1章3話「派閥結成」
九頭龍を倒した翌日、俺はいつもと同じように目を覚ます。よく覚えてはいないが、昨日は誰とも会わず、半ば放心状態で帰り、そのまま寝たのだろう。
家の中はシステム外の空間であるため、昨日受けた傷はなく、剣はなにも斬れない鈍と化している。実は九頭龍との戦いは夢だった、と言われてもなんの疑問も持たないだろう。不意に携帯のバイブ音が鳴り、俺はようやく現実に引き戻される。
『おはようございます。理事会職員の久坂です。転校初日から階級昇進おめでとうございます。階級上書きの手続きと、そのついでに説明したいことがあるので、今日の放課後、時間があれば、6区の校内役所まで来てくれませんか?』
友達もいない俺に時間が無いわけはなく、俺は素直に了承する。階級昇進か。どうやら、夢ではなかったらしい。
昨日九頭龍を倒したのは正しかったのだろうか。倫理的に考えれば、正しいが、今後この学園で過ごすことを考えれば、大きな失敗と取ることもできる。そんなことをグルグル考えながら、俺は着々と準備を済ませていく。
すると、不意に今度は玄関の方からチャイムが鳴る。
「はーーい」
俺は流れるようにドアノブに手をかけ、そこで止まる。開けた瞬間に襲われる、という可能性がよぎったからだ。
家の中は確かにシステム外だが、1歩出ればシステムの範囲に入ってしまう。このドアには覗き穴がなく、もちろん、カメラもないため、来訪者を確認する方法がない。
俺はそっとドアから離れ、剣を取る。どのタイミングで本当の剣に戻るかは分からないがないよりはマシだろう。
ゆっくりと息を吐き、意を決して、扉を開ける。
「おはようございます。天蓮君」
立っていたのは昨日の女子だった。ご丁寧に両手を挙げている。
「こんな朝からどうしたんだ?」
警戒してしまった申し訳なさと、よく分からない状況を前に少し声がうわずる。
「いえ、自由に生きろと命令されたので、一緒に登校したいという自分の意思に従ったまでです」
素直に「一緒に行きたい」と言ってくれれば嬉しかったのだが、命令を挟まれるとどうにも歯がゆい。
「分かった。もう少しだけ待っててくれ」
「分かりました」
ロボットでもできそうな感情のこもらないやり取りに困惑はしてしまうが、それも彼女なりの処世術なのだろう。
家に入ってもらい、俺は着々と準備を進める。
「そういえば学年は?」
「2年生です」
「同じ年か」
「そうですね」
聞いた事以外のことを言わないことに徹底でもしているのだろうか。張り合いがないように思え、それ以降は俺もなにも聞かずに準備を終える。
「遅くなった。行こうか」
音波はこくんと頷き、一緒に外に出る。普通に歩いていると、心なしか他の人達からの視線を感じる。
「やっぱり昨日の一件で知られてるもんなのか?」
「未所属の転校生が西条派の幹部候補を倒した。それも剣で。という噂はもうとっくに学園中に広がっているかと」
恐ろしい場所だ。襲われないかと今日から気が気ではない。
「なんでわざわざ音波は俺のところに?」
「私自身の持ち主ですから。持ち物が持ち主の元にあるのは当然のことでは?」
俺に惚れたから、みたいな一般的な高校生が考えるような甘い考えとは真逆の返答が返ってくる。
倫理観が壊れている。仕方ないと言ってしまえばそうだが、この制度は見かけよりも根深い。
「……そういうのやめた方がいいと思うよ」
「善処します」
数十分歩くと、校舎区に着き、分かれ道に着く。未知の場所に近づいている恐怖はあったが、この慣れない状況が終わるという安堵の方が大きかった。
「ここまでだな」
「はい、ありがとうございました」
音波は頭を下げると、自分の教室に向かっていった。
教室に着くと、相変わらず重苦しい雰囲気に包まれていたが、ひとつだけ変化があった。
「……須賀の席がなくなってる」
クラスに友達がいない俺は誰かに聞くことも出来ないので、アプリを開いて名簿を確認する。すると、案の定須賀の名前は名簿に無かった。恐らく、俺が九頭龍を倒した影響なのだろう。
「おはよう、諸君」
いつも通り高圧的なオーラを放ちながら、鴉羽先生が入ってくる。
「ご存知の通り、須賀は九頭龍の敗北で、階級降格処分となった。それに伴い、別のクラスに移動となった」
クラスの面々にあまり動揺がないということは日常茶飯事ということなのだろう。
「通例であれば、天蓮も階級昇進に伴い、クラスの変更があるのが筋なんだが、理事会の判断により、階級がある程度安定するまでは見送りとなるそうだ」
しばらくは気まずい生活を送らないといけないらしい。
「連絡は以上だ。授業を始める」
◇
授業を終え、俺は一目散に教室から出る。こんな生活が何日も続くと思うと気が気ではない。
「お疲れ様です。天蓮君」
不意に話しかけられ、ビクッと肩が揺れるのを感じる。振り返ると教室の前には既に音波が立っており、無表情で俺を見つめていた。
「は、早かったんだな……」
「いえ、授業の終了時刻は同じです」
「じゃあ、どうやって……」
俺と音波の教室までは少なく見積っても500メートルはある。あまりに早すぎるのだ。すると、俺の疑問が伝わったのか、彼女は無言で手を差し出す。
「握って貰えますか?」
「へ?」
困惑しながらも音波の手を掴むと、彼女は俺を連れて、近くの空き教室に入る。
「これからの予定はなんですか?」
「今から第6区の役所に行く予定だけど……」
「承知しました。では、少し目を瞑ってください」
自分からベラベラと話す音波に困惑しながらも、言われた通りに目を閉じる。
「転移」
音波は短くそう呟くが、なにが起きているのか全く分からない。
「もう開けて良いですよ」
目を開くと、目の前には役所があった。携帯で時間をチェックしたところ、ほとんど動いていないため、目を瞑った瞬間に寝てしまったという線はなさそうだ。
「瞬間移動……?」
「はい。私は魔法が使えませんが、この瞬間移動だけはできます」
便利な能力があるものだ。なぜ使ってくれたのか聞こうと思ったが、持ち物の能力を知るのは当然では?などと返される気がして、気が引けた。
「行こうか」
俺は音波を連れて、役所に入る。
「いらっしゃいませ。天蓮玲一さん、音波琴葉さん」
久坂さんはそう言うと、椅子から立ち上がり、軽く会釈する。俺達は久坂さんとカウンターを挟んで座る。
「改めて、九頭龍撃破おめでとうございます。これに伴い、天蓮さんの階級は庶民から階級第8位『騎兵』に昇格となります」
久坂さんはそう言うと、隣に置いてあるパソコンに素早く入力する。
「携帯を見てみてください。恐らく階級が変わっているかと」
確認すると、ちゃんと階級の表示が庶民から騎兵に変わっていた。
「さて、本題に移りましょうか」
今日の朝にメールで説明したいと言っていたことだろう。俺は少し身構えて、首を縦に振る。
「はい、今日はこの学園における『派閥』というものについて説明しようかと」
『派閥』か。そういえば、須賀もそんなことを言っていた気がする。
「『派閥』というのはこの階級制度において同じ志を持つ人たちで結成される組織であり、この学園の生徒は第10位『庶民』以上の階級を持っていれば、任意の派閥に加入することができます」
「それに入るとどんなメリットが?」
「派閥によって様々ですが、1番大きいのは戦闘の肩代わりでしょうね」
「というと?」
「例えば、天蓮さんと音波さんが同じ派閥に入っていたとします。この場合、第三者が音波さんに攻撃したとすると、それは派閥全体に攻撃したことと同義になり、天蓮さんが代わりに戦闘を行うことも可能、ということです」
なるほど、戦闘が得意じゃない人が攻められたとしても、それをカバーすることができるという解釈で良いだろう。
「逆にデメリットとしましては、派閥の代表となった生徒に派閥の全権が委ねられているということです」
「全権?」
「はい。先程の例通りに考えると、例えば、天蓮さんが派閥の代表となり、派閥に命令を下したとします。その場合、派閥の他の人間には拒否権が存在しません。拒否したい場合には派閥を辞めるか、代表を倒し、自らが代表になる必要があります」
安易に加入すると痛い目に遭うのが関の山なのだろうが、複数と個人では戦闘力がまるで違う。難しい話だ。
「また、他の派閥の人間に代表が撃破された場合、代表は負けた相手に階級を奪取された上で、派閥に属する全ての生徒は階級を全て没収され、奴隷にまで階級が落ちます」
「奴隷にまで……?」
「はい、携帯を開いて貰えますか? なにか届いているはずです」
俺は言われた通りに携帯を開き、メールの受信箱のようなアプリを起動させると、そこには第10位階級任命権というものが15枚入っていた。
「これは?」
「任意の相手の階級を上げることができる権利です。例えば、天蓮さんがそれを奴隷の人に使うと、その人の階級は無条件に庶民に上がります」
「派閥の代表者を倒した場合、没収した階級がこの任命権に変わるってことか?」
その問いに久坂さんは「そういうことです」と言って頷く。おそらく、これは昨日の倒した九頭龍の派閥にいる生徒らの階級なのだろう。1人の軽率な行動で派閥に属している生徒全員を危険に晒すというのはなんとも世知辛い。
「先程の敗北時のペナルティは上位派閥も下位派閥も変わりませんが、下位派閥のみが科せられるペナルティも存在します」
「あくまで上位派閥が優先ってことか」
「はい。具体的には、下位派閥が敗北した場合、1年間の絶対命令遵守、戦闘行為の禁止が科せられます。これを破ると、制度違反ということで退学になります」
負けて奴隷になった後、もう一度挑むということが出来ないわけだ。期間は設けられていても、一度負ければほぼ戦闘は不可能だろう。
「現状の主な派閥について聞いておきますか?」
「頼む」
「了解です。まずは
皇帝。階級第1位、つまり学園最強の称号を持っている。この状況における諸悪の根源とも言える人物。自然と握る拳に力が入る。
「構成人数は2人」
「2人……って少なすぎないか?昨日の九頭竜ですら最低は15人居たわけだろ?」
「私も詳しい事情は知りませんが、皇帝派閥は入るのにもハードルが高い。そのため、この学園には彼女の派閥よりも人気のある派閥が存在します」
「その派閥はどんな派閥なんだ?」
「構成人数2700人以上、100を超える派閥から成る連合派閥にして、名実共に学園を牛耳っている派閥。それこそが『西条派』」
この学園の生徒数は約3000人。ということは、9割以上の生徒がここにいるという事だ。それだけの生徒を集める西条という人がどれほどの人なのか、否応にも興味が湧く。
「代表の西条春樹は階級第2位『王』の保持者。生徒数2700人と言っても、実際のところは物扱いの奴隷や従者の階級の人達もいますから、もっと多いです。ここまで多いと逆に西条派以外入ることが出来ない、というのが現状です」
なるほど。同調圧力というやつなのだろうが、この学園で生きていくには仕方の無いことなのかもしれない。
「連合ってのは?」
「その名の通り、複数の派閥から成り立つ派閥のことです。代表を分散させることで、派閥の総倒れを防ぐことが出来ます」
九頭龍を倒した瞬間に見えた光景がなにかは分からないが、彼の派閥も西条派の連合に含まれていたのは確かだろう。
「俺らの敵は大きいんだな……」
ふと、恐怖を感じる。とんでもないものに立ち向かっている自覚がなかったわけではない。だが、いざその大きさを知ると、やはり怖い。
「まだ引き返せますよ。天蓮さんが昨日戦った相手は末端も末端、今なら小競り合い程度で済みます」
確かにそうだろう。今からでも降伏してしまえば、風当たりは強いだろうが、気楽に学園生活を送れる。だが……
「音波みたいな人達がいる。制度で苦しんでいる人を見てしまった以上、俺は無視できない」
「……損な生き方ですよ、それは」
不意に、音波が小さく呟いた。俺が驚いて、彼女の方を見ると、彼女は俯いて「すみません」と小さく呟いた。
「さて、気を取り直して、最後の派閥の紹介に移りますね」
これ以上雰囲気が重くならないように、久坂さんはわざと明るい声を出してくれる。
「階級第2位『女王』の階級保持者、
「西条派と敵対してたりは?」
同じ階級を持っているのなら、小競り合いの1つや2つぐらい常にありそうなものだ。個人的にはあってくれた方がありがたい。
「味方ではありませんが、敵対もしていません。この派閥は学内のことに無関心かつ無干渉。謎の派閥としても有名です」
「攻め込まれたりはしないのか?」
そこまで情報がないのなら、勘違いした馬鹿に喧嘩を売られていてもおかしくはなさそうなのだが。
「謎とは言っても1人だけ、有名人がいるんですよ」
「有名人?」
「学園最強の騎士、
自分が剣士を名乗っていいのかは分からないが、剣士と言われると親近感が湧く。
「特に、魔法剣でなくとも、魔法を破壊することができる能力、魔法破壊。これを使えるのは彼だけでした。昨日までは」
「俺と同じ能力か」
「はい、近いうちに接触してくるかもしれませんね」
『学園最強の騎士』か。どんな人なのだろう。同じ能力を持っている存在がいるという事実に残念さを感じたが、心強くもある。
「さて、これくらいですね。派閥、作りますか?」
「もちろん」
「了解しました。名前はどうします?」
「そのままで良いよ、天蓮派で」
自分の名前がそのまま乗るのは恥ずかしいが、聞いた感じは代表の名字がセオリーのようなので別に良いだろう。
「了解しました。構成人数は1人ですが、よろしいですか?」
「音波は?」
「私にはそもそも権利がありませんので……」
「入る気はある?」
無理矢理入れるのは気が引けるので、そう聞くと、彼女はゆっくり頷いた。
「じゃあ、さっきのやつ使うよ」
俺は端末を開き、階級任命権を音波に使用する。これで音波も入れるようになるだろう。
「……ありがとうございます」
期待してる訳ではなかったが、思ったよりそっけない返答で少し残念だった。
「では、人数は2人で良いですね?」
「ああ」
「完了しました。学園の更なる発展のために大いに貢献してくださることを期待しています」
定型文のような言葉を言ってから、一息置いて、久坂さんは口を開く。
「ここからはこの学園に携わる者として1つアドバイスです」
「良いのか?」
「私のような理事会の末端がなにを言ったところでお咎めなんてありませんよ」
「それなら、頼む」
「人を集めることです。味方とまでは言わなくとも、敵対しない人達を。西条派の校内政治は強引な面も多く、反対している人も多いはずですから。それを集めれば、西条派の打倒も見えてきますよ」
確かにそうだ。2700人もいて、不満を持っている人がいないわけが無い。
「宝石派という派閥を調べてみてください。この学園の闇が見えます」
「……分かった、なにからなにまでいつもありがとう」
「いえいえ、私は貴方を応援してますから」
知り合ったばかりとはいえ、応援されることに悪い気はしない。
「そうだ、ひとつ聞きたかったことがあるんだけど」
「なんです?」
「人をなんというか……殺した時に見える映像ってなんなんだ?」
殺すというあまり直接的な表現は使いたくなかったが、これ以外は出てこなかった。九頭龍を倒した時に見えたよく分からない光景。あれが夢なのか幻なのか、それともたまたまなのか、自分の持っているものが分からないというのも怖い。
「私は……そのようなものが見えた試しはありませんね」
知らないのか。久坂さんに聞けば、なんでも分かると思っていただけに悔やまれる。
「ですが、非常に興味深いではあります。偶然の可能性もありますが、また似たようなことがあれば、教えていただけると助かります」
「申し訳ないな、ありがとう」
久坂さんに感謝を告げ、俺達は役所を出る。端末を見ると、派閥結成の通知が届いており、代表者:天蓮玲一、代表補佐:音波琴葉と書かれてあった。
「頑張ろうな、音波」
「はい、こちらこそ」
心のこもっていない返答、なんとも言えないスタートだ。この人が心を開いてくれる日は来るのだろうか。
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