隠れヲタクの花音ちゃん
Yuu
第1話 花音ちゃんはオンラインゲームをしています
社会人になって三年目。またこの時期がやってきた。ムシムシして暑い。でもエアコンを付けると少し寒い。そんな嫌な梅雨が…。
昨日深夜までやっていたスマホゲームのせいで、寝不足・スマホの充電できてないのダブルパンチ。コーヒーブレイク中のTLチェックすらできない。見る専だからいいけど、習慣になっている行動に制限がかかるとストレスが増す。この時期のストレスとこちらもダブルパンチ。
「はぁ…ダルい」
ついついため息が出てしまう。昨日の会議事録作成をしているが、何せ2時間と言う長丁場だった割に話の内容が薄すぎてタイピングが進まない。とは言え、午前中に終わらせて上司の印をもらわないといけない…まさに苦痛。これでトリプルパンチだ。いやダブル×ダブル+シングルでフィフス? 地獄かよ…。
苦痛を耐え凌ぎながら、議事録を上司の机の上に置いて、私は昼食へと向かった。
「どしたー? げっそりしてるぞ?」
「いや、この時期じゃん? それに昨日これやってて寝不足にスマホの電源が事切れそう」
同僚で高校でもクラスメイトだった親友の『
「…これ面白いの? 少し前にはやった…何だっけあれに似てる」
「マズドラ?」
「そうそう!」
「ふっふっふ。和葉くん、君は何もわかってないね。このゲームの面白さに」
「何その口調、気持ち悪い」
「何を言うかー! ほれほれ、お主のスマホにも強制ダウンロードしてやるぞぉ」
「ちょっとやめてよー…ハハハッ」
少しJKぽい会話のやり取りをしていると、同じ課の田中先輩がやってきた。
「姫川、ちょっといいか?」
「はい。何ですか?」
席を立ち、先輩についていく。休憩所から少し離れた自動販売機のところで先輩が立ち止まり振り向いた。もしかしてこんな真っ昼間に告白とかですか? でも田中先輩タイプじゃないんだよなぁ…。
「姫川、昨日の会議書記として出てたんだよな?」
「はい。そうですけど…」
「課長がなんかすごく怒ってたぞ? 一体何したんだ?」
思い当たる節がない。私は議事録作成をしただけ。つまり、そう言うことなんだ。私の議事録に文句をつけたいのだ。あの課長私ばっかり怒ってない? この間も自分のミスを私のミスみたいに怒ってきてなかった?
「はぁ…またですか。多分午前中に作った議事録の事だと思います。行ってきます」
「お、おう…」
この時期のイライラに加えてあの課長からの陰湿なパワハラに耐えないといけないのか…。午後から有給取って帰ろうかな。
「課長」
有本課長のデスク前にやってきた。
「やっと帰ってきたか。田中にはすぐ戻るように伝えたんだけどな」
「いえ、田中先輩にお話を聞いてすぐこちらに参りました」
「それならいいんだよ。で、何だこれは」
「これと言いますと…」
課長は私が作成したであろう議事録をデスクに叩きつけた。
「君が作ったこの議事録だよ。何? 君本当にあの会議出たんだよね?」
「出席しました」
「なら何でこんなくだらないことばっかり書いてるんだよ!」
「くだらないことは書いてませんが…」
「言い訳はいいんだよ。どうするんだ、午後には部長に提出してミーティングがあるんだぞ?」
「すみません…」
深々と頭を下げ、課長の機嫌を取る。
「謝って済むならさっさと直せ!」
会議事録のペーパーが私の頭を掠めた。もう我慢の限界だ。やめようかなこの会社…。
床に落ちた会議事録を拾おうとした時、細長いがゴツゴツとした男性の手が議事録を拾った。
「ふむ…」
私が作った議事録をじっくりと読むのは、課長の同期でもあり、私たちの上司でもある『
「よくできてるじゃないか。きちんと問題点も書かれてある。有本君、これのどこがダメだったんだい?」
「いえ…その…」
鷹浜部長の登場により、みるみる内に小さくなる有本課長。ザマーミロと心の中で叫びながらも鷹浜部長にお礼を言う。
鷹浜部長は私に拾った議事録を手渡してくれた。そして少し耳打ちをされる。
「今日の午後8時、いつもの場所で」
いつもの場所…。そう、これは召集なのだ。
「それじゃあ午後のミーティングも頼むよ有本君」
「…はい」
軽やかなステップでその場を立ち去ってしまった。本当に掴みどころのない人というか、本当に部長なのかどうか怪しいほど軽い。
呆然とする課長を放置し和葉の元へと戻った。
「大丈夫だった?」
「うん。部長が助けてくれてさ」
「え? あの肩書きの割に頼りなさそうな男ナンバーワンの鷹浜部長!?」
「何、そのランキング…」
「知らないの? 伝説の三冠男なんだよ?」
「三冠? それ何?」
「えーっと…、頼りなさそう・押しに弱そう・腰が低そうだったかな」
「えぇー…。全くいいとこないね」
「まぁ仕方ないと言えば仕方ないよね。でもなんで部長までいけたんだろうね」
「ハハハッ…」
そんなくだらない会話をしていると、昼休憩終了まで5分となった。あの課長とのいざこざがなければもう少し時間があったはずなのになー…。思い出すだけでイライラしてくる。
◇
「さて…」
残業もせず無事仕事を終えた私は自宅のパソコンの前にいた。時刻は七時五十分を過ぎたところ。これはギリギリかもしれないと焦るようにパソコンの電源を入れる。
「ゲッ…またアプデ入ってるじゃん」
電源を入れてパソコンを立ち上げたと思ったらOSのアップデートポップアップが起動した。時間ないんだって…。
「アプデは私が寝てる間にしてもらってっと…」
デスクトップ画面にある『KMS』と書かれたアプリケーションを起動しログインする。KMS、正式名称は『King Magic Story』と言う十年以上前からあるオンラインゲームだ。今時ならVRなんだけど、少し合わなくてこう言う一昔前のゲームを好んでプレイしている。
ポンポンポン!
私宛にメッセージが飛んできた。
“準備できてる? 今日の八時半から新規イベントだけど“
メッセージの送り主は『e-glBech』と名前が書かれていた。
“もう少し待って、今インしてるから“
“りょ。ならインしたら中央広場で“
しばらくすると、『
“お、やっと来たかー“
“ごめん、待たせたねーって…。今日は全身甲冑なのね“
“新しく金ピカの甲冑を仕入れたから性能チェックとイベントようにアイテム補充をしたいんだ“
“なーる、りょ。じゃあ物理攻撃中心のダンジョンに行こうか“
“そうだな。できればそうしたい“
“おk。なら私少し装備と職業変えてくるねー。とりま、パーティ申請しとくー“
“おk_(:3 」∠)_“
“いや、いつもそうだけど、その顔文字合ってないよ?“
“そ、そうかなー? or2“
“それも!“
“むむぅ…“
e-glBech、通称イー君に付き合うため僧侶に職を変更し、天使姿へと変える。装備を再確認し、スキルセットも変更した後にイー君の元へと戻る。
“花音ちゃんの天使キター‼︎“
“いつもその反応飽きないわw“
“いや、だってまじでその衣装とキャラメイクが神すぎて…”
“そ、そう? まぁとりま行こ?”
“行こうー行こうー”
“じゃあ通話しようか”
“おk○“
通話アプリを起動し、イー君のアカウントへ通話をかける。
prrr...prrr...
「もしもーし、聞こえる?」
「聞こえますよ」
「じゃあ潜ろうか」
「そうですね」
落ち着いた男性の声が私の耳に響く。よく知っている声だ。
「そういえば、今日みたいに人前で耳打ちはやめてよねー。何か勘違いされたらどうするの?」
「…確かにそうですね。以後気をつけます! じゃあ次はメッセージを送りますよ」
そう。よく知っている声とは、部長の鷹浜聡司だった…。
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