第20話 魂なき肉体

   “ 魂を食らい、死人とし、魂の下僕せし永久の奴隷とす ” 




「魂を…… 食らう…?」


 思ず言葉を反芻するキース。ソフィア発した言葉の意味が理解出来なかった。それはナタリーも同じで、眉を潜ませその言葉の意図をつかみかねていた。


「ソフィア、それはいったいどういう意味……」


 キースはソフィアに疑問を投げかける。いきない魂とか言われても、理解できる方が少数派であろう。


 しかし、そうではない者もいた。




 シルビァーナはその顔に驚愕の色を浮かべ、そして次第に顔を歪めていく。



「……魂だって? いや、しかし……、でも…   まさか……」


「シルビィ?」


 ブツブツと独り言を呟くシルビァーナに気がついたキースは、彼女に声をかけるが、それに応える事もなくシルビァーナはただ自身の考えに思考を巡らせていた。


「このスキルは……」


 様々な疑問を頭に浮かべる中、ソフィアがキースの問いかけに応えるように、言葉を続ける。


「このスキルは、回復なんかではありません……。実際は、使用した相手の魂を喰らい……魂を呪縛し、喰らった相手を生きける屍人とし永久の奴隷と課すもの……。魂亡き肉体は朽ちて滅することなく、術者の下僕として主が朽ち果てるその時まで永遠にその魂を縛られる……。」


「な、何を言って……」


 魂を喰らう? 


 魂の呪縛、永久の奴隷、朽ちぬ屍人___?


 もはや何を意味するのか理解不能であった。あまりにも突拍子もない非現実的で、現実味もないその話に、キースはただ混乱するばかりである。


「私は……」


 大粒の涙を流し、ソフィアは懺悔するようにその首をうなだれさせ、小さな声で、それでいて心からの、悲痛の叫びをもらす。


「私は……キースさんの魂を、喰らっ……。助けるためと言っておきながら、私は、キースさんを…… 殺してしまったんです……。」


「なっ……!??」


 俺が……殺された___?


「魂を失った者は……、すでに……生きては……。」


 既に死んでいる___そう言われて、はいそうですかと受け入れられるかと言われれば、間違いなく無理である。現にこうして生きてこの場にいる。ちゃんと目で見て、肌で感じ、そして頭で物事を考えることが出来ている。これで死んでいると言われても、納得することはできない。


 キースは己の心臓に手をやる。

 心臓は確かに鼓動し正しく脈をうっている。


「……はは、冗談がキツイぞ。ちゃんと心臓だって動いているじゃないか。大丈夫だソフィア、俺はまだ生きてる。」


 それだけは確かである。生死についての定義が何かなどキースは知らないが、こうして生きていると断言することは出来る。死んでいれば、そうだと言うことすら出来ないからだ。


 しかし、そんなキースの言葉にソフィアはただ俯き、そして首を横に振る。まるでキースの言っているこが間違っているとでも言うように。キースの言葉を否定するように。


「今のキースさんは……魂を失った器の状態です……。 魂亡き肉体は…… 朽ちることはありません…。既に屍人だから……。」


「朽ちないって……、既に死んでいるからこれ以上死なないってか。随分洒落た言い回しだな。まいったねこりゃ……。だが、ちょっとおかしくないか。朽ちないと言ったが、俺は今朝まで大怪我をしていて、とてもじゃないが動ける状態じゃなかった。ワイバーンに怪我を負わされて、瀕死の重傷だった。一歩間違えればそれこそ朽ち果てるところだったんだ。ソフィア、君のスキルで回復があったからこうして動いていられる。もし本当に屍人だったら、回復なんかしないでも平気なはずだろ?やっぱり魂云々は間違いなんじゃないか?」


「それは……、キースさんを回復させたのは…、せ、正確には回復ではありません。私は、ただ直しただけ……です。」


「直す?」


「……崩れた積み木を、ただ元の形に戻すように…。 崩れた砂山の砂を集めてまた山の形にするように……。治療ではなく、ただの復元……。生有るものに行う治療とは、根本から違います……。」


「……なん…だって…?」


 自分の身体が積み木や砂山と同じよなものだと言われ、キースは戸惑いを見せる。昨日のあの怪我も、治したのではなく直しただけ……。

 キースは理解が追いつかなかった。いや、理解したくなかったのか。


 様々な思考に感情が追いつかず、混乱を期しているキースの元に、シルビァーナが近寄ってくる。


「…シルビィ?」


「……キース…」


 シルビァーナはキースの前に着くと右手を前に出し、キースの胸の部分に手を添える。目を瞑っているシルビァーナは、何かを確認するかのように、じっと動かずに、ただキースの身体を調べることに集中していた。


「……ハハ…」


 どれ程の時間そうしていたであろう。額に汗を滲ませ、眉間にシワを寄せ集中していたシルビァーナであったが、突然渇いた笑いをもらした。


「…ハハ……ハハハハッ……」


 胸に当てていた手を力なく離し、自身の顔を手で覆うようにして、ゆっくりと、静かに、気の抜けた笑い声を上げていく。


「ハハハ…、なんてこったい……。こんなこと、があり得るなんて……。昨日感じていた違和感……、それが……、こんな…。 いったい誰が信じんだというのさね……。」


 渇いた笑い声をあげ、顔を上に向け誰に話しかけるでもなくシルビァーナは独り言を呟いてる。その光景にキースは、己の不安が高まるのを感じていた。


「シルビィ、いったい……。」


 シルビァーナはゆっくりと視線をキースへと向ける。その瞳は、複雑な表情が幾重にも渦巻いていた。


「キース、ナイフを。」


 突然の申し出に戸惑うキースではあるが、言われた通りに懐のナイフをシルビァーナに手渡す。ナイフを受け取ったシルビァーナは、反対側の手でキースの手を引き、そのナイフでキースの指を当て切りつける。


「っつ…!」


 いきなり切りつけられた事に戸惑うキースを他所に、シルビァーナはその傷ついた指先を見つめ、そして集中するようにその指を自身の手で包み込む。


 その手を離し指先を確認する。そこには傷ついたキースの指か、血が滴り落ちていた。


「……やはり、こうなったさね…。」


「……?」


「……キース、私のスキルのことは知っているだろう。」


「あ、ああ。」


 シルビァーナは複数のスキルを有している。そのうちの一つが【治癒】だ。そのスキルを生かして治療院を運営している。


「私の【治療】は傷病を癒すことができる。死に直結するような外傷や病症は治療することは出いないが、それでも、ある程度のものなら治すことが出来るさね。ただあまりにも時間が経ってしまった古傷なんかは無理だけどね。」


 シルビァーナのスキルでは、過去に負った傷までは癒すことは出来ない。古傷はすでに治っており傷とはみなされないのだ。


「それでね……。今アンタの指を【治癒】してみたんだよ。だけど、結果はご覧の通りさ。」


 先程のシルビァーナの行動は、治癒を行うためのものであった。しかし、キースの指からは未だに血が滴り落ちていた。これはシルビァーナの治療が効かなかったことを意味しているのだろう。


「最初に異変を感じたのは昨晩のことさね。運び込まれてきたキースを治癒しようと思ったけど、傷が回復しなかった……。あの時は、あまりの深手で治癒が不可能なのかと思い、急いで別の治療方法で処置を行ったが。その時に気がつくべきだったね。アンタの身に起こっていたことを…。」


 シルビァーナはキースの手を離し、そして深く息を吐きだす。


「私が【治療】出来るのは、あくまで生きている者だけだ。死んでいる者を【治療】することは出来ない。死者を生き返らせられることは出来ないからね。死者に【治療】を行っても、効果がないのさ。」


 キースはシルビァーナの言わんとすることがわかってしまった。そして、シルビァーナは既に結論をだしたのだろう。複雑な感情を内包したその瞳がそれを物語っていた。


「そして今…。キース、私はアンタに【治療】を行った。しかし効果は現れなかったのさ……。これが意味すること……。もう判っているだろ……。」


「シルビィ…。 だが……しかし…。」


 シルビァーナはキースの胸を指差す。


「そこを【認識】で見た。深く、より深くね。昨日はアンタの怪我を見るために外傷を含めたそれらを知る為に【認識】を使った。でも今回は違う。ある一点を知る為に、他にいっさの力を使わず、ただそこだけを見るために……。」


 重い沈黙の後、シルビァーナは静かに言葉を口にする。


「___アンタの其処に、魂はな無かったさね……。」









 何を言っているだ。そんなことあるわげがない。



 そう言おうとしたキースだが、言葉が出なかった。


 そして理解した。いや、理解してしまった。


 あの時の感覚、あれはそういうことだったのだと。


「ああ、だからか……」


 キースは思い出していた。

 ワイバーンに襲われた時のことを。

 傷つけられ、引き裂かれ、そして己の死を悟った時。

 死ぬ瞬間、自身に訪れていた、あの時の感覚を。



 自身の身体から魂が抜ける・・・・・・その感覚を___





 キースは全てを理解した

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