第2話
どこからか、足音と杖の音が聞こえてきた。それは、地面をしっかりと踏み付け、一歩一歩慎重に足を運ぶ高齢者の歩き方であった。老人の手には、ゴツゴツとしているが触り心地の良さそうな杖が握られている。弱くなった下半身をしっかりと支えてくれるこの杖は、老人の身体や歩き方に合わせた作りとなっていた。着ている着物は落ち着いた色調で品も良く、足袋や草履も新調されたばかりであるようだが歩きやすそうである。しっかりと日焼けした男の顔には、笑顔によって刻まれた皺深く残り、それが黙っていても優しい表情を作り出していた。
「はあ、やっとついた。なかなかこの年では、ここまでの道はつらくなってきた…」
老体の男は大きな独り言を呟いた。
「皐月ちゃん、今年もやってきたよ。1年間寂しくはなかったかい?今年はお団子を食べておくれ。これは孫の嫁が皐月ちゃんのためにと作ってくれたものだから、遠慮してはいけないよ。」
可愛いお地蔵様を手ぬぐいで優しく拭きあげると、そっとお団子を供えた。
空は薄青色で、白い雲が切れ切れに千切れるように流されていく。短い雑草が生える脇で黄色い花が咲いている。てんとう虫が黄色い花の茎をよじ登って羽根を広げた。春から初夏になるまでのちょっとした時間、朝晩の風は未だ冷たいと感じることはあるが、綿入りの羽織まではいらないくらいの季節であった。
この老人の屋敷からここまでは、若い元気な男の足でも1時間はかかるだろう。遠い場所ではあるが、毎年自分の足で参るのだと言って渋る家族を説得して通ってきていた。
「皐月ちゃんに助けてもらったことは、今でも忘れないよ、本当にありがとう…」
手を合わせ、一心に祈りを込める。
「村を、そしていつも子ども達をお守り下さり、何と言ってお礼を言っていいか…。」
大きな声で何度も何度も繰り返す。
「本当にありがとう…。来年も皆が無事に過ごせるよう見守ってください。
そうそう、次からは孫の次郎って奴がここにご挨拶に来るようになります。よろしくお願いいたします。」
何度もお礼を言ってやっと肩の荷を下ろしたような表情になった老人は、少し小道の奥の森に目をやったがすぐに元の道へ視線を戻した。
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