1章5話「地図にない場所」

「助けてくれてありがとうございました」


 美しい建物にしばらく圧倒された後、助けてくれた男子生徒にお礼を言う。 彼の胸には階級第3位『公爵』を示す銀色の校章が付いていた。


「俺は桐生きりゅう時雨しぐれ、別に敬語じゃなくていい」


 桐生時雨。どこかで聞いたことがある。


「学園最強の騎士……?」

「ああ、下ではそう呼ばれているらしいな。玲一」

「俺の名前……知ってたのか」

「まぁ、有名人だからな」


 先程の金剛も俺のことを知ってるみたいだった。思ったよりも名前は知れ渡っているのかもしれない。


 それにしても、玲一か。下の名前で呼ばれるのは何気に初めてだ。


「消灯時間過ぎてるのに、出歩いていいんだな」

「ああ、この第9区は完全に俺らの私有地だからな」


 私有地であれば、こんなこともできるのか。襲撃のリスクがないのも、監査委員会の目がないのもありがたい。


「そもそもどうやって飛んでるんだ?」

「ここは巨大な飛行船みたいなものだ。魔法は一切使われてない」


 システムに不具合でもあれば、即落下になってしまうため、逆に合理的だ。


「だいぶお金かかってそうだな」

「どうだかな。これを作ったのは先代の皇帝だから、俺は知らん」

「先代?」

「今の皇帝こと巫遥香は5代目。つまり、4代目皇帝」


 今で5代目なのか。となると、思ったよりも制度の歴史は浅いらしい。


「現天清派代表、天清麗華。その姉こそがその4代目皇帝、天清麗奈」


 麗華と麗奈か。どっちがどっちだか分からなくなりそうだ。強い人というのは血の繋がりもあるのかもしれない。


「前例は少ないが、私有地は血縁関係があれば、相続もできるらしい」


 天空都市。そこまで大きくないとはいえ、作るのはとてつもなく大変だっただろう。


「さて、もう着くぞ」


 そう言われてから少し歩くと闘技場が見え、扉の前に1人の女性が立っていた。


「間に合ったようで何よりだ。天蓮」

「鴉羽先生……なんでここに?」


 先生は相変わらずの冷たい眼差しだが、顔は微笑を浮かべている。彼女は俺の問いに答えることはせずに、隣の音波に目を向ける。


「久しぶりだな、音波」

「私は二度と会いたくありませんでしたがね」

「おい……音波……」


 階級の差をこの場の誰よりも強く感じているはずの音波が、最高位の階級を持った教師相手に露骨に怒りの矛先を向けたことに俺は動揺を隠せなかった。

 音波はそのまま両手を広げ、先生を睨みつける。


「今の私の言動は上位階級たる貴女への違反行為です。どうぞ、さっさと殺してください」


 緊張がこの空間を包み込み、俺は自然と柄を握り締めていた。


「ふっ……くだらない」

「今なんと……?」

「くだらないと言ったんだよ、音波琴葉」

「鴉羽……!」

「そこまでしろ、音波!」


 音波から強い殺気を感じ、俺は咄嗟に強い口調で言い放っていた。


「冷静になれ、音波。お前らしくない」


 俺にそう言われ、ようやく音波は大人しく頭を下げる。


「まずは入れ。話はその後だ」


 鴉羽は音波を処罰するような素振りもなく、俺達を闘技場の中に入れ、応接間のような所に案内する。


「さて、天蓮。初めての西条派幹部はどうだった?」

「強かったです。どうしようもなく」

「だろうな、西条派は数が多いが、その分逸材もいる。それに強襲されたとなれば、仕方がない」

「俺には勝つ方法がまるで見えませんでした」


 身動きは取れず、剣も抜けない。魔法破壊以前の問題だった。


「今回の敗因は大きく分けて2つだ」

「2つ……ですか」

「1つはお前自身が単純に弱かったということ。罠を見抜けず、戦闘のペースを相手に完全に取られた」


 監査委員会が買収されるという展開は読めなかったが、ありえなくはないものだった。そこを読み切れなかったのはとてつもなく大きな敗因だろう。


「そして、もう1つは、お前の周りがあまりにも弱いということ」

「……周りですか」

「あの盤面でお前と同等の実力を持つ生徒がいれば、少なくとも、金剛1人がお前に完全に付くということはなかっただろう」


 確かにそうだ。少なくとも、警戒心は分散される。少しぐらいの隙は生まれたかもしれない。


「今のお前に足りないものは人だ、仲間だ」


 仲間。久坂さんにも以前味方を作れと言われたことがあった。彼女のアドバイスは間違っていなかったのだ。


「そこで、私から提案だ。選択肢を2つやろう」

「提案?」


 先生からの提案。とんでもないものが飛んできそうで自然と身構えてしまう。


「天清派に入る気はないか?」


 そう言葉を放ったのは鴉羽、ではなく時雨の方だった。


「俺が天清派に?」

「ここは学園最強の派閥だ。西条が如何に数を揃えようとも圧倒的な質の高さがある。ここに入れば、お前は必ず強くなる」


 あまりにも突拍子もないだが、願ってもない話だ。でも、俺にはどうしても聞きたいことがあった。


「学園最強の派閥だっていうなら、なんで階級制度を放っておくのか、俺には理解できない」

「それは、お前自身が階級制度の必要性を分かっていないからだ」

「あんなもののどこに必要性があると?」


 鴉羽先生の鋭い言葉に俺もすぐさま反論するが、彼女の表情は動かない。


「理事会がこの制度を敷き続けるのは逸材を見つけるためだ」

「逸材だと?」

「上を見ろ、天蓮。生徒数3000人と言えども、上位4階級となれるのは20人にも満たない。今のお前の目には奴隷や従者といった低階級の生徒達しか見えていないのだろうが、それは戦況のごくごく一部に過ぎない。大局を見なければ」


 先程音波が怒りを露わにした理由が分かった気がする。この人の眼中に音波達はいないのだ。

 状況を見かねたのか、時雨が口を開く。


「それもあるが、天清派には理事会と交わした盟約があるからだ」

「盟約……?」

「理事会と天清派はお互いに妨害をしない。だから、俺達は学内の戦闘には基本的に参加出来ない」


 だから、金剛を倒そうとしなかったのか。つまり、強くはなれるが、階級制度は消せない。


「その様子だと、天清派に入る気はなさそうだな」

「ああ、俺の目的はあくまで階級制度の撤廃。上位階級にどんな事情があろうと、それは揺るがない」

「そうか、ならもう1つの提案だ」


 先程の提案を聞いた後だと、これまた突拍子もなさそうな提案が来そうで身構える。


「俺の弟子になれ」


 言っている言葉の意味が分かるのだが、そこに辿り着くまでの経緯が分からない。先程は階級制度撤廃を反対するようなことを言っていたのに、俺を強くしてしまっては意味がない。

 時雨が発言している以上、鴉羽の考えではないのかもしれないが、彼女がそれを訂正するような素振りもないので、考えにくい。


「鴉羽と少し違うが、俺は階級制度に関して、存在そのものは認めるが、非戦闘員まで巻き込む必要はないと思っている」


 確かに時雨の意見は合理的だ。だが、部分的な撤廃などできるのだろうか。


「俺はお前の才能を買っている。今は金剛にすら劣っているが、1ヶ月、いや、2週間俺の元で訓練を重ねれば、必ず勝てるようになる。それほどの逸材なんだ、魔法破壊という権能は」


 多少考えがあっていないとはいえ、学園最強から稽古をつけて貰えるというのは願ってもいない。


「本当に、俺は勝てるようになるのか?」

「ああ、俺が保証する」


 そう答える彼の目は淀みなく、透き通っていた。普段、人の目など見ないというのに、やけに意識してしまう。


「お願いします、俺を強くしてください」


 藁にも縋る思いで、俺はそう言い、頭を下げた。


「承った」



「ごめんな、勝手に決めて」

「いえ、天蓮君が代表である以上、私は従うのみです」


 夜道、俺達は近くのホテルに向かう。襲撃の心配もないため、音波も比較的リラックス出来ているようだった。


「先程はすいませんでした。出過ぎた真似を」

「先程?鴉羽とのことか?」

「いえ、違います。鮫島君が天蓮君の家にいた時の言葉です」


 暴行を受けたということに対して、「それくらい良い」という言葉を返したことか。確かに音波らしくはなかった。


「彼の話を聞くと、昔のことを思い出してしまって……」

「昔?」

「はい、九頭龍よりも前に、私が最初にいた派閥でのことです」


 話の流れから見て、九頭龍から受けていたことよりも酷いのだろう。俺に、それを直接聞ける勇気はない。


「それと鴉羽先生はなにか関係が?」

「……半分はあります。ですが、半分は八つ当たりみたいなものです」

「八つ当たり……か」


 先生の言動は明らかに低階級の生徒を侮辱していた。音波が恨みを持つのも仕方がないことなのかもしれない。



「なんであんな焚きつけるような言い方を?」


 玲一と琴葉がホテルに向かった後、俺は応接間に残った鴉羽に声をかける。冷静で無駄なことを嫌うこの人にしては随分珍しいことだ。


「恨みでも、なんでもいい。強くなりたいという意欲さえあれば、彼らはどこまでも強くなっていく。私はそういう壁でありたいんだよ」

「壁か。難儀なもんだな」

「盟友との約束だからな、このくらいはするさ」


 盟友。なんとも面倒な場所だ、理事会というのは。


「階級制度がなくても、平穏に過ごせる時代が来て欲しいものだ」


 鴉羽は自嘲するようにそう呟いた。

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