第1話 2009年 八木亮介編 【君は誰だっけ?】
《2009年》
それは突然にやってきた。
いや、突然ではなかったのかもしれない。
予兆、予感、予測、他に似たような感覚は確かにあった。だが、その日まではどこかで不安を感じつつも乗り越えられていた。だから深く掘り下げなかった。すまして通り過ぎれば問題はないと思っていた。
つまりは浅はかだった。
自分のことなのに、自分自身のことなのに、僕は分かってなかった。その瞬間がきた時でさえ、そのことに気づいたのは自分ではなく伊藤咲良だった。
「八木さん、大丈夫?」
聞こえた声に顔上げると、彼の固まった表情が目に入り、次にインクが用紙に広がっていく進行形の映像だった。
「昨日、眠れなかったの?」
彼が立ち上がって、僕からペンを取り上げると額に手をあてた。
「熱はないみたいだけど、今日はここでやめにしよう」
何をしていたんだっけ? そんな問いが浮かんではくるものの答えは返ってこない。
「咲良、俺って何してた?」
「何って、来月の扉絵のデザイン書くって」
彼はインクの染みで台無しになった用紙をトントンと指さした。
「ああぁ、そうだったっけ?」
目の前の机には目を見開いた男の子の顔が大きく描かれ、首から黒い血を流している。
「本当に大丈夫なの? 病院に行ったほうがいいじゃない? ちょっと待ってて。まだ啓ちゃんがいれば送ってもらえるし」
咲良が慌てて部屋を出ていく音がして僕は自分の描いたであろう男の子と目を合わせた。
「君は誰だっけ?」
僕の問いに用紙の中の彼があけていた口を閉じて、ニヤリと微笑んだ。
【君が思い出すまで、俺は何も教えない】
その声が頭の中で流れ終わると、僕はそのまま気を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます