ひとりごとダイジェスト

昔に比べては減ってきたようではあるが、私はよく独り言を話す。

その内容は本当に誰でも言うようなものだが、いかんせん量が多い。

時たま他人を惑わせてしまうこともよくある。

今のは独り言かそれとも会話か見当をつけるのが難しい時もある。

しかし、どうもこれは昔からの癖で治そうにも治せないのもまた困ったものである。

今日も居間に寝転んでいた時に不意に独り言が溢れ出た。

「あのさ、エアコンのリモコンってどこだっけ」

すると母はこれを本気にして机に置いてあったリモコンをひょいと私の方にスライドさせた。

「ここにあるよ〜」と言いながら。

しかし、この事例はまだいい方である。もっと酷かったのは2年ほど前のある出来事だ。

ある出来事とは、私の古い友人(月島 佳菜子)と遊ぶ約束をした時である。

私は友人と遊ぼうと思い予定を2人で決めていた。

「じゃあ、12日の10時からね〜」

私はそう伝えると喉の奥から無意識のうちに独り言が飛び出していたらしい。

「やっぱ、11日かな」

佳菜子は少しキョトンとしたあとににこりと笑い、時間は10時で大丈夫?と聞いた。

後日、私が約束をすっぽかしたと叱られたのは言うまでもない。

それに、佳菜子はとても気長で2時間や3時間は平気な顔をして待っているのだが、この寒空の下そんなに長時間待たせてしまったことをとても申し訳なく思っている。

しかし、佳菜子はそんな私の性質を知っていながら確認を取らなかったのもまずかったと反省しているようだった。

そういえば、私はよく言う独り言がひとつある。

大抵の独り言は無意識下の中で言っていて記憶は曖昧なのであるが、これを言った時だけはハッとする。

それは、「好きだなぁ〜」である。

これは先程例にあげたような突発的な独り言とは少し違い、多少自分の本音のようなものが混ざっているように思う。

例えば、猫を見た時なんかはため息をつくように言うし、テレビに好みの俳優が出れば歓喜の色彩を帯びた声で叫ぶし、アニメの最終回を見た時なんかは感極まって泣きながら嗚咽のように吐き出す。

でも、特別なものと言ったらそれくらいである。

一時期は何か法則はなかろうかと友人や両親の協力の元、紙面の上に独り言を書き出してみた。名付けてひとりごとダイジェスト。

しかし、ざっくばらんに並べられた奇々怪々な文字の羅列は子供のいたずら書きのようにしか思えなかった。

このように、私の独り言はもはや私の生活の中で異様な存在感を放っている。

切っても切り離せないと言うより切り落としたいのに切り離せないとという具合である。


私はこう見えても社会人である。実家暮らしではあるが一応それなりの会社に務めて5年くらいになる。

独り言をよく喋る私は幸いにも会社に不思議ちゃんくらいの認識で通っている。

実家暮らしの25歳にしてこの童顔なのも独り言が許される理由なのだろうなと思うが、そのせいで私には彼氏ができない。

もちろん、中高生の時は彼氏の1人2人はいたがいずれも自然消滅と言う結果で終わっている。男とは薄情なものだと思うが、相手が連絡してくるまで電話のひとつもかけられない私のシャイな性格のせいでもあるのだろう。

そんなわけで、私は佳菜子に合コンの誘いを受けた。

そりゃ、私だってもう25歳だ。言葉にしないだけで母も心配しているかもしれないし、なによりこのままでは婚期を逃してしまう。

佳奈子はと言うと、この間5回目の浮気でとうとう3年間付き合って同棲していた彼氏と別れたらしい。清々しい顔で伝えられた時はどんな顔をすればいいのか迷ったものだ。


私は久しぶりに自分の服を買いに街に繰り出し、ファッション雑誌を片手に当日の衣装を考えた。

そして、遂に迎えた当日。

私は用意していた服を身にまとった。

ベージュのスカートに白いニット、ロングコートは自分を少しだけ大人にしてくれた。

待ち合わせお店に30分早くついた。

店の前で入るべきか待つべきか分からずオドオドしていると、佳菜子も到着した。

とりあえず残りのメンバーを待つために中に入った。

店内はとても落ち着いた雰囲気で店内は薄暗かった。

ステンドグラスでできたライトが各々の机に飾られていて、その隣に静かな蝋燭の火が揺れていた。

私たちは店員に後4人来ると伝え白いひとりがけ用のソファーに腰掛けた。

「いやー、試しに誘ってみたけど来るとわね、シャイなあなたが。」

そういうと加奈子はくすくすと笑った。

薄暗闇で見る佳奈子はいつもよりなんだか色っぽくて私は少しドキッとした。

「なーんてね」

口から無意識に言葉がこぼれたらしい。

「あ、また」

「え、うそ!」

「気をつけなさいよ、独り言。内容にもよるけどさ」


4人そろう頃には7時を5分ほど過ぎていた。

「はい!それでは自己紹介からします。じゃあ、まぁ、自分から。秋元智と言います。趣味は山登りです。今日は皆さん楽しみましょう!」

優しそうな顔をした大柄な男のひと。別段それ以上の印象は持たなかった。

次の人は音楽が趣味で少しオタクっぽい人。体がヒョロくて四角いメガネをしていた。

最後の人は女の子みたいな顔立ちの人で白いセーターを着ていた。趣味は旅行らしい。少し意外だった。

女性陣は割愛する。

料理を何種類か頼んでそれが運ばれてくると。佳奈子の友達が率先して野菜やお肉を取り分けた。

私は向かいの席の秋元智さんと会話を始めた。

「鶏肉、お好きなんですか?」

智さんの方から声をかけられていささか驚く。

「は、はい!」

「僕もね、鶏肉はよく食べますよ。ほらタンパク質も沢山とれそうじゃないですか。」

「ですね〜」

私は最初こそ緊張していたが、だんだんと打ち解け始めた。

「あんこ餅だなー」

「え?」

「あぁいえ、なんでもないんです」

こんなふうに何度か飛び出た独り言を揉み消しながら、会話をしていった。

途中、女性陣が皆トイレに行く場面があった。

「どんな感じ?」

佳菜子が言うと

「うーん、イマイチかな。唯一あの女顔の人が結構美形かなって思ったんだけど、話がクソつまんない」

佳奈子の友達の明美が言った。

「私は、いいかも」

意図的か無意識かの狭間でまた言葉が飛び出した。

「へぇ〜!いいじゃん!秋元智さんだっけ?優しそうだし。」

佳奈子がそう言うと明美は相槌を売った。

明美は今日知り合ったばかりなので女性陣だけの時も少し控えめな印象を受けた。

トイレから帰ってきて会話もそこそこ盛りあがってきた頃、私は席を立った。

「ちょっと」

私はタバコを吸う動作をする。

「行ってらっしゃい!」

一同に送り出されて店先で電子タバコをふかせる。

「はぁー、秋元智さん。素敵な人…だな」

私はいつしか少しづつ彼に好意を抱くようになったのかもしれない。笑顔がとても素敵なのだ。

トングを取ろうとしたとき互いの手が重なった感触を忘れられないでいるのはきっとそういうことだからだろう。

「千里さん」

急に名前を呼ばれて驚くと、智さんが立っていた。近くで見ると余計に大柄である。

「どうしたんですか、こんなところに」

智さんは喫煙者では無いはずだ。そんな感じがする。

「僕は夜風に吹かれたくてね」

めいいっぱい背伸びをするその姿は今宵の満月にも届きそうだ。

「好きだなぁ〜。は!」

私はまた独り言をこれはどうやって処理すれば。

誤魔化す方法をあれこれと試行錯誤しているうちに智さんは私に言った。

「僕も…ですよ」

智さんは満月を見上げていたけれど少し頬を赤色に染めていた。

「あの、この後予定空いてます?」

智さんは一息に言う。

「はい…」

私はその続きを知りたくてこくりと頷く。

「二次会行きません。2人で!」

智さんはあの素敵な笑顔でニコリと笑う。

「…はい!」

私も笑顔でそう返した。


私が席に戻ると、佳奈子は何やらにやにやしている。

「独り言もいいもんだね。内容によるけど!」

私の耳元に近ずくとひそひそ話をするように言った。

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