第10話 ソフィアの過去 忌まわしきスキル

 少女には父親がいなかった。


 物心が付いた時には女手一つで育てられていた。


 少女の髪の毛は深い赤色をしていた。


 少女の母親は茶色の髪の毛をしていた。どうやらこの赤髪は父親の血を濃く受け継いだようだ。傍から見たら似ていない親子であっただろ。


 だが、別に少女にはどうでもよかった。大好きな母親と一緒に暮らしていけるだけで満足であったからだ。


 片親だけでも、幸せな生活であった。

 いつまでもこの生活が続くと信じて疑わなかった。



 少女の母親が死んだ。


 なんてことはない流行り病である。


 少女は施設で育てられる事になった。

 少女のような親のいない子供たちを集めて、共同生活をさせる施設である。

 同じ境遇の子どもたちが沢山いることで、少女の悲しみも少しずつ癒やされていった。



 少女が十一歳の時、スキルを授かった。


 この世界では、多くの人がスキルを授かっている。

 早ければ十に満たない年齢でスキルを覚える子供もいる。

 人によっては複数のスキルを覚える人もいるようで、確認されている中では、最大で六ものスキルをもつ者もいるようだ。


 そんな中、少女も十一にして他の子と同じようにスキルを覚えたのだ。


 少女が授かったスキルの能力は、【他者を回復出来る】と言うものであった。


 そのことに少女は心の底から喜んだ。

 このスキルがあれば、人を救うことができる。

 これは亡き母からの贈り物なのだ。

 少女はそう考えていた。





 だが少女のスキルはとんだ欠陥品だった。




 何をどうやっても、スキルが発動しなかったのだ。

 

 普通であれば、スキルは覚えると同時にその使い方がわかるという。

 スキルとは魂に刻まれた能力という者もいる。

 だから自然と使えるようになるのだと。


 むろん全ての人がそうというわけではない。

 スキルによっては時間とともに、その能力、使い方が判明すると言うものも存在してた。また最初は拙いながらも、経過とともに熟練度が増すというのも一般的なことである。


 だから少女も、あせらずスキルが使えるようになるのをただ待っていた。





 少女が十三歳の時にそれは判明した。


 少女のスキルは、他者を回復出来る。そこは既にしっている。

 しかし、その先があったのだ。




 少女のスキルは【たった一人しか回復することが出来ない】というものだった。



 これは一度に一人とかそういうモノではない。



 一生のうちに・・・・・・一人だけしか・・・・・・回復出来ない・・・・・・といものだった・・・・・・・



 そのふざけた制限に少女は絶句した。そんなことありえるのだろうか?


 目の前で苦しんでいる人がいても、助けることができない。

 もし助けたら、もう二度と他の人は助けられなくなってしまう。


 他の子供たちが授かったスキルには、こんな制約はなかった。

 なぜ自分だけ。


 少女は自身の不甲斐なさに落胆し、そして悲しんだ。


 しかし、このスキルにはまだ続きがあったのだ。

 確かにこのスキルはかなりの制約がある。

 だが、それに見合うだけの能力であったのだ。

 ある日突然、少女はそのスキルの知られざる能力を知った。




 少女のスキルによる回復には上限がないことが判明したのだ。




 コレは凄まじいもので、たとえ瀕死の重傷を負った怪我であったとしても、回復出来るというものだ。即死さえしなければ回復できる。


 その事実に施設の大人たちは驚きをみせるのであった。



 それから幾日もの過ぎたある日、施設の前に豪華な馬車が乗り付けられた。

 今まで見たこともないような、豪華な馬車である。


 少女はそのままその馬車に乗せられ、施設から連れ出された。


 幼い少女にもこれがどういう状況下なのか理解できた。

 この馬車の持ち主は貴族であると。


 少女は売られたのだ。


 いや、実際は違うのかも知れない。少女のスキルの能力を聞きつけた貴族が手を伸ばしてきたのかもしれない。しかし、少女にはそのどちらでも構わなかった。無力な少女にはどうやっても抵抗することはできない。ただ流れに身を任せるしかできなかった。


 屋敷では見たこともないような豪華な空間が広がっていた。綺麗な服、綺麗な部屋、綺麗な調度品。貧民の少女からしたら、夢に出てくるようなものばかりであった。


 屋敷の主人はこの国でも、そこそこの力を持った貴族であった。

 そして少女は貴族の世界がどういうものかを知った。

 どうやら貴族というのは、常に周りに敵がいるらしい。

 だから少女のスキルは、貴族からしたら喉から手が出るほど欲するものであったらしい。


 だが少女はスキルの使い方を知らなかった。そのことを貴族に言う。しかし貴族はそれでも良いといってくれた。スキルはそのうち使えるようになると。焦らないでいいと。

 

 貴族は少女に優しくしてくれた。


 少女は貴族の屋敷で小間使として仕事をすることになった。

 少女は一生懸命働いた。

 なんの能力も無い自分でも、精一杯役に立てるように。


 しかし、そうした生活は長くは続かなかった。


 最初は優しかった貴族が、少しずつその態度を変えていった。


 一月が経ち、二月が経ち、半年が経ち、一年が経ち。


 貴族の機嫌はあからさまに悪くなっていった。


 気にしないで良いと言った時とは打って変わって、貴族は少女に辛く当たるようになっていた。


 最初はただ冷たい態度を取るだけであったが、それは次第に罵倒となり、ついには暴力にまで及ぶようになる。


 それはそうだろ。

 貴族は何も善意で少女を連れてきた訳ではない。

 少女のスキルを目当てに連れてきたのだ。

 そのスキルが使えないのであれば、少女に価値はないのだ。


 それでも少女は懸命に仕事をこなしていった。自分に出来るのはこれしか無いのだと。スキルが使えるようになるその日まで。ただひたすらに耐えていった。


 少女の年齢が一五を過ぎた時、それは起きた。


 少女がいつものように屋敷の仕事をし、そして偶然貴族の部屋の前を通り過ぎた時、それは耳に入ってきた。


 少女を地下牢に閉じ込めるという話し声が聞こえてきたのだ。


 どうやら貴族は、少女のスキルに見切りを付けたようだ。

 だが殺すのは惜しい、殺しは後に面倒なことになる。だからと言って外へ放逐してしまうと、万が一それが敵勢貴族の手に渡り、そして偶然にもスキルを使われては厄介なことこの上ない。


 だからこその幽閉案である。それに幽閉している間に、もしスキルが使えるようにでもなれば拾い物。貴族はそう考えていた。



 少女はその日のうちに屋敷を飛び出した。

 このまま居残れば待っているのは緩やかな死だ。

 己が死ぬまでくらい地下に幽閉など死んでも嫌だった。


 しかし、屋敷を飛び出したは良いものの、いつまでもこの街にたのでは、いずれ捕まってしまう。早く街から抜け出さなければ。


 しかし、ただの少女が街を飛び出すというのは容易ではない。それに、街を出たとしても、己の身分を証明できなければ、他の街に入ることもできない。小さな村々ではその限りではないが、それこそ見知らぬ人間を村に招き入れるなど、よほどのことが無い限りありえない。


 それにこの街の周辺は貴族の領地だ。いずれ居場所がばれてしまうだろう。だからこそ、貴族の手が届かない何処か遠くへ行く必要があった。



 少女が駆け込んだ先は冒険者組合であった。

 冒険者になれば、街から街へ移動することも可能である。

 

 幸い冒険者登録は十五歳からすることが出来るので、少女でも登録は可能であった。本来であれば、身元が分からない人間が冒険者登録をするのは凄い手間がかかり難しかったのだが、幸い少女の身元ははっきりしていた。母と生きた幼少期、そして孤児となった数年が、確かな身元となっていた。それに少女の存在を知っている者がいたのも大きかった。冒険者の中に、少女と同じ孤児出身の人間がいたのだ。


 その人間の助けもあり、少女は冒険者登録を済ませることが出来た。


 そして少女は、登録をしたその日のうちに街を出ていった。


 その後は延々と続く放浪の旅であった。


 少女が一つの街に長く留まるということはしなかった。

 追手が来るのを恐れたからだ。

 実際は追手などはいないのだろう。

 使えないスキル使いの事など、時間と金をかけてまで追う価値はないのだ。

 しかし、少女の心から不安が消え去ることはなく、終わりの無い旅を続けるしか無かったのだ。



 あっという間に月日は流れていった。

 少女はいつしか女性となり、大人へと成長していった。


 女性は旅の間、薬学を学んだ。

 それは一種の反抗だったのかもしれない。

 使えない回復スキル、そのことへの、彼女なりのさ細やかな抵抗だったのかもしれない。


 薬草採取をして薬を調合し、そしてそれを売り金銭を得る。たまに薬草その物を売ることもあった。そうして僅かばかりの金銭で細々と生き長らえていた。


 ただそれだけの繰り返し。

 ただ生きているだけ。

 

 それが女性の全てだった。


 人と深く関わる事はせず。

 貴族からの追手に怯えながら。


 あてのない放浪の旅。


 そしてついには、辺境と言われる最果ての町にたどり着いた。

 これより先にはもう町はない。

 ここから先は国外となる。


 それも良いのかも知れない。外国ならば、追ってもこないだろう。そこで誰にも関わらず、ひっそりと暮らしていくのも悪くないのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら、女性は冒険者組合に足を運んだ。

 町や付近の情報、薬草採取場所、それらを教えてもらうために。


 組合の依頼を受けるということは殆どない。女性は冒険者でも最底辺のE級冒険者。これは新人冒険者が最初のほんの短期間留まっている程度の等級である。冒険者の最低限の等級はD級からと言われている。そんな無能な彼女に出来る仕事など、限られているのだ。


 受付の女性職員に最低限の事を伝え、薬草採取に向かおうとしていた。

 しかし、そこを女性職員に引き止められた。

 困惑する女性。もう話すことは無いのに何故……。


 しばらくの間組合で待っていてほしいと告げられる。

 女性職員に案内され一人ポツンの席に着く。


 いったいなんなのだろう……。

 そんなことを考えながら待っていると、先の女性職員が戻ってきた。

 その横には熟練の冒険者が立っていた。


「えっと、ソフィアさんだったかな。はじめまして。この町で冒険者をしているキースだ。」


 キースと名乗る彼は笑顔でそう女性に話しかけて来てくれた。


 話を聞くと、どうやら彼は長いこと冒険者をしているらしい。確かに彼から感じる雰囲気は熟練者のそれであった。女性はその風貌に納得した。


 しかし、次に聞かされた真実は、耳を疑うものであった。

 さぞ凄腕の冒険者だと思っていたら、その実、彼は長年低級でくすぶっている落ちこぼれ冒険者なのだという。


 それが女性には信じられなかった。

 風貌に似合わなかったから?

 いや違う。



 彼が笑って・・・・・いたからだ・・・・・



 万年落ちこぼれ。

 無能冒険者。

 それが女性が自身に下した評価である。


 目の前の彼は、女性と同じように、いや、それ以上に長いこと低級冒険者として活動している。言ってみれば、彼女以上に落ちこぼれだということだ。


 なのに彼は、それに悲観するでもなく、上を向いて人生を謳歌していた。

 屈託のない笑顔で、自信を持って、誰に対しても卑屈にならず、正面から相手の顔をみて接していた。


 女性とは何もかもが違っていた。

 彼女は常に下を見て歩き、相手の目を見ることなく接し、誰とも関わらないように生きてきた。


 同じ無能なのに、何故こうも違うのだろう。



 その答えは至って単純だった。


 彼は己に出来ることをただ行っているだけであった。

 どんな小さなことでも良い。ほんの少しでも構わない。

 彼はそんな考えて日々を過ごしてきたのだ。


 それが彼と女性との違いであった。


 彼に連れられて行った薬草採取では、彼から色々なことを教えてもらった。それは薬師として知識をもっている彼女からして、大変ためになるものも多かった。


 笑顔で話しかけてくれる彼に対し、女性は知らず知らずのうちにではあるが、小さく笑顔で返せるようになっていた。


 そんな彼に対し、女性はどんどん惹かれていった。

 長年一人でいることが多かったことも関係しているのだろう。

 彼女は他人に飢えていたのだ。



 彼ともっとお喋りしたい。もっと一緒に居たい。

 

 彼と同じように、笑顔で・・・生きていきたい・・・・・・・


 そう思えるようになっていた。



 彼がゲガをしたので、薬を調合した。

 スキルで治すことは出来ないけど、薬草を使った調合なら自分にも出来る。

 彼に習い、今出来ることを彼女は行ったのだ。

 他者の為に自分から進んで動くなど随分久しかった。




 自分のトロさが原因で薬を駄目にしてしまった。

 そのことにまた自己嫌悪に陥り涙を流す。


 しかし、まだ出来ることはある。

 失敗してもまた挑戦すればいい。

 それは彼に習ったことだった。


 薬を調合するために、また薬草採取を行う。

 彼に教えてもらった場所だ。

 次は失敗しないように頑張ろう。



 彼の為に______







 その彼が彼女の目の前でその生命を散らそうとしていた。



 なぜ?

 どうして?


 嫌だ


 彼ともっと話したい

 彼と一緒に居たい



 まだまだやりたいことは沢山ある。

 彼に教えてもらったことだ。

 彼と一緒に、笑って生きたい。



 嫌だ



 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ

 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ 嫌だ





「_____ぃぃいいやぁあああああああああああああああああああああああああ

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」 






 絶望のさなか


 ソフィアはスキルの使い方を理解した。


 これまでいくら試しても発動しなかった回復スキル。


 生涯ただ一人しか回復することの出来ない欠陥スキル。


 その使い方がソフィアの中に流れ込んできた。



 

 



 ソフィアはスキルを使用した。





 スキルは問題なく発動した。


 そして同時にソフィアは理解した。


 いや、理解してしまった……。





 それは絶対に使用してはならない









 忌まわしき・・・・・呪い・・であった








 

 

 



 

 

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