第27話 新たな脅威

「こいつぁ……」


 キースは目の前の光景に思わず言葉を失う。確かにキースらは調査という名目で森の中を探索していたが、しかし、それがこうも容易く見つかるとは。おそらくザイルの能力が関係しているのだろうが、それにしても……。もしかしたら補佐長はこれを見越してザイルたちに調査を命じたのかもしれない。だとしたら、この少人数で、しかもキースという足手まといを加えての調査も納得出来る。


「おいオッサン。」


「ザイル、どうした。」


「こいつが調査対象のワイバーンで間違いないんだな。」


「ああ。その頭部の傷、間違いない。先日森に出現したワイバーンだ。」


 目の前に倒れているワイバーンは、片目を潰されそこから血を流している。キースに傷つけられた箇所で間違いない。なにより一度殺された相手だ。見間違えるはずがなかった。


「さてと、ワイバーンの捜索及び周辺の調査が任務だったはずだが、この場合はこいつを始末して構わないんだな。」


 ザイルの質問にキースは肯いて応える。


 ワイバーンは意識を失っているのか、こちらに気づく様子もなくピクリとも動かない。いや、動けないのかも知れない。頭部の傷は明らかに致命傷であり瀕死の状態であることは間違いない。むしろ今この時まで生きているのが不思議でならない。この傷でどうやって此処まで逃げ延びたというのだろか。



 ザイルは剣を鞘から引き抜きワイバーンへと詰め寄る。そして未だ意識を失っているワイバーンの首へと剣を持っていき______







 その首を切り落とした。






 呆気なかったと言ったらそれまでだろう。ザイルは苦もなくワイバーンの首をはねた。スキルによって極限まで高められた斬撃はいとも容易くそれを断ち切る。意識を失っていたワイバーンはついに目を覚ますことなく永遠の眠りについたのだ。


「随分とあっけねぇ幕切れだぜ。」


 ザイルは軽口を叩くとその剣をワイバーンの腹へと突き刺す。既に命を失っているワイバーンの身体は抵抗なくその刃を受け入れる。


「どうやら完全に死んだようですね。」


「首をはねられて生きてたらそれこそ化物だろうしな。」


「この後はどうするんですか?」


「そうだな……」


 本来であればワイバーンの足取りを調べるための調査であったが、それは現時点をもって達成されたといっていいだろう。ワイバーンそのものを見つけ、そして討伐できたのだ。


「こうしてワイバーンは見つかったんだ。後はこのワイバーンが何故この森に来たのか、その原因を突き止められれば任務達成だな。」


「んだぁ? もう終いでいいだろオッサン。」


「そういう訳にもいくまい。これも立派な仕事だ。」


「っち  クソ面倒くせーな。」


「まぁ、とはいえ、大元であるワイバーンはこうして討伐出来たんだ。仕事としては上出来だ。そう腐るな。」


「けっ 」


「さて、ではまずはワイバーンを調べて見るか。それと周囲の偵察だな。ザイル、周囲の警戒を頼む。エルティナは俺と一緒に周辺の調査だ。何か手がかりがないか調べよう。」


「はい、わかりました。」


「くだらねー……。テメーらで勝手にやってろってんだ。」


 ザイルはワイバーンに刺していた剣を引き抜こうと柄に手をかける。






 しかしその剣は引き抜かれることはなかった。





「………は? 」



 ザイルは間抜けな声を上げ自身の手を見つめる。


 いや、その表現は正確ではない。


 正確に言うのであれば、手があった場所・・・・・・・を見つめていた。



 ザイルの左腕、その手首から先は消失していた。

 その断面から心音に合わせるように血がドク、ドク、と吹き出していく。



「……っんだこれ___  」


 呆然とした様子で己の手を見つめていたザイルの言葉は、その途中で遮られた。風を切る音とともに衝撃音が森の中に鳴り響く。そして続けざまに何かを叩きつけられるような音。


 キースがその音の方向に視線を向けると、そこには力なく横たわるザイルの姿があった。先程までワイバーンの亡骸の近くにいたザイルがいつの間にかはるか後方まで移動していたのだ。先程の叩きつけられるような音は、ザイルが森の木に衝突した時に発生した音、そして先程の衝撃音はザイルを吹き飛ばした時の音だったのだ。


 何故ザイルは吹き飛んだ?


 キースは視線をワイバーンの亡骸に戻し____我が目を疑った。










 そこには巨大なワイバーンが存在していたのだった。





「なっ……」


 何故。その言葉がキースの中に渦巻く。


 生き返った?


 いや違う、そうではない。今もなおワイバーンの亡骸はその場に存在している。ならばこのワイバーンは別の個体ということだ。そしてなにより、今目の前にいるワイバーンは、亡骸の個体よりもさらに大きな巨体をしていた。


「エルティナッ!」


 キースは剣を抜き、新たに登場したワイバーンを牽制しつつエルティナに声をかける。こちらの声に反応したエルティナへ、目線でザイルの方へと意識を向けさせる。その意図に気がついたエルティナは、すぐさまザイルの方へと駆け寄っていく。


 新たに登場したワイバーンは、まるでキースなど眼中にないかのような態度でワイバーンの亡骸へと近寄る。そしてその長い首を動かし、亡骸の状態を確かめるように顔を添わせる。


「キースさん。」


 ザイルの様子を確認していたエルティナが、駆け足でキースの方へ近寄ってくる。


「ザイルの様子は。」


「死んではいません。ただ強い衝撃を受けたせいで、気を失っています。それと左腕ですが、止血し応急処置をしましたが……。」


 後方で木を背にして座るようにして気絶しているザイルの姿がみてとれる。その左腕は未だ手が欠損しているが、手首の根元が布で縛られ止血されている。エルティナが処置をしてくれたようだ。


 その様子をみて、キースは身代を使用するかどうか迷う。

 が、それも一瞬、すぐに決断を下す。


 視線を前に戻しワイバーンと対峙する。


 戦力差を考えるならば、キースは身代を使ってザイルの怪我を治すべきである。しかしキースはそれをしなかった。たとえこの場で身代を使ってもザイルがすぐに戦線に戻る事が出来ないからだ。いくら外傷を直しても、すぐに意識を取り戻すと言うわけではない。そうなれば、現在の戦力が片腕を失ったキースとエルティナだけになってしまう。そなるとただでさえ厳しい状況がさらに追い詰められた状態になってしまう。キースが今出来ることはザイルが覚醒するまで場を持ちこたえることである。そう判断し身代を使用するのを止めたのだであった。


「エルティナ、ワイバーンと戦ったことは?」


「何度か。ただ……あれ程の巨大はこれまで一度も。」


「そうか。この状況、どうみる。」


「……正直、かなりマズイ状況かと。以前ワイバーンと対峙した時は、もっと多くの人数がいました。それに前衛も充実していましたし、なによりそれらの時はもっと小柄な個体でした。」


 何度もワイバーンと対峙したエルティナをして、今目の前にいる奴はそうとうででかいらしい。


「俺が盾になる。エルティナは状況をみて魔法を放て。」


「一人で前衛をするのは危険です! それに……」


「それに___こんなオッサンでは頼りないってか。」


「…っ!」


 エルティナの考えていることはもっともだ。キースの実力は冒険者として低級、上級のエルティナからしたら頼りなく見えるのだろう。しかし、それでもキースはあえて声を高く上げてエルティナに説明する。


「心配しなさんな。前もワイバーンと対峙したが、こうして無事生き残っている。そしてあの時戦うのは一人だったが今はエルティナ、君がいる。ならば何も問題ない。そうだろ?」


 不安を感じさせない、軽い口調で言ってのける。笑顔でエルティナへ語りかけるキースの様子に、エルティナは意を決したようだ。


「……わかりました。ただ、一人で全部引き受けようとしないで下さい。私も多少は動けます。キースさんばかりに負担をかけさせません。」


「それはありがたい。だが心配するな。魔法職の君がやられたらそこで終了だ。命をかけて君の盾となるさ。」


「……はい。」


「皆で生き残って町に帰ろうじゃないか。そして晴れて君らはB級だ。昇級祝いに一杯奢ってくれよな!」


「っ はい!」


 これまで大人しく亡骸へ寄り添うようにしていたワイバーンであったが、その巨体がゆっくりと動き出した。


 首を上へ向け、そして咆哮を上げる。


 空気を切り裂くその爆音は森を揺らし草木や葉が激しく舞い上がる。

 激しい振動がキースの身体をゆさぶる。

 ただ叫ぶだけでこれだ。あらためて桁違いな存在なのだと気付かされる。


 長く続いた咆哮が止み辺りに静けさが戻る。


 上へ向けられていた首が下へと向けられる。


 その顔には怒、そして憎。

 憎悪の炎がその瞳に宿っていた。


「どうやら、本気でお怒りのようだな。」


「___」


 キースの言葉にエルティナは反応しない。彼女の意識は目の前にいるワイバーンへ、そして自身の身体に流れる魔力へ向けられていた。エルティナは既に魔法を唱えるために全神経を集中させていた。


 エルティナから感じる魔力の奔流に応えるように、キースも全身に力を込め気合を入れる。


「よしっ! それじゃ、いっちょ行きますかっ!!!!」

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