第5話 倒れる理由
遠くでバタバタと音がして、静かになった。
すぐ傍でガタンと誰かが椅子に腰かけた音がして僕はゆっくりと目を開けた。
「あ、起きた?」
聞きなれた声がして首を横に向ける。
そこには心配そうな目をした咲良がいた。
「もしかして俺、倒れたの?」
「うん。啓ちゃん呼びに行って戻ってきたら。焦って救急車呼んだよ。めっちゃ緊張した」
「そっか、わりー」
「ひとまず今日は入院。過労だって。明日検査して問題なければ帰っていいってさ」
咲良はそう言いながら携帯をいじっている。
「あ、さっきまで啓ちゃんいたから。一応、報告」
「あ~扉絵、書き直さないと」
失敗した原稿を思い出して僕は布団から出した手を目に置く。
「まだ時間あるから大丈夫だって。ここんとこスケジュール厳しかったしね。啓ちゃん、気にしてて再来月の単発の読み切り、キャンセルしたって。だからゆっくり休んでいいてさ」
咲良の話に少しだけホッとしたが、何だか申し訳なくてため息をつく。
「誰か呼ぶ? プライベートは干渉しないって約束だから俺が付き添ったんだけど」
そう言って咲良は僕の携帯を差し出した。
「いや、いい」
そんな人はいない。両親は離れて暮らしているし、兄とは疎遠だ。
「彼女は?」
そう言えば咲良には話していたんだっけ。
だけど、その後は報告してなかった。
「別れた」
啓くんにメールを送っていた咲良は派手に携帯を落とす。
確か前に報告した時は結婚するってやんわり匂わせていたような。
「何か、俺って結婚話するとダメになるんだよな」
原因は自分では分からないけど、今回で三回目。
恋人なら上手くいくのに、結婚って意識すると必ずダメになる。
で、振られて妙に傷つく。いや結構傷つく。で。
「それって最近の話?」
「三ヶ月くらい前かな? 超忙しくて助かってた」
「相変わらず顔にも態度にも絵にも出ねぇ」
「ん? 何が?」
携帯を操作する動きを止めないままの咲良に僕は尋ねる。
「晴ちゃんなら二週間は俺ら全員巻き込むよ。司音はきっちり報告するし、だからそういうとこじゃない、倒れる理由」
例題に上がらない二人のチョイスが咲良らしい。
普段は何もなかったように接するけど、こういう話題の時にはやっぱりどこか居心地が悪いんだろう。
だから僕も敢えて言わない。
「言えば楽になるってことでもないんだよなぁ~。だからダメなのかな?」
「だからそういう話題、俺に振るのはマジやめて。正直、まともなコメントは一生うまれないから」
咲良の自虐ネタに僕は少しだけはにかんだ。
「お前だけじゃないでしょ。みんないい大人なのに誰一人、結婚どころか恋愛も上手くやれてないってさ、今や日本だけじゃなくて世界へ発信してるTENとして」
やっぱり僕は傷ついていたのかもしれない。
滅多に口にしない、自分たちの経歴のネタを求められてもないのに自分から発するなんて。
「とにかく今日は俺がついててやるから、ゆっくり休みなよ」
咲良はそう言って少し離れたソファに横になる。
年下で口は悪いけど、僕に関しての察しは誰よりも敏感だ。だから僕はどこかで彼に甘えている。
「だいたい八木さんがTENネタぶち込んでくるときは、本気でヤバい時だから」
「ごめん、もう寝るよ」
僕の言葉に咲良は背を向けたまま手だけを振る。
それを確認して僕は深呼吸をすると、今度は自分からゆっくりと目を閉じた。
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