第19話 忌まわしき呪い 魂の呪縛、永遠の奴隷

 ソフィアが行った事は、決して許されるものではない。それはあまりにも悍ましい、あまりにも醜悪な、生きとし生ける物全てに対しての冒涜であった。だからこそソフィアは己が行った事に対し、絶望した。


 このまま消えてしまいたかった。死んでしまった方がマシだと思った。だが出来なかった。このまま無責任に消えるなど許されることではない。それだけは絶対にしてはならない。その事にソフィアは絶望し錯乱した。


 だがいつまでも黙っているわけには行かなかった。自分の為に、身命を賭してソフィアを守ろうとしてくれたキースに対し、不誠実ではいたくなかった。たとえ彼に行ったことが許されざるものだったとしても、たとえ彼に嫌われようとも……。


 顔を上げて前を見つめる。そこにはキースの顔があった。こちらを心配しているのか、不安そうな表情をしている。これから話す事実を知ったら、この顔はどうなってしまうのだろう。怒り狂い、その憎悪をソフィアに向けてくるかもしれない。その事がソフィアは恐ろしかった。あの優しかった笑顔が怒りに変わってしまうのが……。しかし、それでも話さなければならなかった。その負の感情を受け止めなければならない。それがソフィアが行ったことに対しての……。


「わ、私には……、あるスキルがありました……。」


 そしてソフィアは、自身に起こったこれまでの事を話していった。


 幼い時に母親が死んだこと。孤児を集めた施設にいたこと。そこでスキルを覚えたこと。そのスキルが他者を回復する能力であったこと。スキルが発動しなかったこと。そのスキルに制限があったこと。制限により絶大な力が発揮されること。


 スキルのことを貴族に知られたこと。貴族の元に引き取られたこと。そこで冷遇されたこと。幽閉されそうになったこと。そこから逃げ出したこと。


 身分証を得るために冒険者に登録したこと。それで街を飛び出したこと。連れ戻されるのではという恐怖から街から街へ転々としていたこと。


 これまでの出来事を、淡々と語っていく。キースはソフィアの話を黙って聞いていた。その顔は悲痛な面持ちであった。ナタリーとシルビァーナも同じような表情をしていた。そんな三人を前に、ソフィアはさらに話を続ける。


「そうして、この町に来ました。この町でしばらく過ごしたら、また別の町にいくつもりでした。もしくは別の国に……とも考えていました。私にとって、この国に未練も愛着もありませんでしたから……。だからこの国だろうと、他国だろうと、私にとっては同じでしたし。」


 消え入りそうな声でそう言い、そして少しの間を置き、話を続ける。


「この町で、組合に顔をだしたのは、いつもと同じように付近の情報を教えてもらうためです。冒険者であれば、最低限の事は教えてくれますから……。そこで組合員のナタリーさんから、キースさん、貴方を紹介されました。」


 顔を上げ、キースの顔を見つめる。その表情が何を語っているのか、キースには分からなかった。


「私と同じように、等級の高くないキースさんは、それを恥じるでもなく前を向いて生きていました。私とは違い、下向きになるのではなく、自分に誇りをもって。


 それが私には眩しく見えました。私とキースさん、何がこんなにも違うのだろう。そう思いました。そんなキースさんは、私に対しても分け隔てなく接してくれました。根暗な私に、笑顔で話しかけてくれました。


 私は……、私は、それが嬉しかった。久しぶりに人として生きている。そう思えたんです。 でも……」


 ソフィアの目から涙が流れる。押し留めていたものが、溢れ出るように。


「ワイバーンに襲われて、もう駄目だって。これから死ぬんだって。そう思いました。でもキースさんが助けに来てくれました。だけど……、キースさんは私なんかに身代を使って、傷ついて、それで……。」


 己の中の物を吐き出すように、堰を切ったように話を続ける。


「キースさんが身代を使って……、キースさんが死にそうになった時、突然スキルの使い方が頭の中に流れてきました。これまでいくら頑張っても、発動はおろか、使い方すらわからなかったスキル。それが突然使用出来るようになったんです。私は……、私は、ただキースさんを助けたかった。私なんかの為に身代を使って死にそうになっているキースさんを、救いたかった。このスキルを使えば、それが出来る___そう思った時には、すでにスキルを発動していました。」


 そしてキースは命を救われた。


 怪我は全快し、今もこうして生きている。その事に関してキースは感謝しか無い。それと同時に、キースの中にある感情が沸き起こっていた。ソフィアの話だと、この回復は【生涯ただ一人にしか使用出来ない 】というものであった。それをソフィアに使わせてしまった……。それはキースにとって見逃すことの出来ないものであった。その事実は深く心に刻まれ、悔恨の念に堪えないものであった。


 キースは己の不甲斐なさを恥、そして罪悪感に心を蝕まれる。そしてソフィアにどう礼を持って返せばよいのか分からなかった。これは一生をかけても、返せるものではない。ならば己に出来ることは……。


「……でも…」


 そんなキースの考えを他所に、ソフィアの話はなおも続いていく。


「でも、それは…、使っては……いけなかった……んです……。」


 ソフィアは胸が引き裂かれるような感覚に襲わる。

 己がしてしまったこと、すでに犯してしまった罪。

 それをこれから話さなければならない恐怖。

 

 しかし、それでもソフィアは話を続けた。

 まるで神の前で懺悔でもするかのように。


「ス……スキルを発動した瞬間……判ったんです…。このスキルの…本当の意味がが……。それは回復、なんて呼べる代物…では、無かっ……た……」


 キースから目をそらし、俯き、震える声で。


 ソフィアはスキルの本当の意味を話し始める。



「このスキルの、本当の力は……」











   “ 魂を食らい、死人とし、魂の下僕せし永久の奴隷とす ”



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