【とりあえず一話だけ】F-X??◆次回作概念実証作品シリーズ【人気出たら続き出す】

森本 有樹

F-X1 風間さんと孤高の天使

「お迎えに来ましたよ。ほんともう、こんなところに出るなんて。」

 イルゼ・ルイーゼ・ツァフェルト……ミドルネームは尊敬するパイロットである祖母からとった少女……は家のドアの向こうでむすっとしているもうひとりの少女に穏やかな声でそう語った。

 彼女、マリア・グレーネマイヤーは何も言わず、その背中の褐色模様の翼を畳むと静かに敬礼した。イルゼはそのまま手招きで車に手招きする。トラバント、東ドイツの大衆車だ。

「まったく、みんな集まっているのにひとりだけ……。」

 車を出しながらイルゼは語りかける。

「意地をはらなくてもいいんですよ。みんなあなたが一番のパイロットだと知っています。それに……」

「黙れよ。」マリアは刺すような返答をしたまま、だまって外を見ていた。

「私はJG109を愛していた。でも、ここに私のJG109はない。」

「そうかも、しれませんね。」イルゼはそう答えた。「あなたが望むようにはならなかった。でも、なら、何故今日飛ぶと決めたんです?」

「こういう時は飛ばないといけないからね。」言い返した少女はまるで会話に興味も意味もないとでも言いたいかのように再び外の町並みに目を逸した。「ちゃんと飛んでおかないと、後々評価に関わる。」

「だったら、楽しく飛びましょう。」それ以上イルゼは言葉を続けようとしたが、「黙れ!」という言葉が彼女の言葉を遮った。「お前に何がわかる!最終的には馬鹿が聡明な世界を飲み込む。ニーチェもイ・ガセットも、歴史的な著名人はそう言っていたはずだ。悪貨は良貨を駆逐する。馬鹿は救えないし救う価値はない。弱さを恥じるどころか権利ばかり要求する。」それから一息置いて、「当初、父さん達が志高い理由で生んだJG109の理念なんて誰も覚えていない。」

「だから、部隊から能がない、やる気がない人間を追い出すのに躍起になっていた、と?」

「そうさ、JG109に無能はいらない。そうだろ!」

 問われたと思い、イルゼは直ちに反論した。

「いいえ、あなたの理念は、ただ虚しいだけです。」

 後席の少女は反応を見せない。

「そうやって排除を繰り返していっても最後に残るのは排他的で小さな集団です。そんな集団が航空戦というはい、みなさんで協力しましょう、というのはいささか難しいかと。」

「そうかな?JV44や343空も、惰弱を切り離したエリートだった。何が悪い。」

「そのエリートが戦局をどう変えました?」

 返答はない。うめき声のような声が後ろから響いてきただけだった。

「あなたがJG109に対して並々ならぬ思いを持っていたのはわかります。しかし、残念ながら今の109は方針を変えたのです。いつまでも孤高では居られない。だから、広く、興味を持ってもらった人を集めて、その中から頑張れる人を集めて……って、そんな風に……。」

「そしてゴキブリに飲み込まれた。違くて?」

「そうですか、あなたは今の現状をそう、捉えるのですね。」

 貴女程のパイロットがスタメンに居てくれれば、というのは今でも思いますが、と付け加えたが、それは少数精鋭主義からの妥協、精神的にも、能力の質的にもJG109は全員精鋭であるべきだという意見を曲げることはなかった。

 基地に戻り、全員がわざと堅苦しい姿でマリアを見送る。それから戦線の説明、西側は東側に大きく食い込んでいる。まもなく大規模な衝突が始まる。その時にどちらかが決定的な優勢とならない場合、核戦争が始まる。そうなっていた。

「このまま押し込まれると、我々は負けてしまいます、しかし、皆様がしっかり戦っていただければ、五分の戦いまで持っていけます。」

 イルゼはそう鼓舞するとブリーフィングは解散、自分の機体に向かった。MiG-29STM、マリアはその横のSu-27SMに乗り込む。エンジンスタート、プリプラント・チェック開始、その時にイルゼは友人の風間からのメッセージを認めた。

「これから上がります。ブルズ・アイ到達時刻は23:30」

「了解。付き合ってくれてありがとうございます。」

「わかりました。」

 通話を確認しているうちに各種システムの立ち上げが終わっていた。窓の外で何かが動いた。分度器にような国籍表示。先にマリアが動き出していた。

 こちらもパーキングブレーキを解除して離陸、Su-27の流麗な背中を置いながらイルゼはその後を追った。


『で、その、風間って、どんな奴なの?』

 イルゼの右15キロを飛ぶマリアはそう訪ねてきた。

『あら、聞きたいですか?』

 一応ね、という答えを待ってイルゼは『まだまだ新米の子です。』と答えた。

『でもですね、空を飛ぶ、という情熱にかけては誰にも負けていませんね。強いわけでは有りませんが、戦闘機を勢いよく振り回すことが好きで好きで……』

だから、ついつい応援したくなってしまう、と言うとマリアは『そんなに好きになれるか?そいつ。』と、既に興味を失った、という声で返答する。

『努力するやつは嫌いじゃないが、効率的な努力をすべきだ。真面目にやらない努力は実らない。流した汗は、嘘を付く。』

 それにイルゼは何かを言おうとした、が、それはRWRの音に遮られた。

『ロトよりヴェスタへ、ブルズアイより9時より2機、ホット(接近)、高度2万2千、速度800。』

『了。一番機、ターゲットはリーダー(先頭)、発射後左旋回。』

二人は増速する。

『イルゼ、いい、私がいいと言ったらクロスチェンジする。ちゃんと狙うターゲットを逆さにしなさいね。』

『言われなくても、指示さえ出していただければ。』

『汎用な連中とつるんだその腕、鈍ってないって証明して。』

はい、と返す。そして、二人はターゲットを示すシンボルに静かにカーソルを合わせた。

『私の目の前でね。』

 イルゼは増槽はまだ落とさない。燃料を確認。それから、HUDに映った輝点を見て静かに心をマリアの用に空の戦士のものへ変えていく。

「では、風間さん、始めましょう。容赦は一切致しません。」



 風間、千秋はやってきた敵機をTWSモードで選択、追尾を開始した。兵装選択、AIM-120。

『滝くん?準備はいい?』

『ああ、いいさ、お前の友人の頼みだ。抜かりは無しだ。』

 2番機を務める滝 竜平も同じく相手を追尾。2機のF/A-18Cは速度を上げて距離を詰める。

『20マイルを切ったら、三秒数えて撃つ、あとは、流れに任せる、でいいよね。』

 OK,と滝が返した時、彼我の距離は丁度20キロを割った

 4人が『FOX3!』を宣言してミサイルを発射したのは同時だった。

 R-77とAIM-120が飛び出す。イルゼは左、マリアは右、そして対する滝はイルゼの居る右、風間がマリアと鉢合わせする左。

 アクティブレーダーミサイルが自立誘導に入ると四者はぐるっと反転……ドラッグ軌道……に入る。それから、数秒高度を可能な限り低く下げた後、得た運動エネルギーを高度に変えながら反転する。そしてもう一射、これを相互に繰り返す。

『イルゼ、そのまま円運動を維持、戦場を右傾させる。』

『了解。』

 2射目では、イルゼは円を描いて回避、そして振り向く。風間、滝も同じだ。が、ただ一人、マリアのみが円運動をせず、6時方向に少しだけ進路をとって蛇行、ほんの少しイルゼに寄る。風間は精一杯で気づかない。2射も撃墜なし。

『イルゼの話では、とにかく強いって言うが?手応えがないな。』

 滝はぶつかったときの感想をそう述べる。一方風間はイルゼとの付き合いの長さから彼女が無駄に誇張をしているとは思えなかった。

『わからないよ滝君。もしかしたら、まだなにか隠しているかも。』

 リミッターのパドルスイッチを指にかけながら風間はそう語る。

『お前がそういうならそうかもな。』

 の返答が来る少し前、風間はリミッターを解除。相変わらずアフターバーナーは全開、速度がみるみる減っていく変わりに素早く旋回、敵と再び正対する。加速に劣ると評判のF/A-18Cだが、こんな低空低速からのスタートなら差はそうでまい。風間は真正面を向いてそのまま加速する。3射目、素早く旋回したイルゼは滝に向けてミサイルを発射。彼我の距離はギリギリだ。

『いくぞ、回避が終わったら、クロスチェンジに入れ。』

 マリアの声がする。滝、イルゼは回避中。イルゼとマリアの距離は、それより近い。回避が終わったら、二人はそれぞれ目標を交換する。混乱は一瞬だ、だが、それで十分だとマリアは読む。

 滝はミサイルを回避する。イルゼもミサイルを回避する。が、その時、異変が起こった。

 戦況表示ディスプレイからイルゼが消えた。素早く新しい敵に正対を、と思って旋回を終始リミッターカットで行っていたイルゼは速度が低下して十分にミサイルから離れることができずに撃墜されたのだ。

『風間、イルゼを落としたぞ!』

『え?本当?やったあ!』

『よし、畳み掛けるぞ。1対2だ。』

 そんな無線はマリアには聞こえなかったがその有り様ははっきりと分かる。

『あいつ……。』

 計画は裏目に出た。が、今更どうにもならない。マリアは予定を変えて風間を振り向く。

『イルゼは惰弱になった。ただただ、雑魚と戯れて、まともに戦える能力を失ったんだ。』

 ミサイル発射。機体の速度もミサイルのそれも、ワンテンポだけ早い。風間は回避する。

『惰弱なものと付き合っていると、惰弱になる。』今度は滝にミサイルを発射。近づきすぎていた。刺し違えでもいい、有利なのはこっちだという思い込みが仇となった。『私は、ひりついていたいんだ。創造性を何もしない言い訳と何も出来ない言い訳に使うくせして独創性があると自惚れてひときわ権利を要求する。』R-27ET、赤外線誘導中距離空対空ミサイルがR-77に先立って発射される。『そんな馬鹿だからイルゼは落ちたの。私は、違う。』

 鋭い回避。滝は回避するが間に合わない。アフターバーナーを焚いた機体は赤外線誘導ミサイルの格好の餌食になる。

『被弾した。すまん、風間。』

 瞬間、機体は爆発。

『え?この人と一対一?!』

 驚く風間だったがやるしかない。向こうは中距離ミサイルは赤外線誘導のものが一発、風間はまだ2発のAIM-120を持っている。

 だが、それは当たることはなかった。一発は地面に吸われ、もう一発も回避された。風間はとどめにAIM-9X短距離空対空ミサイルを発射したが、回避される。イルゼが言っていたとおりだ、まるで刺すように鋭い。それでいて冷酷無慈悲。そんな飛行。ガンレンジで交差する。

『強い、だけどなんだろう……。』

 心を自分から閉じている、そんな風に風間は感じた。

 信じがたいことに現代戦闘機でドッグファイトが始まった。風間は増槽を切り離して旋回戦闘に入る。捉える、ガン、レディー、ガンズ、ガンズ、しかし、無理した機関砲の射撃姿勢は射撃直後にくずれる。相手には一発だけ当てたが致命傷となる場所ではなかった。逆に失われたエネルギーを回復できない風間。水平旋回戦闘はすれ違う度に徐々にマリア有利になっていく。

『落ちろ、軟弱者!』

 旋回に勝ったのはマリアだった。風間は振りほどこうとするも、2射線を躱しただけだった、3射線目、衝撃と共に風間は突き上げられる衝撃に襲われた。

『2機とも落とした。』

 当然だ、と呟いてマリアのSu-27はそのまま上昇を続ける。双方のポイントを確認、大きく東側が押し返してドロー。

『全機へ連絡、NATO、およびワルシャワ条約機構は核戦争に踏み切った。繰り返す。』

 無線からそう聞こえた。

 高い高度に水力任せで上昇する。核の爆発の光景がよく見える。勝ったのは私だ。エースは、こうでなくてはならない。

 核の炎が迫る中、彼女はその確信を更に深めた。

 研ぎ澄まし続けるものだけが、勝者となる。


イルゼはそのまま彼女が落ちたのを確認してサーバーから出た。

『今月の戦闘結果、西側53、東側47、勝者なし、結末:核戦争』という数値はもはや彼女にとってはどうでもよく、そのままフライトシュミレーションを閉じ、フルダイブをオフにする。

重力が反転して背中が地面になる。そして魂が自分のベッドの上に帰還したのを確かめて、イルゼはフルダイブVR用のヘルメットを脱いだ。そしてそのまま、はちきれそうな自分の感情が誰にも壊される事なく萎んでいくようにするため、誰にも話しかけずにそのままベッドで眠りについた。




――2日後・JG109公開サーバーサーバー「エアラウンドバトル」トロレンハーゲン航空基地にて――

「で、その人は、やっぱり駄目だったんですか?」

 風間はテーブルの対面で忙しく手を動かして紅茶に砂糖を運ぶイルゼの話に、ため息をついた。

「騎士の心は騎士の中で完結してしまう。残念ですがそういうことでした。」

 スプーンを紅茶に入れて、もはや紅茶味砂糖となったそれを口に運ぶと、イルゼはふう、と息を吹いて冷ました跡、口に運んだ。

「あの人は、JG109の立ち会いをした人物の一人の娘、当時バーチャルパイロット育成のトップガンだった109の少数精鋭主義の時代が正しい109だ、という認識なのでしょう。」

微糖の紅茶を静かに置いてた風間は、分からない、と答える。今でもJG109はドイツはおろかヨーロッパ屈指のバーチャルパイロットクランだ。そのなかから更に選良されたエースはエースとしてチーム公式のEスポーツチームとしてサラブレットとしての育成を受ける。それで、駄目なのか、と。

「エリート意識ですね。見ていられなかったんでしょう、一般の隊員がガールズトークにかまけている。トップエースもその中に交じる。そんな光景が。」

 そんなものかなあ。と風間はちょっと悲しそうな顔のイルゼを見ながら紅茶を口に含む。イルゼも同様に紅茶を含む。

 電子合成された紅茶が静かに喉の奥に消えていく。そして、それと一緒にイルゼの脳裏から尊敬に値するエースの姿が、消えていく。

 彼女は実際にマリアにあった事があった。あの時、本当のマリアには羽根がないことに違和感を覚えたことを覚えている。

 どうしてかしら、と考えたことがあるが、今なら分かる気がする。おそらく、それは彼女が地上の重力の中で大勢の中で生きていくことが似合わないからでは?。

 孤高なら、そうすればいい。だが、それは、そんな彼女を応援してくれた人からも離れて孤立するということだ。だが、彼女自体が孤立を望んだのだから仕方がない。もうおそらく彼女はJG109には戻ってこないだろうという確証があった。

 おそらく、彼女は他のプロスポーツ団体か空軍の息がかかった団体に入るだろう。アスリートとして私達より高いところに行こうとする。それは、断絶に違いない。

その天使には、私は届かない。

手を伸ばそうとした。ついこの間、天使は自分に自身を深めて去っていった。

天使は、天使の世界で生きていく。

…………私はあなたと友だちになりたかった。

その思いをイルゼは甘い香りとともに飲み込んだ。仕方がない。それも人生というものの一部だと悲しむしかない。それから、雨の降る空港の外に視線を移した。


外でフランカーの離陸の音がした。雨が激しすぎて二人には見えなかったその孤高の天使は、そのまま低い雲を突き抜けて大空に消えていった。それから、黒い軍服をフライトスーツに変えたイルゼは、風間を格納庫……戦闘機のスポーン地点……に手招いた。













おまけ

VRでフライトシムする世界で女の子がわちゃわちゃする作品を試し書きしてみました。短編なのでシリアスですが、長編にするならもうちょっとギャグよりにします。

「妖精の従者」以前はこんなしっとり系や明るい話を目指していたからある意味原点回帰かもしれない。

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