第2話 花音ちゃんが買い物途中で失踪しました

 「姫川さん、ちょっと…」


 私は突然鷹浜部長に呼ばれた。何かやってしまったのだろうか…。課長ではなく部長に呼ばれることに内心ビクビクしながらも鷹浜部長について行った。


 「な、なんでしょうか…」


 オフィスを抜け、廊下脇にあるパントリーに誘われる。もしかして、これって…告白!? いや、確かに部長は肩書きや顔には文句ないんだけど、頼りないんだよねぇ…。

 

 「あの、もしかしてだけど…KMSやってたりする!?」

 「…え!?」

 

 驚いた。まさか、真面目そうな部長の口からKMSなんてマイナーなネトゲタイトルが出てくるなんて…。それに、なんで私がプレイしてるってわかったんだろうか。ヲタクなの隠してるし、一先ず否定しておこう。バレると印象が…。


 「それ、なんですか?」

 「え? King Magic Storyって言うネットゲームなんだけどさ。本当に知らない?」

 「ええ。微塵も」

 「そうか…気のせいだったのかな」

 「それにしても部長、そのKMSって言うゲームやってるんですか? 意外ー」

 「昔からやっててさ。最古参なんて言われるようになってて…。そろそろやめようかなって思った時に、姫川さんの容姿に似たキャラクターを見つけたんだ。しかも、アカウント名が『花音』だったからもしかして姫川さんじゃないかって思ってね…。勘違いだったらごめんね」


 最古参メンバーと呼ばれるユーザーは多くない。そしてその全てのユーザーがユニークネームを持っているぐらい強い。もしかして…。


 「部長、私もそれやってみたいのでアカウント名教えてもらってもいいですか?」

 「お? もしかして興味持った感じ? じゃあ…僕のアカウント名は『つるぎの騎士』って言うんだ。検索してみてね。おっともうこんな時間だ。じゃあ先に行くよ」


 部長はそう言って右腕の腕時計を確認してパントリーから出て行った。

 意外中の意外だ。最古参と呼ばれるユーザー中最もプレイヤースキルや装備レベルなども含め最強と言われるユーザーが『剣の騎士』なのだ。つまり、本物であればこれは…。

 あまりの嬉しさに唾を飲み込んだ。KMSプレイヤーならトッププレイヤーとフレンドになるって事がどれだけ嬉しい事か…。そこまでのやり込みプレイヤーなら私もヲタクって事をバラしてもいいのかも…。あーでも同じ会社の人だし、それに上司って言うのも…。あー! もう‼︎ 私はどうすればいいの⁉︎


 「…って話があったんだけど、どうすればいいのか分からないんだよね…」

 「いや、そんな千載一遇のチャンスないでしょ。私ならバラして部長と仲良くして部長もゲットしちゃうけどなー」

 「ハハッ…和葉は相変わらず肉食系だね」

 「いやいや、あんたが草食すぎなだけ。なんでそんな可愛いのに二次元ばっかり好きなのよ」

 「三次元はちょっと…。二次元なら私の理想像追えるし、裏切らないじゃん!」

 「はぁ…本当変わってるよね」

 「それほどでも」

 「褒めてない‼︎」


 和葉と昼休憩に部長との話をしてスッキリした。やっぱり和葉は親友だ。私のモヤモヤをスッキリさせてくれる。おかげで決心がついた。スマホを取り出し、部長へメッセージを送る。


 “今夜、鶴山坑道に来てもらえませんか?”


 夜、いつも通りゲームにログインをし部長との待ち合わせ場所である鶴山坑道までやってきた。内心ドキドキしている。今まで和葉以外にヲタクであることを打ち明けた相手はいない。それに、これから打ち明けるのは会社の上司(部長)だ。ないとは思うが、会社の人間関係に何かあれば、精神的にも重い…。


 鶴山坑道はダンジョンにもなっており、『剣の騎士』はダンジョン入り口にいた。

 見るからに強そうな風貌。腰の左右に長剣を携え、身のこなしがしやすそうな軽装。青色基調の装備品の詳細を見てみると全てが最高レア度だった。しかも課金アイテム。


 “驚いた。初心者がこんな場所を指定して来たから何事かと思ったけど…”

 “すみません。私、結構プレイ歴長いんです”

 私の姿を見て驚く部長。私の装備は課金装備ではあるが、限定ものばかり。しかも可愛いフリフリスカートだったり、ワンピースだったり、そんな装備ばっかり。


 “やっぱり、見間違いじゃないんだね”

 “部長、お願いがあります。私がヲタクだってだまっててもらってもいいですか?”

 “別にいいよ。僕もこの歳でゲームやってるなんて恥ずかしいから言ってないんだよね”

 “ありがとうございます‼︎”

 “代わりになんだけど、僕とフレンドにならない? あとたまにでいいから一緒にプレイしようよ”

 “…え!? いいんですか? 私なんかがあの騎士様と一緒にパーティ組んでも”

 “むしろ歓迎だよ。これからもよろしく頼むよ”


 そうして私は剣の騎士もとい鷹浜部長とフレンドになった。

 そこから、頻繁にパーティを組むようになり、いつの間にかタメ口で喋ったり、土日何をしているかなど話す仲になっていた。一回りも年上だけど話しやすく私との相性は良かった。イー君が私に合わせてくれてるだけかもしれないけど、私に取っては居心地の良い人に変わりはない。



 「そういえば、今度の土日って空いてますか?」


 イー君はいつも協力プレイ中に色々聞いてくる。もしかして私に興味がある? こんな何でもいけるヲタクを? ナイナイ。イー君はゲームの知識はあるけどアニメとか同人誌の知識はゼロだった。私はむしろそっちが主戦場なんだけど…。


 「今週の土日って言うと明後日だね。…あー、私の推しグッズ販売がある日だわー。朝から巡らないと」

 「そうなんですね。大丈夫です。すみません」

 「なになに? ゲームなら夜一緒にしてあげるからさ」

 「いえ、ゲームではないんですよ」

 「ん? どゆこと」

 「えっと…一緒にショッピングしませんかって事だったんですけど…」


 照れながら話すイー君。普段の会社の姿とのギャップに倒れそうな程の衝撃を受けた。何だこれは…‼︎ ギャップ萌えスゲー‼︎ そんなにオドオドしてたらいじめたくなるじゃん。


 「えー、そんなに私とデートしたいの?」

 「え!? で、でーとですか!?」

 「あははっ、イー君面白すぎ」

 「からかわないで下さいよ!」

 「ごめんごめんって。いいよ。じゃあデートしようね♡」

 「だからー…」


 やばいやばいやばい。流れとはいえデートする流れになってしまった。どうしよう‼︎ 私こんな見た目だけど男性との交際経験ってないんだよね。ずっとヲタクだったし。高校の友達は和葉だけだし…。恋愛マスターの和葉先生に聞いてみるしかないか‼︎


 すぐに和葉に連絡し、その日から恋愛マスターの手解きを受けた。まるで某RPGに出てくる初心者の館バリに優しく丁寧に教えてくれる和葉師匠。マジ神かよ…。


 緊張していたからなのか、あっという間に土曜日が来てしまった。こうなれば和葉師匠から伝授してもらったテクを披露するしかない。

 待ち合わせは十時に駅前。デキる女は少し遅れるらしい。とは言うものの予定より早くついてしまった。現在の時刻は九時半。私の方が先に来てしまってようだ。

 少しして、すぐにイー君がやって来た。


 「もしかして待たせちゃった?」

 「大丈夫、私も今来たところ。それにまだ十時じゃないよ」

 「ならよかった」

 「今日の予定って、どうするんだっけ?」

 「花音さんの行きたい場所に行きましょう。今日発売のグッズを買うんでしたよね?」

 「それでいいの?」

 「ええ! 僕は問題ありません‼︎」


 そこからはずっと私のターン。私のヲタグッズを買いに店を回りまくった。気がつけば両手に一杯の荷物を抱え喫茶店に居た。


 「疲れたー…」

 「買いましたね…」

 「そりゃあ、観賞用に布教用、保存用と買ってたら…ね」

 「それにしてもいつもこんなに買い物を?」

 「いや、今日は特別だからね」

 「特別…というと?」

 「イー君がいるし。ごめんね? 荷物持ちさせちゃって」

 「そう言う事でしたか、全然構いませんよ。いい勉強になりました」

 少しトイレにとイー君が立ち上がった。

 「いってらー」

 

 しばらくメロンソーダを飲みながら待っていると、突然誰かが話しかけてきた。


 「すみません。少しいいですか?」

 「え? 誰ですか?」

 「いえ、先ほど鷹浜聡司さんが倒れてしまいまして、お連れの方にお声がけした方がいいかと思いまして」

 「え!? イー君が?」

 「そうです。私がご案内しますのでついて来てください。荷物は彼女が運びますので」

 「…わかりました! 案内してください‼︎」


 イー君が倒れたと聞いて、私は冷静な判断ができていなかった。思った以上にイー君を心配する自分がいて困惑した。そんなことよりも早くイー君の元に行かなくちゃと思った。


 店を出て、しばらくすると男は突然立ち止まった。

 「ではお嬢さん、Good Night」

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