第28話 抵抗と敗走
以前ワイバーンと戦った時、キースは為す術もなく一方的に蹂躙されてしまった。生物としての格がキースとは根本的に違っていのだ。それでも必死に抵抗し、そして最後には殺された。
今目の前にいるワイバーンはあの時の奴よりも明らかに格が上であった。その大きな身体は人間がいかに卑小な存在なのだと気付かされる。
しかし、そんな凶悪な存在であるワイバーンを前にして、キースは未だこうしてワイバーンと向き合い大地に立っていた。本来であればただ蹂躙されるだけの小さな存在であるにも関わらず。以前にワイバーンと戦ったという経験がキースを生かしている一つの要因ではあるだろう。しかしそれよりも、何より前回と今回とでは決定的な違いがあった。
「はぁぁぁーーーー!!」
荒れ狂う爆炎が木々を揺らし、凄まじい熱風が肌をちりつかせる。人程度であれか簡単に消し炭になるであろう熱量が、辺り一面を赤く染め上げる。
巨大な炎柱から鋭い尾が飛び出してくる。その軌道に割って入るようにキースが移動し尾を剣でそらし打撃の威力を殺す。そこへ再び炎が割って入る。炎を前にキースは一歩後退し、肩で息をしながらも状況を冷静に分析する。
「やはり……エルティナ、どうだ。」
「ええ、炎に対し耐性をもっています。あまり傷を負ったようにはみえません。」
「ではどうする?」
「風魔法に切り替えます。氷結魔法の方が効果が高いかもしれませんが、あまりにも溜めが長すぎるので発動する時間を稼ぐのは難しいです。」
「そうか。もし好機があればその時は頼む。時間は稼ぐ。」
「わかりました。」
頬を伝う汗を手の甲で拭い、心を落ち着かせるように深く息を吸い込む。
大丈夫、まだやれる。
キースはこの絶望の最中、以前とは違いまだ心に余裕があった。
ここまでキースが生き残れた最大の要因、それはエルティナの存在だ。彼女はC級上位という冒険者の中でも腕利きの強者であるが、その実力はまさに一流と言って良いものであった。彼女から繰り出される魔法は人程度であれば即座に命を奪う程の威力を有していた。強靭な肉体を持つワイバーンに対しても、決め手には欠けるものの、こうして相手を食い止めることが出来ていた。そして今も火炎魔法が効果が薄いとわかるとすかさず違う属性魔法に切り替える技量も持ち合わせている。実力だけ見れは彼女は既にB級といってもいいだろう。
炎が消え、その下からワイバーンが姿を表す。身体の表面を炎で焼かれているが、あまり傷を負っているようには見えない。エルティナの言ったように炎に耐性があるのだろう。巨大な身体に尚且耐性を持つとは、ますますの怪物だ。
そんな怪物が勢いよく二人に突進してくる。それをキースは左に、エルティナは右に移動し突進を回避する。その回避に合わせて、ワイバーンは身体を半回転させ爪と尾で追撃を仕掛けてきた。繰り出された爪をキースは剣で受け止める。そして受け流すように剣を動かすが、すべての勢いを殺すことは出来ずそのまま後ろへ吹き飛ばされる。だが多少は威力を流せたおかげで無様に転ぶことはなく、二歩三歩と後退した後体勢を立て直す。
尾で追撃されたエルティナは、素早く後方へ退き鮮やかに回避してみせる。魔法使いのエルティナであるが、身のこなしもかなりのものであり、それらも並の冒険者を軽く量がしていた。これがスキルによるものなのか、または鍛錬した技の賜物なのかキースには推し量ることは出来ないが、今この場では頼りになることは間違いない。
キースがワイバーンの攻撃を盾として受け止め、防ぎきれなかった攻撃はエルティナが的確に回避する。隙をみて高威力魔法で攻撃を仕掛け、またキースが危うくなる場面では素早い魔法で的確に援護する。溜めが長い詠唱の時はキースが身を挺してエルティナを守り、時には身代を使い盾となる。こうした一連の流れにより、二人はなんとか生き長らえていた。
拮抗した状態が長く続く。
一見互角にみえる戦いではあるが、ワイバーンとキースたちでは決定的な違いがあった。それは両者の生物としての格の違いだ。ワイバーンの一撃一撃が、そのどれもがキースたちを軽く屠ることができる。一方キースたちの攻撃は、どれも決め手には程遠いものであった。
このまま長く戦えば、結果は火を見るより明らかだった。それがわかっているからこそキースとエルティナは、どうにか状況を打開できないか考え続けているのだ。
「やっぱり発動時間の短い魔法では決め手に……。」
「だが、これ以上時間が必要な魔法だと溜めの隙きが作れない……か。」
二人に焦りの表情が見える。
何か手はないか。
必死に頭を回転させ、打開する手立てを模索する。
このままでは……
「……う…ぐぅ……。」
二人のはるか後方、そこに動く影が一つ。
その姿を確認したキースは、ワイバーンを警戒しつつも、その者の名を叫ぶ。
「ザイルっ!!!」
C級上位冒険者、ザイルが目を覚ましたのだ。
「……ググッ…… ゴホッ ゴホッ あ、ああ……」
目を覚ましたザイルは、状況をうまく飲み込めていないのか、どこか上の空で辺りを見つめていた。そして己の身体の異変に気が付き声をもらす。
「……ぁ…ああ……」
己の失った左腕を見つめ、呆然としていた。
「ザイルッ!! これを使え!!」
キースは己の剣をザイルの足元に投げつける。ザイルの武器はワイバーンの亡骸に刺さったままなので、それの代わりにキースの剣を差し出したのだ。
キースは腰に差していた予備の剣を素早く引き抜く。そしてそれを
「!?? キースさんっっ!!その腕は!? 」
エルティナが悲鳴に近い驚きの声を上げる。彼女の見つめた先、そこには手首から先を失ったキースの姿があった。
「説明している暇はないっ。 ザイル!! 既に怪我は平気な筈だ! 援護を頼む!!」
ザイルはキースを遥かに上回る冒険者だ。その実力は既に証明されている。キースとエルティナにザイルが加われば、状況を打破できる。少なくとも生き残れる可能性はかなり高くなったと言えるだろう。
「ザイルっ!! しっかりしろ!! 剣を拾え!!」
キースの声に反応するようにザイルが目の前の剣に手をかける。失った手で、しっかりと剣を握る。
「よし、そうだ! 俺とお前でワイバーンを食い止めるぞ! エルティナを守り援護するんだ!! エルティナ! 隙きを見て氷結魔法を頼む! 」
「わかりましたっ!!」
「よしっ! 光明が見えてきたぞっ!」
己を奮い立たせ、声を上げて鼓舞する。
これまで苦しい表情をしていたエルティナにも笑顔が戻る。
生き残れる。
それがより確実になりつつあった。
剣を握る手に力を入れる。片腕でどこまで持ちこたえられるかわからないが、たとえこの身が粉々になってもエルティナだけは守ってみせる。それに今はキース一人ではない。上位冒険者のザイルも一緒に盾となるのだ。ワイバーンの猛攻を切り抜けられるだろう。
「ザイルっ!! 気合を入れるぞ! 死んでも彼女を守れ!」
全身に気を巡らせ、己を鼓舞し雄叫びを上げる。
「うおぉぉおおおーーー!!!!」
キースの雄叫び、それに反応するかのように、ザイルが剣を手に駆け出す。
ザイルの気配をキースは後ろでに察知し___
そして不覚にも間抜けな声をあげでしまった。
「_____っえ……?」
ザイルは駆け出す。
全力でその足を動かして。
またたく間に両者の距離が離れていき……
そして森の中へと姿を消していった。
「あのバカぁぁぁっ!!!!!!」
エルティナの怒りにも似た悲痛な叫びが森にこだまする。
それをキースはどこか他人事のように捉えているのであった。
「…………行っちまったよ。」
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