2.都合のいい夢でも覚めないで

  彼女は転送された草原からとことこと歩き続けていた。その顔は希望に満ちており、まるで遠足前の子供のようだった。

歩きながら彼女はブツブツと呟いた。



 「でも、何も気にせずに本を読むことが出来るって言ってもやっぱり肝心の図書館が無くっちゃねぇ。いや、たくさんの本がある空き屋それもお屋敷レベルのが一番いいんだけど」

 とまあなんとも都合のいいことを言いながら歩くと「ここから先、リディルの街」という看板が目に入った。

 「街……そうだわ! ここで情報を集めましょう!」

春はそう意気込み早速街の門を潜った。



 リディルは様々な人でごった返しており、どこもかしこも賑わっている。

人混みはあまり好きではない春もこの街の活気に当てられどこか興奮していた。

「にしても楽しそうね~、ここに住むのもいいかなー、なーんてって違うでしょ!」

自分でツッコミながら春は街を進んでいく。

 「そう言えばこの街っていわゆる不動産屋というのは無いかしら、ちょっと探してみましょうか」



 そこからしばらくして、春は様々な家の情報が貼られている看板を見つけた。

貼られている紙の種類は多く、賃貸や売却、購入などたくさんあった。

その中で一つ、春は気になる物件を見つけたのだ。

 「お屋敷売ります。部屋は多数、図書室もついています……だって! なんて理想の物件! こんなにも早く見つかるなんて! そうと決まれば、行くしかないわよ! たとえ騙されたとしても大量の金をふんだくられてもいいわ!」

春はその紙に書かれてあった不動産屋に向かって走り出した。



 「すみませーん。張り紙を見て来たんですが」

先ほどの看板から走ってすぐの所にその不動産屋はあった。

春は不動産屋のドアをゆっくりと開けて入った。

春の目の前には恐らくそこの受付の娘がおり、先ほどまで何か読んでいたようだが、春に気づくとそれをしまい、春に目を合わせた。



 「はい、何かご用ですか?」

 「うん、先ほどここの近くの看板に貼ってあった物件について知りたくて来ました」

 「それはどのような物件でございますか?」

受付嬢が丁寧に言うと春は先ほどの看板から取った一枚の紙を見せた。

すると受付嬢の顔がみるみるうちに変わり、驚いた表情になった。



 「これは……まさか本当に買ってくれる人がいるとは!」

 「え? 一体どういう事?」

不思議そうに春が聞くと受付嬢は少し咳をして落ち着かせてから説明した。



 「こちらの物件は半年前まではとあるお金持ちが持ってたんです。しかし、つい半年前にぽっくり逝ってしまって、他の物件はすぐに買い取り手が見つかったり、お子さん達が引き継いだりしたのですが、こちらの物件だけは中々引き取る人が見つからなくて困ってたんですよね……」

 「えー……そうなの勿体ない。結構いいと思うけどな」

 「私としてもかなり魅力的だと思いますけどね……。如何せん大きすぎるし、ちょっと街に離れた丘にあるというのもネックになってたんでしょうね……」

 「そうだったの……。ところでお値段は?」

 「賃貸ですか?それとも購入ですか?」

 「買います」

 「分かりました。では金貨20枚になります」

 「こんな大きい家が金貨20枚!? ちょっと安いんじゃないの?」



 いくら買い手がないといえども流石に金貨20枚で買えるとは思っていなかった春は驚いた。

そんな春に受付嬢は冷静に苦笑いをしながら説明する。

 「先ほども言いましたようになかなか買い手が見つかりませんからね……この大きさではかなり破格ですよ。ところで一括で支払いますか? それとも毎月2枚の支払いにしますか?」

 「ちょっと待ってね……」

春は財布らしき物があるか探していた。すると腰の左側に袋があり、そこに金貨がぎっしりと詰まっているのが見えた。

その量を確認し、受付嬢の方を見る。

 「あ、一括でお願いします」

 「はい、分かりました。ではこちらのトレーに金貨を、あとサインお願いします。後こちらは鍵になります」

 「了解しましたー」



承諾書にサインを書き、受付嬢に渡した春。その紙を確認した後、受付嬢は春に鍵を渡し、また地図を渡した。

 「こちら家までの地図になります。特殊な物で出来ているので迷うことは無いですよ」

 「親切にありがとうございました」

 「いえいえ、それでは良き生活をお過ごし下さい」

 「はーい!」

春は元気よく不動産屋から出た。



 「さてと、よしここだな!」

先ほどの不動産屋から貰った紙を頼りに歩くこと約20分。春は件の物件に辿り着いた。

その物件は流石お金持ちが持っていただけあってかなり大きく、彼女の身長の10倍はありそうだ。

「しかしまぁ改めてみると…やっぱり凄いな…圧倒されるわ」

少し困り顔になるも、ここに自分の望んだ世界があると分かりきっている春は扉の鍵穴に鍵を入れ、回した。



 「うっわぁ、広い……」

 目の前に広がる光景に春はびっくりし、しばらく固まっていた。玄関だけでも前世暮らしていたアパートの自室よりも大きい。

また受付嬢の言うとおり、部屋も多くどれも広そうだった。

しかし彼女はそんな部屋にも目をくれず、図書室を探し始めた。



 屋敷の様々なフロアを巡ってようやく春は図書室を見つけた。

図書室は他の部屋とは比べものにならないほど大きく、辺り一面に本棚があり、どれもこれもびっしりと本が詰まっていたのだ。

 春は早速1冊の本を手に取り、近くにあった椅子に座って読書を開始したのだ。


そして3か月間、彼女はそこを洗濯と風呂とトイレ以外で離れることは無かった。

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