1章4話「学園のアイドル」

「みーーんなーーのアイドルーー!ジューーエルちゃんだよ!」


 舞台に立つ女子生徒の掛け声に応えるように150人以上はいるであろうファンの歓声が会場に響きわたる。 見た感じだと生徒以外の人達も大勢来ていた。


 いろどり珠瑛瑠じゅえる。宝石派の代表にして、『学園のアイドル』を名乗っている女子生徒。週末毎に第4区でライブをしているようで、俺と音波も第4区『歓楽区』のライブハウスに来ていた。


「凄い……熱気……」

「音波、気をしっかり持て、死ぬぞ」


 ライブ会場は人で溢れかえっている。音波はわかりやすく青白い顔をしており、いつもの無表情も疲れで崩れている。


「どんどん行くよぉ!『あなたの宝石ジュエリー』!」


 この曲は彼女の代表曲らしく、ファンの野太い歓声が響き渡る。会場の室温は6月だというのに35度を超えていた。


 結局、彼女はこの1時間のライブ中に10曲以上を歌い上げ、その見事な歌声とパフォーマンスで会場を熱狂させ続けた。


「出待ち……ダメだったな……」


 俺が疲れから小さく呟くと、音波も力無く頷く。

 魔法も使っていないのに、あの凄まじい気迫、体積、熱量、まさにアイドルヲタク恐るべし。


「今日のところはおとなしく帰ろう」

「同感です、私も無理です……」

「どうする?少しだけウチで話すか?」

「そうですね……まとめたいこともありますし」


 最近、話がある時は俺の家に来るようになった。少しは信頼してくれているのだろうか。夜道は襲撃の可能性もあるため、あまり呑気に喋っても居られない。俺達はすぐに家に戻った。


「学園の闇って……なんなんだろうな」


 宝石派を調べれば学園の闇が見える。久坂さんはそう言ったが、今日のライブを見ている限りはそんなこと感じなかった。


「この学園の権力者と呼ばれている人に、ロクな人はいませんよ」


 音波は慣れた手付きでキッチンから2人分のお茶を入れ、持ってきてくれる。


「……だろうな」

「特に西条派を支える3人の幹部には黒い噂が耐えません」

「3人? 4人じゃなくて?」


 九頭龍を倒した時に見えた光景には5人の人影があったと思うのだが、あれは幹部ではないのだろうか。すると、音波が数秒固まる。


「どうした?」

「いえ、すいません。天蓮君はつい先週ここに来たばかりですよね?」

「そうだけど、それになにか問題でも?」

「なら良いんです。西条派の幹部は3人、八尾やお兼橋かねばし金剛こんごうの3人です」


 あの光景が実際に起きたことなのであれば、九頭龍は確か高杉という人の傘下だったと思うが、その人は幹部では無かった、もしくはあの光景はなにか別のものなのだろう。


「引き続きライブにも通わないとな」

「………はい」


 音波の嫌そうな返答から数秒沈黙が続いたが、それを破るように、部屋の扉がノックされる。


「すみません、監査委員会です」


 監査委員会。音波曰く理事会直属の部隊らしい。公序良俗や風紀に違反することのないように、消灯時間である22時の30分前にやってくる。毎日ではないが、決まって誰かが家にいる日に限ってくるということはなにかカラクリがあるのかもしれない。

 だが、安易に開けると罠である可能性もあるため、少し待つ。すると、扉に赤い丸に囲まれた『監』という文字が浮かび上がる。本物だ。俺はすぐに扉を開けた。


「夜分遅くまで、お勤めご苦労様です」

「いえ、お気になさらず。消灯時間30分前になりましたので、そちらに座っている方は速やかに自分の住居にお帰りください」

「分かりました。良ければ、送って貰えますか?」

「承知しました」


 階級制度には監査委員会の人へ危害を加えた場合、いかなる事情があろうと最下位の奴隷まで位が下がるというものがある。頼めば快く送ってくれるので、いわば最強のガードマンとも言えるのだ。


「では、天蓮君。おやすみなさい」

「おやすみ。監査委員会の方もありがとうございます」


 音波が帰り、俺は椅子に座って、無言で考え事をする。彼女は気乗りしていないような感じだが、宝石派に関する情報があまりないというこの現状。素直にライブに通って情報を集めるしかない。


 分かっていることをまとめると、宝石派は西条派の幹部にあたる金剛の派閥の傘下であり、多くの奴隷階級や従者階級の生徒を任されている、ということ。ライブの手伝いをしている無勲章の生徒がたくさん居たのは恐らくそういうことだ。一見すると、低階級の生徒らとそれをまとめ、養っている学園のアイドルという人情ある関係にも思えるが、この学園では裏があるように思えて仕方がない。


「答えは自分で見つけないとな」


 いつまでも久坂さん頼りでは居られない。明日も早いので俺はすぐに寝ることにした。



 しかし、翌週も、その翌週も彼女のライブに参加したものの、いつも通り熱狂的なファンに押されてしまい、珠瑛瑠と接触出来ない日々が続いてしまった。


「……つけてみませんか?」


 相変わらず、ほとんど自分から口を開かない音波なのだが、何回もあの地獄のような会場に行くのはさすがに応えたようで、まだ帰り道なのにも関わらず、口を開く。

 今日で3回目の挑戦の帰りだが、未だに珠瑛瑠までたどり着ける様子はない。彼女の考えも検討の余地があるだろう。だが、俺に人をつけた経験などない。


「上手くいくとは思わないんだが」

「最悪の場合、私の転移魔法でいくらでも逃げられますよ?」

「負担とか、デメリットとかないのか?」

「移動距離分を歩いた時にかかる負担があとでかかります」

「タイミングは?」

「完全にランダムです。直後に来る時もあれば、1週間ほどしてから来る時も」


 能力の全貌が見えていないとはいえ、任意の地点に瞬間移動ができるというのは強いため、それ相応のデメリットと言える。


「今日のところは遅いからもう無理だろうな」

「また来週ですか……」


 彼女の表情に分かりやすく落胆の色が見える。嫌なのは分かるが、ライブが終わってからかなり時間も経っており、日も暮れてしまった。仕方ないだろう。


「た、助けてくれ!」


 不意に聞こえた声の方に振り返ると、建物の陰から男子生徒が飛び出てくる。制服は血だらけで、露出している肌からも血が流れていた。


「逃がすな!追え!」


 その後ろから2人の男が迫りきており、逃げている男子生徒は一目散にこちらに向かってくる。


「どうします?」

「決まってるだろ、助ける!」

「了解です」


 俺は腰にかけてある剣を引き抜き、後ろから追っている2人の男の方に向かって走る。


「誰だ!」

「恨みはないけど、ここで倒れてくれ!」


 俺からの攻撃は予期していなかったらしく、2人が魔法を撃ってくる前にその体を斬り捨てることに成功する。彼らの身体はそのまま消滅した。すると、九頭龍の時のように頭痛が走る。


「またか……!」


 目の前の光景が切り替わり、そこは明かりが付いてはいるものの、どこか地下を思わせるような風景が広がる。目の前には大男が立っていた。


『今すぐあの男を捕らえてこい!』


 男の声と共に俺の意識が戻り、音波の声が聞こえる。


「天蓮君! 恐らく次の部隊が追って来ます! 逃げましょう!」


 音波の言葉通り、遠い方からこちらに向かってくる人影があった。俺はすぐさま彼女の手を取る。


「転移!」


 景色が切り替わり、煌びやかな歓楽区から静かな住宅街へ移動した。


「俺の家か」

「はい。とりあえずシステムの外に出れば、傷は治ります。急ぎましょう」


 俺は血だらけの男子生徒に手を貸し、家に入る。すると、傷や血は一瞬にして消えるが、気を失ってしまった。


「少し眠ってしまっただけかと、システムでの傷は現実で精神へのダメージに変換されますから」


 俺は布団を敷き、彼を寝かせる。彼には荷物も武器も、勲章もない。どういう状況だったのだろうか。


「……なぁ、この人奴隷だと思うか?」

「私は違う気がします」

「俺もそんな気がする」


 音波しか知らないが、校内で奴隷となってしまった生徒が素直に他人に助けを求められるとは思えない。


「先程倒した人達の階級は分かりますか?」

「見てみる」


 端末を開き、通知を確認したが、なにも届いていなかった。


「バグか?」

「いいえ、恐らく追ってきた2人は奴隷か従者の階級しか持っていなかったのかと」


 任命権が配布されるのは10位以上、すなわち庶民以上の階級の人を撃破した時となる。つまり、貰えないということはそれより低い奴隷と従者の可能性が高いというわけか。


「それなのに、あんな一方的にやられることがあるのか?」


 最下位に近い階級しか持っていない2人がここまで一方的な傷を付けられたとは思えない。


「基本的にはありません。そもそも、奴隷、従者の階級の生徒が戦闘を行うとも思えません」

「起きてくれるまではなんとも言えないな」

「それもそうですね」


 そうこうしていると、1時間ほどして寝ている男子が目を覚ました。


「すいません……本当にありがとうございます……」

「無事でなによりだよ」


 俺は極力柔らかい口調で話しかける。


「一応、名前と階級、あと所属、聞いても良いかな?」

「はい。名前は鮫島さめじまあきら、階級は庶民、所属は宝石派です」


 やはり奴隷ではなかったらしい。宝石派という点も気になった。


「どういう状況だったのか聞いていいか?」

「金剛派の奴らに捕まえられていたんですが、隙をついて逃げてきたんです……」


 金剛派。確か西条派の幹部の1人が率いている派閥だ。ということは先程追ってきた2人は金剛派の人間で、倒した時に見えたのが恐らく金剛だろう。


「でも、なんでそんなことに?」

「はい……まず、宝石派の現状からお話ししますね」


 現状を聞くのはかなりグレーな気がするが、それを確認したら話してくれる分も話してくれない気がしたので止めておいた。


「宝石派がなぜ毎週ライブをしているか分かりますか?」

「純粋に彩がライブしたいからじゃないのか?」

「いいえ、違います。それだったら飽き性のあの人がそんなに何度もできるとは思えません」

「じゃあ、どうして?」

「ライブの裏で取引があるからです」

「取引?」

「我々宝石派、というより代表の彩珠瑛瑠は西条派に低階級の生徒を献上することで安全を確保しているんです」

「……なんだよ、それ」

「毎週、宝石派から十数人の生徒を派遣して、暴力の矛先にすることで金剛は派閥内のストレスを発散させているんです」


 想像以上に闇が深い。今回も複数人捕まえられていたところを隙を突いて逃げ出してきたのだろう。


「それくらい、良いんじゃないですか?」


 音波はいつになく冷酷に淡々と言い放つ。


「音波……?」

「別に集団から暴行を受けたとはいえども、それに性的行為や金銭的脅迫がなければ、制度違反とはなりません」

「だからって……」

「不快に思われてしまった申し訳ありませんが、天蓮君、それがこの学園の常識です」


 常識。呪いのような言葉だ。それを受け入れられない俺は異常なのかもしれない。


「それでも、俺は許せない」

「……じゃあ、どうするんです?」

「倒すしかないな、金剛を」


 それしか方法はない。だが、今の俺の実力で学園有数の実力者を倒せるとも思えない。


「状況は極めて深刻です」

「すいません……自分のせいで……」


 重苦しい雰囲気が部屋を包み込む。そんな中、扉からノックの音が聞こえた。


「すみません、監査委員会です」


 もうそんな時間か。念の為少し待つと、いつも通り『監』の文字が浮かび上がる。扉に手をかけ、開ける。そこにいたのは大男だった。


「初めましてだな、天蓮玲一」

「金剛……?」


 大男と共に外には十数人もの生徒が待機していた。扉を閉めようとしたが、すぐに押さえられる。


「まさか……監査委員会を……」


 奥にいる音波の震えた声を聞いて、ようやく状況を理解する。監査委員会を買収したのだ、この男は。


「九頭龍は俺の管轄。思うところはあるが、そこにいる宝石派の男を大人しく渡せば、今回は見逃してやる」


 名前すら……覚えてないのか。


「断る」


 言葉を返した瞬間、俺の頭が掴まれ、身体が金剛とともに宙に浮かんだかと思うと、地面に叩きつけられ、強烈な痛みが走る。そのまま、金剛に背中に乗られてしまい、俺は身動きが取れなくなってしまう。


「捕らえろ」


 十数人の生徒らが部屋に突入し、音波と鮫島も無理矢理システム下に入れられてしまう。


「宝石派の人間は生け捕りに、音波と天蓮はここで撃破する」


 少しでも勝てると思ってしまった。数パーセントでも可能性があるなら挑むべきだと。だが、負ければ終わりだ。奴隷に落ちて、二度と日の目を見れなくなる。


「お前の傲慢さは身を滅ぼす。今、ここでな」


 金剛の拳を炎に包まれ、終わりを悟る。


雷轟らいごう破弓はきゅう


 声が聞こえたと思うと、前方から凄まじい音と共に雷撃が放たれ、こちらに向かってくる。


「この魔力……天清派……!」


 そう言うと金剛は俺から離れ、俺も即座にその場を離れることができた。

 雷の矢は地面に直撃し、巨大なクレーターができ、砂埃が舞い上がる。俺の身体に当たれば木っ端微塵だったのは言うまでもない。


「事情はあとで話す。ここを離れるぞ」


 砂埃の中、俺の身体は声の主に抱えられる。そのまま、凄い速度で音波の方に向かい、彼女の身体を抱えたかと思うと、俺達3人は上空に飛び立った。


「と、飛んでる……」

「飛んだことないのか。もったいないな」

「今からどこに?」

「着いてみてからのお楽しみだ」


 音波からの問いをはぐらかし、男はどんどん上空へ飛んでいく。そして、第1区『校舎区』が小さく見えるぐらいの距離になり、ようやく辿り着いた。


「凄い……」


 基本無口の音波ですら声を出す。俺はその現実離れした景色に声も出なかった。


「現代科学の結晶にして我が天清派の本拠地。ようこそ、第9区『天空都市』へ」

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