通っていた事を口止めする


「……」

「なあ、滑栄のオッサン」


「なんだ八峡の小僧」


「あのさ」

「………俺ん事」

「死なないとかなんとか」

「そういった事ァ言ったか?」

「こう…」

「お涙頂戴的な感じで」


「俺はどんな人間だろうと」

「一度診た以上は俺の患者だ」

「死なせはせん」


「いや違ェよ」

「死なないって言ったか」

「聞いてんだよ」


「俺が言うワケ無いだろう」

「気休めは言わん性格だ」


「……そうか」


「あまり喋るなよ」

「起きたばかりだからな」

「舌の筋力も弱まってる」

「間違って舌を噛むぞ」


「……じゃあよ」

「これが最後なんだけどさ」

「誰か、此処に来たか?」


「お前……」

「自分が見舞いに来てもらえる程」

「人徳があると思ってるのか?」


「は?」

「あるに決まってんだろ」

「八峡さんだぞ?」


「ムカつくな」

「憎たらしい程に」

「だがそれがお前なりの」

「元気な証拠なんだろう」


「………」

「いや、あのさ」

「俺の質問に答えてくれぇヴぁぶッ」


「言わん事じゃない」

「まだ慣れてないんだ」

「だから舌を噛む」


「ぎ、ひッ、ひひゃ、ひょふれふぁ」

(ぎ、ひっ、いや、それはちがう……)


「パックの取り換えは完了だ」

「今日はもう寝ておけ」

「明日からリハビリだ」

「キツイぞ」


『先生、今日の所はこれで帰ります』


『なんだ』

『八峡が目覚めるぞ』

『感動的な局面になると思うが』


『……いえ、遠慮しておきます』

『そもそも私は』

『彼に文句を言うために』

『此処に通っていましたから』

『……状況的にそれを言う機会じゃなさそうですし』

『感動的だからこそ』

『それを壊すことは言いたくありません』

『ですのでどうか』

『私が、あの男の為に』

『毎週来ていた事は告げないで下さい』 


「……」

「女心か」


 

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