎようとしていた春の日のことだった。

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