1章2話「初陣」
目覚めると、時間は朝の6時だった。我ながら物凄く健康的だ。俺は朝の準備を終え、7時には第1区『学園本部』に向かう。
早い時間だと思うのだが、生徒数3000人は伊達ではないらしく、既に沢山の生徒が通学していた。荷物をなにひとつ持っていない生徒もいれば、大量に持たせられている生徒もいる。
魔法の使用も制限されていないようだ。道端で文字通り命懸けの戦闘を繰り広げる人、もの凄い勢いで道を駆けていく人もいた。現実離れしていて、どこか夢の中の世界にも思えた。
校舎区に入ってから、20分ほどして、ようやく自分のクラスを見つける。
中は意外と普通の教室で、魔法を使っている人もいない。その様子に違和感を感じ、すぐさま携帯にあるアプリを開き、自分のクラスを打ち込む。すると、クラスの名簿が表示され、階級も記載されていた。
名簿には階級10位から12位、『庶民』『従者』『奴隷』しか載っていない。恐らく、階級が近い人同士でクラスは組まれているのだろう。その証拠に、見回すとほとんどの生徒に傷や汚れが見えた。特に奴隷は一際酷く、ボロボロの体で押し付けられたのであろう大量の課題を必死に解いていた。どこか他人事のように感じたが、自分も命じられる側や命じる側に回ってしまうのだと考えると、どちらにせよ嫌気が差した。
「おはよう諸君」
1人の女性がハイヒールで軽快な音を鳴らしながら、教室に入り、教壇に立つ。胸元には水晶のように透き通った勲章が付いている。生徒には見られないその堂々とした態度に押されてしまいそうだ。
「今日から転校生が来ることは伝えたな。角の席にいるのが転校生だ。名前は天蓮玲一、階級は庶民。仲良くしてやれ」
先生は高圧的な態度で言うと、俺に目を合わせる。目を逸らすこともできず、ただ時間が過ぎてくれることを願う。
「私はこのクラスの担任をしている
綺麗なスタイルだが、そんなことに気を向けられないほど鋭く、冷酷な目付きをしており、畏怖を感じざるを得なかった。
「では、授業を始めよう」
◇
授業は特に言うことも無く、休み時間も誰とも話さないまま、この日は終わり、放課後に入る。俺が早々に荷物を片付けていると、急に俺の机の横に誰かが立つ。
「よぉ、天蓮だっけ?」
「……そうだけど」
かなり高圧的で、俺はつい怖気付いてしまう。思ったよりも人付き合いが苦手なのかもしれない。
「そう固くなんなって、俺は須賀。階級はお前と同じ庶民だから、仲良くしようぜ」
そう言って、須賀は手を差し出してくる。俺は素直に握り返す。どうやら悪い奴ではないらしい。普通の人もいるのだと、安堵する。
「早速だけどよ、授業も終わったし、楽しいとこ行かね?」
「楽しいところ?」
「どこに行くかは着いてからのお楽しみってことで」
第4区の歓楽街でも行くのだろうか。俺は特に追求せず、純粋な好奇心から了承する。
「お前もあのクラス来てビビったろ? みんな顔が死んでやがる」
「ああ、みんなボロボロだったな」
「無所属の連中は特にな」
「無所属?」
「そうか、まだ来たばっかだもんな。この学校には派閥制度ってのがあるんだよ」
須賀は自分の携帯を開き、自分のプロフィール画面を見せる。
「俺は九頭龍拓斗って人が率いてるところの派閥に入ってる」
「なにかメリットはあるのか?」
「ああ、まずは……と思ったけど、着いたぜ」
校舎からは出ていない。俺は疑問を持ったまま、須賀に連れられて空き教室に入る。中には2人の男がいた。
「おお、遅かったじゃねぇか」
声の主は金色に染まっている髪に少し太り気味の体型、口元には煙草を咥えており、一昔の不良を思い起こさせるような姿をしている。自分が場違いな感覚を覚えずには居られなかった。
「すまねぇな、九頭龍さん、今日は転校生を連れてきたんだ」
「転校生か! こりゃまた珍しいな、歓迎するぜ。俺は九頭龍、階級は8位『騎兵』だ」
ゴツゴツした手を差し出され、俺は悟られない程度に躊躇いながらも握り返す。まだ人間性の良し悪しはなんとも言えないが、少なくとも第一印象は悪い。
「んで、九頭龍さん。今日のは?」
「おい、寺町。連れてこい」
奥にいたもう1人の寺町という部下に命令すると、彼は机の陰から何かを引っ張ってくる。
「なっ……」
部下が引っ張ってきたのは縄で縛られた女子生徒だった。彼は俺達の前に彼女を乱暴に投げ、その身体は地面に打ちつけられるが、彼女は悲鳴のひとつも上げない。その動作を前にして、誰もなにも言わないことが怖い。
「今回は上物だ。なんたって、あの『高杉の人形』の1人だからな」
「へぇーー! まだ残ってたんっすね!」
「見てろ」
九頭龍はそう言うと、女子生徒のお腹を乱暴に蹴る。
「ほらな、悲鳴のひとつも上げやしない。痛みにも強い優秀な女だ」
違う、痛みに強いんじゃない。押し殺しているだけだ。歯を強く噛み締め、決して漏れないように。
「さて、新入り。俺は来る者を拒まないが、俺達と同類ってことは見せてもらわないといけねぇ」
九頭龍は女子生徒の頭を持ち上げ、俺の真正面に立たせる。
「どこでも良い、この女を殴れ」
目の前に立つ彼女の目は虚ろで視点が定まっていない。そんな人を殴れるわけがない。俺は言い返すわけでもなく、固まってしまう。
「ほら、天蓮。めちゃくちゃ簡単じゃねぇか。さっさとやれよ」
須賀はそうして当然と言うように言い放つ。だが、ここで手を出せば、人として終わってしまう気がした。
「人を殴る経験ってのはあんまりないからな、怖気付くのは分かる。だがな、これは命令だ。お願いじゃない」
そう言うと、九頭龍は彼女の肩を強引に引き付け、右頬を全力で殴る。軽そうなその身体は宙を舞う。地面に叩きつけられてもなお、彼女はまるで声を上げない。
「おい! 大丈夫か!」
反射的に彼女の方に駆け寄る。彼女の目は開いているというのに、口を開くことはしない。背後を勢いよく振り向くと、九頭龍が立っていた。
「なんだ? その目は」
「無抵抗の人間にここまでする必要がどこにある」
「ふっ、殴られるために生まれた存在を殴らない理由があるか?」
鼻で笑ってそう言う九頭龍に俺はもう耐えられなかった。
「………お前がやってることは人のやることじゃない」
「……あ?」
九頭龍の顔は一気に険しくなり、今にも殴りかかってきそうな程になる。だが、止めるわけには行かない。
「お前らは……動物以下だ」
「……そうか」
そう言ったかと思うと、次の瞬間、腹への鈍い痛みと共に俺の身体が吹き飛ばされ、壁に衝突する。
「お前らはそこで見てろ。来い天蓮、二度と逆らえないようにしてやる」
九頭龍は右手に炎を纏う。
「魔法でな」
九頭龍はそのまま腕を大きく振り、炎の球を俺に投げる。
「くっ……!」
先程の痛みに耐えながら、寸での所で避ける。炎の球は壁にぶつかると、紫色の障壁に阻まれ、消滅した。バーチャルだと分かっていても、熱量は本物の炎さながらだ。
戦うことを恐れてもいられない。抵抗しなければ、間違いなく殺される。怖気付いてしまいそうな自分にそう言い聞かせる。
そうこうしているうちにも九頭龍は次の火炎弾を生成する。
「さっさとお前の魔法も見せてみろ!」
そう怒鳴りながら、第二射が飛んでくる。魔法越しに見える九頭龍は十分すぎるほど余裕があり、初心者を痛ぶって楽しんでいるようにしか見えない。
「魔法をイメージ……!」
俺は九頭龍の攻撃を避けると同時に全く同じ火炎弾を脳内にイメージする。すると、体内のなにかが手に集中し、手のひらに火炎弾が出来る。原理は一切分からないが、物凄い達成感だ。
「お前の火炎弾と俺の火炎弾どっちが強いんだろうなぁ!」
九頭龍の第三射に合わせ、俺も右手を振りかぶる。
しかし、投げようとしたその瞬間、俺の手のひらの火炎弾は弾け飛ぶように消滅した。
「なっ……!」
困惑する間もなく、飛んでくる火炎弾は俺に直撃し、爆発する。信じられない痛みが全身を襲い、今にも意識が飛びそうになる。そんな中、九頭龍は半笑いでいかにも愉快そうに苦しむ俺を見つめる。
「おいおいおい。嘘だろ? お前……もしかして魔法が使えねぇのか!?」
何かの間違いだ。そんなことあるはずがない。単純に馴れていなかっただけ。パニックを抑え、もう一度冷静にイメージする。
「これでも喰らえ!」
大きく振りかぶり、九頭龍に向けて火炎弾を投げる。しかし、同じように消えてしまった。
「傑作だ! 魔法ひとつ使えない癖に俺に楯突くだなんて、とんだ笑い者だなぁ!」
九頭龍は高らかにそう言うと、手を叩いて笑う。もう一度、火炎弾を生成しようとするが、今度は投げる前に破裂してしまう。煽られていることに対して、怒りを感じる余裕もない。ただただ焦りが自分を支配していくのを感じる。
「もう認めたらどうだ? お前は魔法が使えねぇ。その腰に下がってもんの方がよっぽど戦えるんじゃねぇか!?」
悔しいが、魔法が使えない以上、九頭龍が言っていることは正しい。俺は腰の剣を抜き、構える。構え方など分からないため、酷く不格好かもだろう。
剣に魔力を注入してみようかと試みたが、これも先程と同様に剣に入る寸前で魔力が消失したのが分かった。だが、現実を突きつけられたことで冷静さが僅かに戻る。
「んじゃあ、これで終わりだな」
4度目の火炎弾。直撃すれば、間違いなく俺は死ぬ。
俺は剣を構えて走り、火炎弾を打ち返すように斬りかかる。圧倒的な熱量と手にかかる負荷が死を意識させる。
「ジュピターの根幹が感情なら……! 俺の心に応えろ!」
負けることなど、直感的に分かっている。だが、諦められない。
「この男を倒す力を俺にくれ!」
悲惨な現実を目の当たりにしてしまった以上、後には引けない。
『案ずるな、そんなもの……』
不意に脳内に女性の声が流れ込んだと思うと、ピシピシと音を立て、魔法にヒビが入る。
『お前はもう、持っている』
凄まじい音と共に火炎弾が消滅した。爆風やエネルギー体に変わるわけでもなく、文字通り魔法が俺の前から消失した。
「なっ……!」
幻聴か幻覚か、俺を含む誰もがその事実に驚愕するが、立ち止まっている暇はない。
「行くぞ! 九頭龍!」
俺は一目散に九頭龍を目掛けて突進していく。疑問も謎もあるが、そんなものは今は後、無理矢理自分の中に落とし込む。
「くっ……!」
九頭龍はすぐさま火炎弾を作り、発射させる。
さっきだけ起きた奇跡なのかもしれない。それでも、賭けるしかない。
昂る心を抑え、冷静に。先程当てた魔法の中心に全力の一撃を叩き込み、信じて、斬り捨てた。
「はぁぁぁ!」
魔法は再び消滅する。最初からそこに無かったかのように。達成感よりも、必死さが上回ってしまい、喜べない。
「どうなってやがる!」
九頭龍はそう叫ぶと、小さな火炎弾を複数生成し、投げつけてくる。
「お前みたいな奴がいるから……! あのクラスの人達の顔が死んでる!」
迫り来る火炎弾を次々と切り裂き、突き進む。怒りが込み上げてくるが、支配されないように。
九頭龍は一際大きい火炎弾を生成し、先程までの火炎弾が全て破壊されたと同時に俺に投げつける。九頭龍の魔力的にも、距離的にも、これを破壊すれば俺の勝ちだ。
「こんな下らない制度……俺が壊してみせる!」
最後の火炎弾が壊れ、俺は九頭龍に向けて剣を構える。冷静さなどもういらない。抑えていた怒りを爆発させる。
「終わりだ!九頭龍!」
俺は躊躇なく、九頭龍の心臓に剣を突き刺した。
「ようやくここまで来たってのに……クソが……」
そう言うと、九頭龍の身体は光の粒子のように弾け飛び、消失した。
多少放心状態のようになっているが、終わったという安心感はあった。
「負けた……九頭龍さんが……」
そう呟くと、2人の取り巻きは一目散に教室を去っていく。俺は追わずに、床に倒れている女子生徒の縄を解くことにした。
しかし、足を進めようとした瞬間、頭に痛みが走り、目の前に見たことがない光景が広がる。
浮世離れした宮殿の間のようなところに、片膝をつく九頭龍の姿があった。その前には5人の生徒がおり、真ん中の生徒は玉座のような場所に座っている。その胸には金色の勲章が付いていた。
『九頭龍拓斗……だったか?』
『はっ』
その男が口を開くと、九頭龍の低い姿勢が更に低くなる。
『お前に階級9位以下の生徒20名を率いる権限を託す。これからは高杉の傘下に入り、一層我が派閥のために貢献するように』
『感謝致します、代表』
『ご苦労だった、下がれ』
そこまで行くと視界が元に戻り、目の前には縛られている女子生徒がいた。今起きたことが理解出来ず、少し固まってしまっていたが、すぐに状況を再認識する。
「あっ……ごめん!」
正気に戻った俺は女子生徒の縄を解きにかかる。縄は思ったより固結びになっていて、少し時間がかかる。
「……どうして助けたんです?」
彼女はようやく口を開くが、そこに喜ぶ様子はなく、むしろ不服そうな彼女の言動になんとも言えない残念さを感じる。
「助けるのに理由なんていらないよ」
「……そうですか」
女子生徒はそう返し、しばし無言の時間が続く。話した方が良いのか、話さない方が良いのかすら分からない。
「よし、解けた」
ようやく縄が解け、彼女は立ち上がる。俺と目線を合わせたと思うと、彼女は片膝をつく。なにが起きたのか分からず、困惑するが、彼女はそんなことお構い無しに続ける。
「私は
主が倒されても、次の主に変わるだけで自分の立場は変わらない。皮肉な話だ。せっかく助けたのに、これでは意味がない。自分の力不足だ。
「じゃあ、早速ひとつ」
「はい」
「なにも気にしなくて良いから、自由に学園生活を送ってほしい。なんかあったら、また俺が戦うから」
「……承りました」
これが俺に出来るせめてものことだろう。恩着せがましいかもしれないが、俺にはどうするのが正解なのかも分からない。
「……負けられないな」
ひとつ目標が出来た。この女子生徒を本当の意味で解放する。そうすれば、俺は進める気がする。前途は全く見えないが、指針が決まっただけでも、今は喜びたい。
◇
「間違いないんですね?」
目の前に座る女の声は、普通の人が聞けば、落ち着いているように聞こえるのだろうが、俺に言わせてみれば、相当興奮している。そして、俺も待ち望んだ人材が現れたことに期待感を持っている。
「ああ、魔法を斬った転校生がいたって学園中が大騒ぎだ」
「へぇ、そんなことが」
やはり知らなかったらしい。低階級において情報戦は必須だが、高階級はそんなこと知らなくても勝ててしまうため、知らないのも仕方がないのかもしれない。同じ高階級でも差が出るのは育ちの差なのだろうか。
「現状の実力は?」
「ハッキリ言って弱いな」
「ふむ……私達同様に記憶を消されている可能性がありますね」
「同意見だ」
私的な感情は混ぜず、淡々と推測を打ち立てて行く様子は相変わらず見事だ。
「では、接触してきてください。育てるのも良し、逆に斬り捨てるも良し、強ければ、我々の派閥への勧誘も」
「命令か?」
命令でなくても俺は動くのだが、尋ねて置く方がいいだろう。別に嫌気が差すわけではないが、気になってしまった。
「はい、女王の名の元に命令します」
彼女の菫色の右眼が明かりに照らされて光り、どことなく威厳を感じさせた。
「了解」
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